Short Story

結びあう気持ち

 部活動を終えたあと、残っていた仕事をキリのいいところでやめる。
 帰り際に林田から期待するような目で見られ、
「まずは一人で会いに行ってくる」
 本人に直接話してくるという。
「わかりました。楽しみにしてます」
「あぁ。それじゃお先に」
「はい。お疲れ様です」
 ポンと林田の頭の上に手を置いてから職場を離れた。
 学校からだと店へ向かう方が早い。本当は風呂に入って着替えたかったが時間がおしい。
 浅木の店へは駅からそう遠くない。
 店の扉を開くとエル型になっているカウンターの右、浅木はそこに立っているハズなのだが姿がない。
 今日は休みだったのか。それを訊ねようとしたところに、
「先生、奥にいるよ」
 と声がする。いつもはすぐに埋まってしまう席の一つ。こちらに手を振る金髪の男の姿がある。
「なんだ、休みだったのか?」
「久しぶりに先生から連絡をもらったから、兄弟子に店のことをお願いしたんだ」
 ほりの深い、そして色気のある男だ。背丈は浅木と同じくらいだから一八〇センチは超えているだろう。
「兄弟子の森岡です」
 首を少し傾けて笑みを浮かべる。女性なら高い確率で落ちているかもしれない。
「桧山です」
「京から聞いてますよ。京、店のことは任せておけ」
「ありがとう。先生、行こうか」
「わかった」
 浅木に手を引かれて住居スペースのある二階へと向かった。
 座ってくれと言われ、腕が離れる。桧山は素直にソファーに腰を下ろした。
「大和君は」
「菫が迎えに来たからいない」
「そうか」
 浅木の姉の名前だろう。だからその名を聞いても平気だ。
「大和が先生に会いに行ったんだってな」
「あぁ」
「俺だって会いたいのを我慢してたのに」
 拗ねたように唇をとがらせ、桧山の肩へと頭をのせる。
「すぐに会いに行ったら逃げると思って」
「君に合わせる顔がないからな」
 やらかしてしまった後なのだから。
「まぁ、子供みたいに駄々をこねてたし」
 年上の、しかも歳の離れた男が子供みたいに駄々をこねるとか痛すぎる。
「会いに来るべきじゃなかった」
 じわじわと恥ずかしさがこみあげてくる。
 立ち上がって玄関の方へ向かおうとすると腕をつかまれ引きとめられた。
「ごめんっ、嫌味を言いたいわけじゃなくて!」
 羞恥心から出た言葉だったが、浅木は桧山が怒ったと勘違いしているようなので訂正しないでおく。
「もう言わないでくれるか?」
「言わない。本当に会いたかったんだ」
 そろりと浅木の方へと顔を向ければ目と唇が触れそうなくらいに近い。
 驚くのと同時に唇をふさがれ、開いた口には遠慮なしに彼の下が入り込む。
「んー、んんっ」
 やめろと言いたいのに、出てくる音はくちゅっと厭らしいものだった。
「あ、や、んふ」
 口内をかき回されて、このキスに応えろと煽りだす。
 桧山は経験値が乏しい男なのだ。欲を含んだ熱に簡単に溶かされてしまう。
「ふっ……」
 大人になりかけのまだ幼さの残る浅木の姿から今の姿へ。その間を見ることができなかったのは残念だ。
「はぁ、先生からいいにおいがするしさぁ、その表情もたまらねぇよ」
 ぬれた桧山の唇を浅木の指が拭う。
 欲を隠そうともせず獲物を狙う、野性味あふれた男の目にゾクゾクと体が震えた。
「どういう顔をしているのかわからない」
 彼の胸を手で押しやって視線を外すが、ぺろりと唇を舐められて再び視線が合う。
「よさないか」
「先生が視線を外すから」
 俺を見てほしい。そう囁いて両手で頬を挟む。
「こら」
「先生とキスをしたとき、ずっとこうしたかったって、胸が熱くなったんだ」
「京っ」
 思わず名前呼びしてしまった。まずいと手で口元を覆うが浅木はにやりと笑う。
「やばい、名前呼びされただけで胸の鼓動がすげぇことになってる」
 感じてみてよと桧山の手をとり胸へとあてた。
「本当だな」
 走った後のように鼓動が早くなっている。
「正直、アルバムを見るまで先生のこと忘れてた。それなのに気になってしょうがねぇの。だったら直接会いに行ったらいいじゃないかって。まだ同じ学校で先生を続けているかなんてわからねぇのにさ」
 馬鹿だろうと頬を指でかき、
「駅に行くなら必ず土手の道を通るだろう? だから待ち伏せしてた。そうしたら大和が先生をつかまえてくれた」
 網で虫を捕まえるようなジェスチャーをする。
「俺は虫じゃないぞ。それに早く帰れることなど、ほとんどないのだぞ。ずっと待ち伏せするつもりだったのか」
 浅木の職業柄、朝早く待っているのは辛いだろうし、夜は仕事があるだろう。
「そうなんだよな。学校に行けば早い話なのにな。大和の方が頭いいよ」
 それまで思いつかなかったというので、桧山はため息をついた。
「でも、会えたから。本当はさ、スマホを忘れたっていうの断る理由なんだろうなって解ったけれど、どうしてもこれっきりにはしたくなくて。しつこいって思っただろう?」
 思った。しかも理由にも気が付いていたとは。それでも結びつく何かを残しておきたい、そう思ってくれたことに胸がじわじわと熱くなる。
「なんでだろうな。先生は男でおじさんなのに」
「おじさんの部分はよけいだ」
「あはは。でも他の人と違うんだ。先生と再会してさ、掛けていたピースがハマったってかんじ」
 見つめる目の熱さに実感する。彼のため、そんな言葉は望んではいないのだと。
「君は、普通に家族を持つことができたのに」
「あー、多分無理だわ。先生のこと、離してやれねぇ」
「そうでないと困る」
 手をつかんで指先に唇が軽くふれる。その気障な仕草に乙女かよとツッコミをいれてしまうくらいにドキドキした。
「先生、いや、環《めぐる》。昔の俺よりも今の方がイイって思わせてやるからな」
「めぐるって、名前……」
 たまきではなくてめぐる。下の名前を大抵の人はたまきと呼んだ。
「え、あってるよな?」
「そうだが」
「アルバムに下の名前も書いてあったから。たまきじゃなくてめぐるって読むんだって頭ン中に……もしかして覚えてた、とか」
 二人で過ごした時間。浅木に下の名前で呼びたいと強請られたことがあるがそれを許さなかった。高校を卒業するまでは教師と生徒でいるためだ。
「ふっ」
 嬉しい。彼の中に残っていたかもしれないということが。
「泣くなよ」
「え? あ、本当だ。はは、嬉しくて泣いてしまったようだ」
「くそっ、マジで可愛い」
 握りしめた拳をソファーに打ち付ける。
「なにをいっているんだ、可愛いのは君の方だろう?」
「そりゃ、俺は元教え子だしー。年下だものな」
 拗ねたような表情を浮かべてこちらを見る。
 そういうところが可愛いのだが。
「俺にとってはいつまでも可愛い京のままだよ」
「まぁ、しょうがないか」
 抱きしめられて頬を頬に摺り寄せる。
「環、してもいい?」
 もう、彼は高校生ではない。
「どうしたものかな」
 そして桧山は浅木のことが好きだ。
「ずっと待っていた気がするんだよな、こうなることを」
 そう手を差し出す彼に、ずるいと桧山は思う。
「いいよ、しよう」
 その手をつかむと浅木は目を細めて嬉しそうに微笑んだ。