Short Story

君の中から消えた日

 浅木はいわゆる不良と呼ばれる生徒だった。
 髪を金色に染めてピアスに指輪。しかも目つきが悪く近寄りがたい雰囲気がある。
 人を見た目で判断するようなことをしてはいけないが、他にもそう思われる理由があった。
 授業はさぼりがちだし、たまに怪我をしてくる。喧嘩をしているところを見たという噂まである。
 うわさは聞くが接点がなく浅木のことを見たことがなかったのだが、彼が三年になり桧山が担任としてクラスを受け持つことになった。
 学年主任や校長からは彼のことを任された。問題を起こして退学にでもなったら学校のイメージがよくないといっていた。
 テレビドラマで見るような熱血教師というわけでもなかったが、学校のイメージよりも生徒を大切にしてほしかった。
 だからか浅木のことが気になり、声をかけるようになった。とはいっても相手にしてみれば迷惑だったようで嫌な顔をされた。
 それでも声をかけ続けてウザイとまで言われたが、猫と遊んでいる姿を見かけて話しかけた。
「猫が好きか」
「あぁ?」
 いつも通り凄みのある目で睨まれた。大抵の人はこれで黙るか逃げていく。だから浅木はそうするのだろう。
 だけど桧山は逃げることはしない。それに運よく話すきっかけとなるものがスマートフォンの中に入っていた。
「桧山の実家で猫を飼っていているんだ」
 画像を表示し彼のほうへと向ける。甥っ子がまだ赤ん坊だった頃に写した一枚だ。
「なんだよ、この癒しの一枚!」
 目尻が下がり口角が上がる。
 食いついた。心の中でガッツポーズをし、
「そうだろう。俺の宝物だ」
 と何枚か画像を見せた。
「赤ん坊と猫なんて一番やばい組み合わせだよな」
「あぁ。だから疲れた時はこれをみて癒されるんだ」
 今では小学生になった可愛い甥と猫に感謝しかない。
「はぁ、癒されたわ。サンキューな、桧山先生」
「また見たくなったら言え。可愛い甥と猫の写真はたくさんあるから」
「あぁ」
 すこしはにかみ、ポケットに手を突っ込んで桧山の側から離れていく。
 照れた姿は年相応に見えた。

 それがきっかけで昼になると桧山の元へきて一緒にご飯を食べたり可愛いものの動画を見たりするようになった。
 弟がいたらこんなかんじなのだろうか。桧山には兄しかおらず浅木が可愛くてしかたがない。
 浅木にとって桧山の存在はなんなのだろう。気になって聞いてみたら別の答えが返ってきた。
「俺、アンタのことが好きだ。恋愛対象として」
 真っすぐにこちらを見つめて、素直に思いをぶつけてくる。まるで自分も青春時代に戻ったかのような気持ちになれた。
 なんとも好ましい。だがその気持ちを受け入れることはできない。
 彼はまだ子供だし未来があるのだから。勢いで男と付き合い苦い思いをしてほしくはなかった。
 だからあえて理由は聞かずに、
「気持ちは嬉しいが付き合うのは無理だぞ?」
 そう言葉を返した。
「いいよ。すんなり受け入れてもらえるとは思ってねぇし。ただ俺の想いを知ってほしかっただけだから」
 ニカッと笑みを浮かべる彼がまぶしくて桧山は直視できずに視線をそらしたが、
「先生に意識してもらえるように、まずは学校を卒業しねぇとな」
 頑張るからと言われて胸に熱いものがこみ上げた。
「よし。俺のために頑張って卒業しろよ」
「おう」
 協力してくれよと言われてもちろんだと頷いた。恋人にはなれないが彼の頑張りを応援したかった。

 下心はあるが卒業をするという目的ができたことで浅木はまじめに授業にでるようになった。
 クラスメイトは相変わらず彼を遠巻きにしていたが、桧山に話しかけて真面目に勉強をしている姿を見て、少しずつだが雰囲気がかわってきた。
 このままいけば卒業は大丈夫だろう。あとはテストの点数が伸びればもっということはないのだが。
「浅木、今度のテストこそ赤点をとるなよ」
「先生がご褒美くれんなら頑張るけど?」
「お前ねぇ」
「なぁ、先生」
 強請るように腕を掴んで上目使い。教室ではけしてみられない、コロコロとよく変わる表情。それがとてつもなく可愛い。
「何がいいんだ」
 完全に桧山の負けだ。難しいことでなければ願いを聞こうとしたが、
「キスがいい」
 と言われておおげさにため息をついた。
「だめだ。別のご褒美にしなさい」
「口じゃなくていいからさ」
 勉強もだが、浅木は諦めない。それがいい影響となっているけれど、恋人同士がするようなことを望まれるのは困る。
「ダメだ」
 桧山の恋愛対象は男だ。自覚したのは高校の時で、教師に恋をしていた。
 だから浅木の気持ちはわかるが生徒に手を出すことはだけはできない。まだ子供なのだから。
「ちぇ。それじゃ卵焼きの入った弁当でいいや」
 ごく普通の卵焼き。それが気に入ったようで弁当に入れてあると必ず奪われる。
「それならいいぞ」
 ダメだと言えばそれ以上にしつこくすることはしなかった。
 だからせめてそのくらいはお願いをきこう。
「やった」
 喜ぶ姿を見ていると見た目は大人になりつつも中味は子供だとほっこりとする。
 自分の前ではこうしていてくれたなら、卒業まで側にいられるだろう。
「先生、楽しみにしてるからな」
「あぁ。黄色い弁当を作ってきてやろう」
「まじか。カレーピラフ、卵焼き、バターコーン、あとは……たくあん?」
「あははは」
 すごい組み合わせだなと笑い、浅木も一緒に笑う。
 何をいれるか考える時間をもらうことになり、弁当は来週となった。
 浅木と別れて職員室へと向かう。
 スマートフォンでレシピサイトを覗きながらメモ帳に黄色いおかずを書き込んだ。

 今日の授業が終わり職員室へと戻って仕事をしはじめる。
 帰りにスーパーによって帰ろう。一度作って見てどんな味なのかを知っておきたいし、料理が上手いわけではないので練習もしておきたい。
 黄色の弁当をみて喜ぶ浅木を想像するだけで口元が綻ぶ。
 楽しみだなと気持ちが弾む。仕事の手が止まってしまうことに、自身のことを笑ってしまう。
 このままではスーパーが開いている時間までに帰れなくなってしまうなと手を動かし始めた。
 職員室の電話が鳴ったのは十八時頃だった。桧山は部活を終えた教員と話をしていた。
 その連絡を受けたとき愕然とした。
 自分の担当クラスには彼以外に同じ名字はいない。きっと他のクラスと間違えたのではと今一度、名前を尋ねた。だが、帰ってきたのは初めに聞いたクラスと名前だった。
 急いで病院へと向かうと集中治療室で眠る彼がいた。
 怪我はそれほど酷くはなく、ただ頭を打ったせいで目を覚まさずにいた。
 連絡がくるまで気が気でなくて、着信音がなるたびに目を覚ましたかと画面を見て別の相手の名にがっかりとした。
 それから一週間後に学校へ連絡が入った。
 浅木が目覚めたことに安堵しすぐに病院へと向かったのだが、目の前の彼はどこか他人を見るようなぎこちない表情を浮かべていた。
「浅木……?」
 そんな彼に不安を感じた。そうであってほしくないと心臓がバクバクと音を立てる。
「どうしたんだ」
 彼の方へと手を伸ばす。あと少しで肩に触れる。だがその手は途中で止まることとなる。
「えっと、俺、どうして病院にいるのかもわからねぇ状態でさ。事故で頭打って記憶喪失ってやつ」
 浅木の告白に頭の中が真っ白になり、鼓動が激しくなりぐらっと視界が揺れた。
「わっ、ちょっと大丈夫かよ」
 彼がベッドから下りようとするので、
「大丈夫」
 と声を絞り出す。
 このままでは自分自身を支えきれず、傍にあった丸椅子に腰を下ろした。
「はぁ。普通はアンタみたいに驚くよな。俺の母親だっていう人なんてさ、無くしたものはしょうがないって。驚きもしねぇの」
「そう、なんだ」
 目の前でおきていることを受け入れられない。まるでテレビでドラマを見ているような気分だ。
 誰かによって作られた物語、のような。
「目覚めた時にさ、すげぇ混乱して暴れて。でもそんなことをしても思い出さねぇんだもの。割り切るしかねぇよ」
 そう口にするが、不安そうな表情を浮かべる。きっと強がっているだけだろう。
 今すぐ彼を抱きしめたい。背中を優しくなでて慰めて……。
 そうするべきなのに。
「そうだな。これから先のことを考えよう」
 口から出たのは、きっと彼を傷つけるだろう言葉だった。
「そう、だよな」
 表情がかたくなる。
「あ、いや」
 違う、なんて言っても今更だ。浅木の視線が離れていく。
「浅木、俺も一緒に」
 考えるから、そう口にしようとしたが、
「あ、勉強ができなくても勘弁な。記憶がねぇからさ」
 そう遮られてベッドに横になると桧山に背を向けた。
「疲れたから休むわ」
「解った。浅木、次は学校で会おうな」
 結局なにもいえずにそれだけいうと席を立つ。
「あぁ」
 記憶をなくした浅木は普段桧山に見せるような表情を浮かべた。

 あの後の記憶が曖昧だ。
 気が付いたら暗い部屋の中、ソファーに座り込んでいた。
「あぁ、学年主任と校長先生に連絡を入れないと……」
 心配して連絡を待っているだろう。
 カバンの中からスマートフォンを取り出すと、開いたのは彼らの連絡先ではなくメッセージアプリだ。
 ほんの数時間前までやり取りをしていた、最後となるだろうメッセージは、
<また明日な。俺、頑張るからご褒美楽しみにしてる>
 だ。それにこたえるために黄色い弁当を作るはずだったのに。
「ふ、う……」
 病院では流すことのなかった涙があふれ出た。
 嗚咽をもらさぬように口元に手を当てて、もう片方の手はスマートフォンを握りしめる。
 画面にしずくが落ちるがとめることも離すこともできない。
「俺は馬鹿だな。子供だし未来があるのだからとか、勢いで男と付き合って苦い思いをしてほしくないとか」
 相手は生徒で自分は教師。彼のためにと思いながら真っすぐな気持ちにこたえなかった。
「そう思っていたのに。いまさらだろう! なのにショックをうけて」
 忘れられてしまったことに傷つき、彼の中に自分がいないことが辛くて胸が苦しい。
「あさきぃ、俺だって、お前が……」
 どの生徒よりも可愛くて特別だった。
「好きだ」
 好きだった。
 でも、浅木には桧山と同じ気持ちはない。
「俺は馬鹿だな」
 全て、今更だ。失って気づいたのだから。