友達+α
冬弥は女子に優しい男だ。しかも背が高くて顔も良い。
そんな男を女子が放っておくわけがなく、いつも冬弥を中心に女子が傍にいる。
昼休みも、女子と一緒に食堂へ行ってしまうので、その前に冬弥の首根っこを掴む。
「なによぉ、総一はあいつとご飯でしょ」
早くいきなよと言うが、手を離してはやらない。
「ごめんね、冬弥、かりていくわ」
女子には笑顔でそう伝えると、誰も文句を言うことなく、どうぞと離れていく。
「ちょっと、俺は二人の邪魔になるだろ」
行きたくないと冬弥が駄々をこねるが、
「冬弥、昨日、田中にしたことを謝らないとなぁ」
怒りを込めた笑顔を向けた。
「何でよ。俺は正直に話しただけだろうが」
「それで傷つけてよいわけではないだろう?」
冬弥だって解っている。だから動揺したんだよな。肩が小さく震えていた。
「大丈夫だったか」
「あぁ」
まったく。昨日、眠れなかったんだってな。冬弥の弟、彰正が教えてくれた。
目の下の隈に親指で触れると、冬弥が驚いて目を見開く。
「ちょっと、そういうことは女子にしなさいな」
本気で嫌そうな顔をされて、苦笑いする。
俺も冬弥にされたら嫌だと感じるだろう。だけど田中だったら、平気かもしれない。
「行こうか」
と手を掴むと、やめなさいと振り払われた。
美術室には、三年の教室と同じ棟になるので俺の方が先につく。
椅子を一つ持ってきて座って待つことにした。
「俺がいたら、田中の奴、嫌なんじゃないの」
「まぁ、そうだろうな。苛められたし」
「あれは、そういうんじゃない」
たまに悪ふざけが過ぎるが、根は良い奴なんだ。悪いことをしたときちんと反省もしている。
それに友達思いだ。一度、懐に入れた相手にはとことん優しい。
田中もそうなれたらいいのに。まぁ、こればかりは冬弥しだいか。
「あ、きた」
足音が近づいてきてドアが開き、そして、冬弥の姿を見て驚いている。
冬弥が手をひらひらと振る。表情が見えないが、田中が苦笑いを浮かべて向かい側の椅子に座る。
すると冬弥は前屈みになり顔を近づけた。なんだか、睨み合っているようにしか見えないぞ、二人とも。
「俺は総一のお友達で、尾沢冬弥(おざわとうや)ね。お前と同じクラスに尾沢彰正(おざわあきまさ)っているだろう。それの兄貴だ」
「え、そうなんだ」
兄弟といっても冬弥と彰正は血がつながっていない。親同士が再婚し家族となった。
「あぁ、だから知っていたのか」
例のことを、と、田中が目を伏せる。
「言っておくが、彰正じゃないぞ。お前と同じクラスの女子から聞いた」
どの学年にも仲の良い女子がいるのだから、聞けば情報はすぐに手に入るだろう。
しかも話しは田中の黒歴史にまで発展し、流石に聞いていて痛々しくなってきたので止めることにした。
「冬弥、それは関係ない話だろう」
田中を守るように頭を抱きかかえると、
「甘やかすなよ、コイツのこと」
と田中の額を冬弥が小突き、俺はやめなさいとたしなめた。
「お前がとやかくいうことじゃない。田中はちゃんと解ってる。な?」
俺は田中を信じているぞ。そんな思いを込めて見る。
「葉月にはきちんと謝るよ」
決意を込めた目で俺を見返してそう言った。
ほら、冬弥、言った通りだろう。俺は良くできましたと田中頭を優しく撫でた。
「総一」
冬弥が呆れたといわんばかりにため息をつく。それでも甘やかすことはやめない。
次はお前の番だぞ。言うことがあるだろう?
「ほら、冬弥も」
「わかってる。悪かった田中」
お、言ったな。俺の顔がニヤニヤとしているのに気が付いたか、頬が赤く染まっている。
そして俺に何か言われる前に、逃げるように教室へと戻って行った。
謝ってくれてありがとう。やっぱり好きな二人がいがみ合うのは嫌だからな。
よし、次は田中の番だな。
俺は田中の首に腕を回し、そのまま椅子から引きずりおろすように倒した。
「うをっ、何!?」
目がまん丸くなっている。身動きが出来ぬようにしっかりと押さえ込んだ。
「橋沼さん、苦しい」
ギブと腕を叩かれ、俺は顔を横にずらして耳元に、
「田中、頑張れ」
と囁く。
少しでも勇気がもてるように、俺ができるのはこれくらいだから。
田中が謝罪を終えて、ここに来るまで待っていよう。
そう思っていたのに、落ち着かなくて、結局はベランダに出てきてしまった。
うまくいっているのかどうか、下を覗き込めば、魔王とか王子とか聞こえてきて、険悪そうには見えない。
よし、声を掛けても大丈夫そうだな。
「おーい、田中、仲直りできたかー」
すると、三人がいっせいに上を向く。
「うるせぇ」
と返され、その後、三人で話をはじめる。
その姿を見ているうちに、なんだか寂しい気持ちになってくる。
あぁ、田中のことを抱きしめて頭を撫でてやりたい。
後は中で待っていよう。
走ってくる音が聞こえる。
お前も俺に会いたいと思ったのか?
手を広げて田中を待つと、ドアが開いて胸めがけて一直線に飛び込んできた。
その瞬間、胸が高鳴った。
「猪突猛進だなぁ」
「言えたよ、橋沼さん!」
よほど嬉しかったのだろう。
「あぁ。よかったな」
まるで小さな子供のようで、興奮気味の田中を落ち着かせようと頭をなでた。
すると、嬉しそうに眼を細めて口元を綻ばす。
可愛いな。俺は田中のこういう顔を見たかったんだ。
あー、撫でまわしたい。腕が疼きかけた時、
「橋沼さんのお蔭で勇気がもてたんだ。なぁ、俺と、友達になってくれないか?」
恥ずかしいのか頬を赤くしそう口にした。
友達って、俺らってそうじゃなかったのか?
田中の方はそうとは思っていなかったということか。
まぁ、同級生との件もあったからな。それで友達だと思ってはいけないとかそんなことを考えていたのだろう。それに完全には俺の懐へと踏み込んではこなかったしな。
だけど謝ったことで一歩踏み出そうと思ってくれたんだろう。
じわっと胸が熱くなる。本当、たまらない。
「ごめん、今のは取消……」
「なんだ、田中と俺は友達じゃなかったんだ」
声が重なり合う。すぐに返事をしなかったから、余計なことを考えさせてしまったようだ。
田中の表情が曇っていく。
すぐに、
「そうなの」
「え、取り消すの?」
と再び重なり合うと、目を見開き、そして安心したように笑顔を向けた。
いい反応だ。それならもっと仲良くなれるように、
「そうだな、じゃぁ、互いに下の名前で呼び合うか」
俺もこれからは田中ではなく秀次と呼ばせてもらうからと言うと、
「いいのかっ」
秀次は嬉しそうな表情を浮かべた。
欲しいと思う反応が見れて、つい、調子にのってしまう。
「あぁ。ほら、呼んでみろ。総一センパイって」
語尾にハートをつけろよと付け加えると、ジト目で見られてしまった。
やりすぎたか? だけど引いたついでに、もう一つプラスしてやろう。
「可愛く言えよ」
完全に目が座った。それでも、
「総一先輩」
まさか本気でやってくれるとは。しかも指でハートの形を作るなんて! 緩む口元を見られぬように手で押さえた。
「笑ってんなよ。リクエストにこたえてやったのに」
違う、あまりに可愛かったので悶えているんだ。
「ありがとうな、秀次」
「特別だからな」
俺だけって、あー、もう、俺をどれだけキュンとさせれば気が済むんだ。
「わ、ちょっと」
頭を撫でると首が右に左にと揺れる。力が強すぎたか、やめてとその手を掴まれて、俺は動きを止めた。
「よし、早速、連絡先を交換しよう」
スマホをポケットから取り出して、目の前で振るう。
秀次がスマホを眺めながら口元をふよふよと動かしている。
まったく。どうしていちいち俺のツボをつくんだろうか、秀次は。
「そんなに喜んでもらえるなんて、嬉しいぞ」
もっとその顔を見たいのに照れて顔を背けてしまう。
俺を見ろ。その思いだけで秀次の頬にキスをしていた。
あ、やっちまった。
秀次がキスをした所に手をあてて、こちらをゆっくりと見る。
驚くかと思ったのに何もなかったかのような、そんな表情を浮かべている。
もしかしたら、何もなかったことにしようとしているのか?
それは嫌だなと今度は頬に当てている指にキスをして、ついでに指を舐めた。これなら無視できないだろう。
「て、なにしてくれんの、俺に!」
やっと反応をみせてくれた。よかった。
ホッとした俺は、
「懐かないにゃんこが甘えてきたから、つい、な」
なんて、本当は意識させようとしたことなのに、そう誤魔化した。
「はぁ、俺だからいいものを。他の人だと勘違いされるぞ」
のっかってきたか。まぁ、こんなこと、深く考えたくないよな。
「そうだな。こういうことは秀次だけにする。駄目か?」
安心して、おもわずポロリと口にしてしまった。
折角、収まりそうだったのに。また動揺させるようなことを言ってしまったが、秀次の反応は普通だった。
「わかったよ」
よかった。本気で拒否られたら、悲しいしな。
今はなんとかなったが、あれはやばいよな。完全に友達という枠を超えている。
額に手を当て、ため息をつく。
見た目は男らしいのに、中身は可愛いんだよな。
抱きしめたり、キスしたくなるのは、ただ可愛いからだけでなく、他の感情も交じっていた。
だからって恋愛対象として好きというわけではない、よな?
あぁ、これ以上は考えるのをやめよう。
それがどんな感情だろうが、俺は秀次を甘やかすし、いつものように過ごすだけだ。