友情か、それとも恋情か
気がつけば秀次のことばかり考えている。
部活に復帰したというのにうわの空で、何度も三芳に嫌味を言われた。
集中できていないのは、真っ白なスケッチブックが物語る。
流石に先生にまで、まだ本調子じゃないねと言われる始末だ。
「すみません」
今日は駄目だな、絵に集中することはできないだろう。
だが、部活に復帰するといった手前、帰ることはできないので最後まで部活には出た。
部長である俺は部誌を書き、美術室の戸締りをしてから家に帰る。
まぁ、家も近いしバス停も逆方向なので、皆とは美術室で別れることになるのだが、三芳が俺を待っていた。
「橋沼君、ちょっと」
上の空だったことを突っつこうというつもりだな。
「何を考えていたのか、聞きたいんだろう?」
「やっと部活に出てきたと思ったら、心非ずで」
下級生の男子のことを考えていたなんて、正直に話したら根掘り葉掘り聞きだそうとするだろうな。
「久しぶりの部活で緊張したんだ」
と答えたが、まったく信じていない顔をする。
そうだよな、三芳は秀次のように騙されてはくれない。
「気になる奴が居るんだ」
「え、えっ、まさかの恋バナ」
途端に目がキラキラとし始める。女子ってこの手の話しが好きだよな。だけど恋バナではない。
「違う。相手は男だし」
「うそ、バイだったの」
「おいおい、どうしてそうなるんだよ」
三芳よ、どうしてもソッチ方向へと持っていきたいのか。
普通の友達とは違う感情をもってはいるけどな。
「だって、意識が囚われてしまうほどの相手でしょ。恋じゃなければなんなのよ」
それが解らないから、考えてしまうんだ。
「橋沼君、もしかして相手が男だからって難しく考えているんじゃないの」
「まぁ、確かに。だけど俺の恋愛対象は女子だし」
冬弥とキスができるかと聞かれたら、まぁ、ふざけてならできそうだが、心からしたいとは思わない。それに他の友達は論外だ。
その先のことを考えると、やはり対象相手は女性がいい。それなら秀次はどうしてキスをしたいと思ったんだろうと、頭の中で堂々巡りとなる。
「あのさ、恋愛対象が女子とか、そんなの関係ないと思う。心を持っていかれたんでしょ、その子に。だったら、素直に認めちゃいなよ、自分の気持ち」
心の中に爽やかな風が吹いた。
「わかった。素直になって考えてみる」
三芳は凄いな。俺の悩みを簡単に吹き飛ばしてしまうのだから。
「よろしい。後は橋沼君次第よ」
あの時は何も出来なかったから、と、三芳がそう呟く。
「三芳、ありがとうな」
本当に俺はいい友達を持った。
「おねぇちゃんですからっ」
そう胸を叩き、魅力的な笑顔を見せた。
出会った時から俺は秀次を気になっていた。そして知るにつれて可愛いと思うようになった。
それは弟に感じるようなもの、そう思っていた。同性だからという理由で。
だけど違った。可愛がりたいのも、甘やかせたいのも、秀次が好きだからだった。
秀次がしてしまったこと、そして俺が秘密にしていたことを告げた日。
本当の意味で友達となった。だが、俺の方はその枠だけでは収まりきれなかっただけだ。
気持ちに素直になれば、答えなんて簡単にでるんだな。
はやく秀次に会いたいけれど、今日は少し来るのが遅い気がする。先生にでも呼び止められたのだろうか。
そわそわと気持ちが落ち着かず、あと少ししたら連絡をしてみようかと思っていた所に、秀次の姿が見える。
来たなと秀次を呼ぼうと口を開きかけて、そのまま止める。
視線の先にはもう一人。秀次よりも上背がある、あれは冬弥のようだ。しかも美術室の入口の所で二人は見つめ合っていた。
一気に血が上がる。
何故、二人が。俺は邪魔をするように、どうしたんだと声を掛けた。
「自動販売機の所で会ってな」
今日も女子と一緒に食堂へ行ったはずだよな。なのに自動販売機で出会うことがあるのか?
本当は秀次を待ち伏せしていたんじゃ、俺にばれないように。
どうしてそんなことをする必要があるんだ。だいたい、冬弥は秀次をあまり良く思っていなかったじゃないか。
いや、違う、俺は何を考えているんだ。嫉妬にかられて、冬弥を悪者にしようとしていた。
「そうなんだ。冬弥も一緒に飯食う?」
もやもやとした気持ちを振り払い、冬弥に入れと席を指差すが、教室で食べるからと断られた。
そうかと残念そうに言いながらも、心の奥では安心していた。
「またな、田中」
秀次の肩へ触れ、その後に俺の方へちらりと目を向け、行ってしまった。
笑ってたな、冬弥の奴。心の奥底を見透かされた気分だ。
「随分と仲良くなったな」
仲良くなれたらいいと思ってはいたが、俺が居ない所でなるのは嫌だ。
それも見つめ合いながら名前を呼ぶとか、どういうわけだ。
「あ……、うん」
何か隠し事でもあるのか、そんな表情をしている。
二人の秘密とでも言いたいのか。
「見つめ合うほど仲良しになったんだなぁ」
俺が一番じゃなかったのか。それとも冬弥にも同じくらい気を許し始めたのか?
隠されると余計に胸がむかつく。
「大丈夫。総一さんが一番だから」
その言葉を聞いた途端、ハッとなり、目を瞬かせる。
現金な俺は、その言葉を聞いて胸のむかつきがなくなった。
秀次が俺の頭を撫でる。くすぐったいなと頭を振るうと、手が離れてしまう。
「わるい」
「嫌じゃない。もっと撫でてくれ」
首のあたりに顔をおしつけ、スンスンと鼻を鳴らす。
まるで犬みたいだなと、秀次が俺の頭を包み込むように抱いて撫でる。
その通りだな。犬は貴方に興味があるという時に匂いを嗅ぎに行くと、テレビで見たことがある。
「よい匂いだな」
フローラル系かな。優しく香るところがよい。
「あ……、香り付け専用ビーズの匂いじゃねぇかな」
「そうなんだ」
男臭いのが気になるのか。全然、嫌なにおいなどしないのに。
上はどんな匂いがするんだろう。鼻をくっつけながら、嗅ぎまわる。
耳のあたりはシャンプーの匂いだろうか、先ほどとは違う香りだ。
「ちょっと、総一さん」
「シャンプーは?」
「姉貴の……、んっ」
今、感じたのか?
「いい加減に」
もっと、聞きたい。秀次が欲しい。
「え?」
そう思った瞬間に、唇を奪っていた。
いきなりのことに驚いたか、かたくなっている。それをほぐすように舌を差し入れ、歯列をなぞり、そして絡からめた。
「ん、ふぁ」
俺のキスを気持ち良く感じてくれているようで、それを受け入れ表情をとろけさせる。
吸ったり絡めたりとしていると、目に涙がたまりこぼれ落ちた。
すこし、やりすぎたようだな。
唇を離して、
「意外と泣き虫だな」
そう口にすると、今度は涙の痕にキスをした。
「ビックリしたんだよ」
乱暴な口調になるのは照れからだろう。
俺は小さく笑い、
「そうだよな、驚いたよな」
チュッとリップ音をたて、軽くキスをした。
「もう、なんなんだよぉ」
胸板に顔を押し付ける秀次の、髪をかきまわして撫でる。
「俺さ、秀次が好きなんだ」
そう耳元で囁くと、みるみるうちに顔を赤くそめるが、どうもその表情からみて困惑しているようだ。
「困らせてしまったようだな」
頬を優しく撫でると、秀次は首を横に振るう。
「あたりまえだろっ。いきなりだし」
たしかにそうだな。一気に想いをぶつけたから、秀次に息をつく暇もあたえていない。
「自分のことばかり考えて、気持ちを押し付けてすまない」
今更だが、何をしているんだ、俺は。我慢できなくてokを貰う前に手を出した。
余裕のない男だと、引いてしまっただろうか。
「秀次」
「なぁ、いつから俺のことを?」
気持ちが落ち着いたか、いつもの秀次だ。俺を拒否するような言葉を掛けられなくてよかった。
俺はその質問の答えをゆっくりと話し始める。
「そうだなぁ、確信したのはつい最近だ。でも、出会ってすぐに秀次のことを気に入っていたから、一目ぼれだったのかもしれないな。男同士だし、深く繋がりあった友達になるとしても、恋愛対象にはならないだろう?」
普通はそうだよなと、そういう顔をして言う。
「それならさ、どうして男の俺を好きになったんだよ」
「男だとか、そういうのを抜きにして考えたんだ。俺はさ、秀次の中身の可愛さが好きなんだよ」
「なっ、可愛くねぇし!」
ムキになっちゃって。しかも、顔が真っ赤だ。
そういうところだよ、俺が言っているのは。
抱きしめたいけれど、また自分の気持ちを押し付けてしまうよな。
我慢したというのに、秀次の方から俺にもたれかかってきて、床に倒れ込む。向こうからしてきたのだし、別にかまわないか。
「随分と積極的だな」
「押し倒した訳じゃねぇから」
秀次が身を起こそうとするのを、腕を掴み胸板に顔を押し付けるようなかたちで止める。
たまらないな、本当に。
胸の高鳴りは激しく、きっと秀次にばれているだろう。
それでも、俺をそんな風にさせるのは、秀次だけだ。気持ちごと伝染して、俺を好きになればいい。