寂しがりやの君

告白

 葉月に謝り、俺との間にわだかまりはなくなった。だからといって、つるんでいたあいつ等と元通りの関係になることは無いし、女子達も冷たいままだ。
 クラスで浮いたままではあるけれど、俺の気持ちは今までとは違う。教室に居ても苦痛に感じなくなったからだ。

 美術室へと向かう前に自動販売機でお茶を買おうとしていたら、脇から手が伸びてきて炭酸ジュースのボタンを押されてしまった。
「勝手に押すなよ」
 菓子パンと甘いジュースの組み合わせはキツイ。
「俺が飲むんだからいいだろ」
 と自動販売機にお金を入れた。
 何がしたいんだよ、一体。
 お茶のボタンを押し、取り出し口からペットボトルをとる。
 尾沢兄に対して良い印象がないから、相手にしたくないんだよな。
「なぁ、少し付き合えよ」
 早く総一さんの所へ行きたいのに、でも尾沢兄は俺の気持ちなど無視して腕を掴んで引っ張っていく。
 本当、強引な奴。総一さん、なんでこんなのと仲がいいんだよ。
「総一が絵を描けなくなった理由は聞いたか?」
 話って、そのことか。
 総一さんから聞いていたので知っていると頷く。
「あの時の総一さ、すごく辛そうで見ていられなかったんだ」
 とその時を思い出しているのだろう、表情が曇りだす。
 そうだよな、この人は辛いときに間近にいたのだから、その時の苦しみを知っている。
「でもな、ある時から笑顔を見せるようになったんだ」
 お前と出会ったから、と、そう真っ直ぐに見つめてくる。
 俺が……?
 驚いて目を瞬かせながら自分自身を指さす。
「そうだよ。可愛い猫に懐いて貰うんだって。俺はさ、総一の表情が明るくなったのが、ただ嬉しかったんだ」
 と口元を綻ばせるが、すぐにかたく結ばれた。
「だけど、その相手が田中と知った時、なんであいつがいるんだよって思ったよ。弟と慧の友達にしたことを知っていたから」
「そうだろうな」
 自分勝手な理由で相手を傷つけたのだから。
 しかも大切な友達の傍に、そんな男がいるのだから心配でならなかっただろう。
「総一にお前のことを話したのは、酷いことをされる前に離れて欲しかったから。だけどさ、アイツさ、お前と仲良くするのをやめないって言うんだもの」
 だから意地悪をしてやろうと思ったそうだ。
「意地悪でもなんでもねぇよ。友達思いだな、尾沢さんって」
 そう俺が言うと、目を見開き、そしてニンマリと笑う。
 まるで羨ましいだろうといわれているようで、なんか腹立つ。
「ムカつく」
 ぼそっと呟いて拳を作り身体を震わせると、尾沢兄が俺の肩に手をおいた。
「総一を救ってくれてありがとう」
 そんなことを言われるとは思わず、今度は俺が驚かされる。
「俺は、何もしていないしっ」
「それでも、お前のお蔭なんだよ。ありがとうな」
 肩に置かれた手が力強く、尾沢兄の思いが伝わってくるかのようで、ちょっとウルッときた。
「尾沢さん……」
「田中」
 中に入ろうとせずに、ドアの前で見つめ合っている俺達。はたから見たら怪しいよな、これ。
 総一さんも何事かと思ったんだろう。どうしたんだと声を掛けられる。
「自動販売機の所で会ってな」
「そうなんだ。冬弥も一緒に飯食う?」
 入れよと親指で席を指す総一さん。だけど尾沢兄は教室に戻ると言って、
「またな、田中」
 と肩を軽く叩かれ、俺らから背を向けて教室へと戻った。
「随分と仲良くなったな」
「あ……、うん」
 あのやり取りは秘密にしておた方がいいだろう。
 そう思って何も言わなかったら、何故か総一さんがムッとしている。もしかして怒ってる?
「見つめ合うほど仲良しになったんだなぁ」
 あぁ、そう言うことか。大切な友達を俺にとられたと思っているんだな。
 なんか小さい子供みたくて可愛いな。
「大丈夫。総一さんが一番だから」
 大体、尾沢兄は俺のことなんて好きじゃねぇもん。だからそう口にしたら、目をパチパチとさせて俺を見ていた。
 そうなの? とまるで聞かれているかのよにかんじて、その表情が可愛くて思わず頭を撫でてしまった。
 するとふるっと頭を振られ、嫌だったかなと、あわてて手を離した。
「わるい」
「嫌じゃない。もっと撫でてくれ」
 首のあたりに顔をおしつけ、スンスンと鼻を鳴らす。
 まるで犬みたいだなと包み込むように腕を回して頭を撫でる。
「よい匂いだな」
「あ……、香り付け専用ビーズの匂いじゃねぇかな」
 母親が、親父が会社で若い娘さんたちに臭いといわれないようにと使っている。お蔭で俺の洗濯物まで女が好きそうな匂いがする。
「そうなんだ」
 鼻の感触が上へ上へとあがっていく。
 今、耳の当たりを嗅がれていてくすぐったい。
「ちょっと、総一さん」
「シャンプーは?」
「姉貴の……、んっ」
 耳に息がかかり、ゾクゾクっと身体がしびれた。
「いい加減に」
 と総一さんの方へと顔を向ければ、その近さに驚いて目を見開く。
「え?」
 触れる。
 そう思った瞬間、俺達はキスをしていた。
 ウソだろ……。
 この状況に、頭の中が混乱して落ち着かない。
 それをほぐすかのように、総一さんの舌が歯列をなぞり絡まりつく。
「ん、ふぁ」
 気持ち良くて、思考がとろけてしまう。
 目の奥がツンとなり自然と涙が流れ落ちた。
「意外と泣き虫だな」
 唇が離れ、涙の痕に口づけをする総一さん。泣かせているのはアンタだろう。
「ビックリしたんだよ」
 つい、乱暴な口調となってしまうのは、照れからだ。
「そうだよな、驚いたよな」
 今度は、チュッと音を立ててかるく口づけされる。
「もう、なんなんだよぉ」
 厚い胸板に顔を押し付ければ、太い腕が俺を抱きしめた。
「俺さ、秀次が好きなんだ」
 耳元で呟かれる言葉に、じわじわと熱がこみあげる。
 総一さんの気持ちは嬉しい。今だって、胸がドキドキして落ち着かねぇし。
 だけどさ、わかんねぇよ。だってさ、こんなのはじめてだし。
「困らせてしまったようだな」
 頬を優しく撫でられ、俺は首を横に振るう。
「あたりまえだろっ。いきなりだし」
 まるで雪崩のように、一気に崩れ落ちて流されていく、俺は雪に埋もれでもがいている状態なんだ。
「自分のことばかり考えて、気持ちを押し付けてすまない」
 そうだよ。でも、総一さんは嫌な一面を知っても、優しくしてくれたし、好きになってくれたんだよな。
「秀次」
「なぁ、いつから俺のことを?」
 そういう意味で思っていてくれたんだ、総一さん。
「そうだなぁ、確信したのはつい最近だ。でも、出会ってすぐに秀次のことを気に入っていたから、一目ぼれだったのかもしれないな。男同士だし、深く繋がりあった友達になるとしても、恋愛対象にはならないだろう?」
 まぁ、俺だってそう思うよ。恋愛対象は女子だし。
「それならさ、どうして男の俺を好きになったんだよ」
「男だとか、そういうのを抜きにして考えたんだ。俺はさ、秀次の中身の可愛さが好きなんだよ」
「なっ、可愛くねぇし!」
 なんだよ、それ。俺のどこがだよ。
 すげぇダメージをくらって、疲れ切った俺は全体重を総一さんへと預けるようにもたれかかると、そのまま床の上へと倒れ込んだ。
「随分と積極的だな」
「押し倒した訳じゃねぇから」
 と身を起こすが、腕を掴まれて再び胸板に顔を押し付ける形となった。
 総一さんの胸が、すげぇドキドキしてる。そういう俺のも、まるで感染したかのように高鳴っていた。