カラメル

遊ぶ約束をした日

 なんだかとても気持ちがいい。
 うっとりとため息をつけば、ふわふわとした気分から急速に意識が浮上してハッと目が覚める。
「起きたか?」
 その声の方へと顔を向ければ、別のソファーで本を読んでいる吾妻と視線が合う。
「ごめん、寝ちゃってた」
 慌てて起きあがれば、ブランケットが目に入り。
「掛けてくれたんだ。ありがとうな」
 とそれを丁寧に畳んで置いておく。
「起こしてくれたら良かったのに」
「気持ちよさそうに寝てたからさ」
 本を閉じて俺の傍へと立ち、寝癖と笑いながら頭を撫でてきて。
 恥ずかしいやら照れるやらで俺は吾妻から顔を背けた。
「なぁ、夕飯食っていかねぇ?」
 時計を見れば六時を少し過ぎた時間で、お腹はすごく空いている。
「うん、食べる」
「よし、じゃぁ準備するな。生姜焼きと卵スープとサラダを作ろうと思うんだけどさ、それで足りる?」
 と聞かれて驚いてしまった。
 てっきり、宅配のピザを頼むとかコンビニで買ってくるとかそう思っていたから。
「え、もしかして吾妻が作るの?」
 吾妻が料理をするなんて、想像つかない。
 思わず顔に出てしまったか、心外だなと吾妻が呟く。
「お昼以外は自炊をしているんだぞ、俺」
 と冷蔵庫を開き食材を取りだす。
 その手際のよさから、普段から自炊をしているという事は本当のようだ。
「俺んちさ、両親とも共働きで帰りが遅かったから、小学の頃から俺と姉貴とで家事を分担してたんだ」
 小学の頃から家事をしていたなんて驚きだ。
 俺は母親がいつも傍に居てくれたからお手伝い程度にしか家事をしたことが無い。
「へぇ、そうなんだ」
「でさ、姉貴が料理上手でな。随分と鍛えられたよ」
 すげぇ美人で料理上手なんだぜと、家事の話からお姉さん自慢に発展していく。
 余程、大好きなんだなと微笑ましくなる。
 吾妻の新たな一面をまた知ることができた。
「優は?」
 兄弟がいるのかと聞かれ、弟と妹がいる事を話す。
「え、優って長男なの?」
 意外だと呟く吾妻。
「吾妻君、それってどういう意味でしょうか」
 ムッとして吾妻の頬を片方だけ摘まみあげれば、吾妻は「何?」といった表情で俺を見る。
「俺が長男に見えないって?」
 更にもう片方も頬をつまみ上げれば、降参とばかりに両手を上げる吾妻だ。
 摘まんでいた手を離せば、
「だって、優っておっとりしているっていうか、さ」
 何かを含むような言い方をする吾妻に、俺が何を言いたいのかを察した。
「しっかりしていないとか、そう言いたいんでしょっ」
 と吾妻の顔を覗き込む様に見つめる。
「べ、別にそんな事、思ってねぇ……」
 その顔がそう言っているんだよと、ぷいと顔を背ければ。
「怒んなよぉ」
 と肩を掴まれ、吾妻がひょこっと後ろから顔をのぞかせた。
「優、俺の分の生姜焼きを一枚あげるからさ~」
 許してと抱きしめられて、しょうがないなと吾妻の髪を乱暴にかき混ぜた。
「吾妻の分、二枚で許してあげる」
「う……、わかったよ。じゃぁ、作っちまうから待っててくれ」
 渋々と頷いた後、料理に集中し始めた吾妻を眺めなが完成を待つ。
 キッチンから生姜焼きを焼く香ばしい匂いに、早く食べたいとばかりにお腹が切なく音を立てる。
 暫くして、
「出来たぞ」
 と、生姜焼きとサラダを盛ったお皿を手渡され、俺は感嘆の声を上げる。
「美味そう」
 涎が出そうになり、あわてて吸い取る。
 それをテーブルに置いてご飯と卵スープを受け取る。
「じゃぁ食べようか」
 吾妻の分もテーブルに置かれ、その皿の上はかなり可哀そうなことになっていた。
「なんだかお皿の上が寂しいから返してあげる」
 もともと冗談のつもりだったので吾妻のお皿の上に生姜焼きをのせる。
「ありがとうな」
 と吾妻は柔らかな表情を見せた。
「それじゃ、頂きます」
 手を合わせ、まずは生姜焼きを一口。
「ん、美味しい!」
 こってりめの生姜焼きは俺のツボをつく味で、白米との相性もばっちりだ。
「吾妻、すごく美味しいよ!」
「良かった」
 生姜焼きがこってりなので、あっさりめのスープがこれまた良い感じで。サラダも吾妻が作ったレモン風味のドレッシングがとても爽やかで良い。
 俺は何度も美味しいと口にしつつ完食する。
「ごちそうさまでした」
「おう」
 食べ終えた食器をシンクへと運び洗い物をはじめる吾妻に、手伝うよと隣に並んで洗った食器を拭く。
「また食いに来いよ」
 好きなモン作ってやるぜという吾妻に、俺は素直に頷く。
 それから少し胃を休めつつ、たわいもない話で盛り上がり。
 気が付けば八時を回っていた。
「そろそろ帰らなくちゃ」
 と立ちあがれば、吾妻が寂しそうな顔を見せる。
「メールするから」
 ね、と吾妻の手を掴んで握りしめれば、頷いて俺の手を引いて玄関へと向かう。
「じゃぁね」
 握りしめられたままの手を引けば、するっと手が離れていく。
「またな」
 玄関の扉を開いて外へと出る。そして顔だけ覗かせてばいばいと言えば、吾妻が微かに微笑んだ。

 こうして吾妻との一日は終わりを告げたのだった。