カラメル

いやがらせ

 この頃、昼休みは久遠と二人だったり、桂司兄ちゃんと一緒に過ごしたりしている。
 それは真一が恋人である樹先輩と一緒に昼休みを過ごしているからだ。
 俺の為に真一の時間を使ってしまうのは勿体ないから、大丈夫だよと言って背中を押した。
 それにね、昼休みが終わって教室へと戻ってきた時の、真一ってばとても幸せそうな表情をしていて、俺まで幸せな気持ちになるんだ。
 でもね、昼休みに頻繁に真一が何処かへ行ってしまう事をチャンスと思ったのか、今まで嫌味や悪口だけで済んでいたのに、突然つきとばされたり何かを投げつけられたりするようになった。
 些細な事で心配をかけたくなくて誰にも話してなかったのだが、それが悪かったのだと今更の事のように思う。

 その日も俺は一人きりで、お弁当を食べ終え、桂司兄ちゃんの所へ行こうと教室を出た。
 その時、背後から声を掛けられた。
「木邑、澤木に渡したいものがあるんだけど、代わりに受けて取ってもらってもいい?」
 俺の知らない子だった。でも真一の知り合いのようだし良いかと手を差し出す。
「あ、ごめん。教室まで取りに来てくれるかな」
「うん、良いけど」
 何故、教室までとは思ったが、良いと言ってしまったのでついていくことにした。
 だがそれは俺を誘い出す口実で、おかしいと思った時には数名の子に囲まれて無理やり連れて行かれた後だ。
 で、俺は今、体育館倉庫の中にいる訳だ。
 それも制服を脱がされてシャツ一枚と下着という姿で、しかも携帯電話は鞄の中なので、誰かと連絡を取る事も出来ない。
 もしも、何処かのクラスで五時限目に体育の授業があったとしたら、誰かに見つかってしまう可能性がある。
 こんな格好で居るところを見られて恥ずかしいし、苛められていると思われてしまうかもしれない。
 いつかこうなるだろうと思っていたと笑う奴もいるかもしれない。
 一番怖いのはこれが切っ掛けとなり、行動がエスカレートする事。
 そんなことになれば俺を守ろうと真一や久遠に今まで以上に迷惑をかける事となってしまうかもしれないから。
 ここは自分でどうにか切り抜けねば。
 そう思い、手探りで何かないかを探すけれど使えそうなものは無く。
 次第に焦り始める。息を吸ったり吐いたりして落ち着こうとするが、全く効き目がない。頭の中はどうしようという言葉ばかりだ。
 そんな時、体育館倉庫のドアがそっと開かれて、誰かきたと慌てて身を隠そうと跳び箱の後ろに隠れ、この場をやり過ごそうとする。
「あの……、木邑先輩、いますよね」
 と、俺を呼ぶ声が聞こえる。
 俺は驚いて返事をすることが出来ずにいれば、助けに来たのだとその声の主は言う。
「え、あ、あの」
 ひょこっと跳び箱の奥から顔を覗かせれば、大柄で優しげな顔をした子がホッとした表情をみせる。
「あの、俺、一年の平塚と言います」
 そういうと制服の上着を脱いで使ってくださいと手渡してくれた。
「え?」
「実は、先輩たちがしていた事を見てまして、いなくなるのを待ってからここに来ました。こんな図体をしてるのに怖くて何も出来なくて、直ぐに助けられなくてごめんなさい」
 と頭を下げる。
「そんなことないっ、助かったよ」
 もしも彼らが戻ってきたとしたら、助けたことで平塚君も巻き込まれてしまうかもしれないというのに、それを承知で助けてくれたのだ。
「来てくれてありがとう」
 俺の事は噂で知ったのだろう。という事は俺が嫌われている事も知っている筈だ。
 なのに平塚君は俺を助けてくれた。なんて心の優しい子なのだろうか。
「一先ず、何か穿くものをお願いできる?」
 教室から体操服を持ってきますねと、体育倉庫を出ていこうとする平塚君に、
「ここからなら保健室が近いから、先生に何か借りてきて欲しい」
 と穂高先生の元へと行ってもらう事にした。

 それから暫くして平塚君と穂高先生が体育館倉庫へと戻ってきて、俺の恰好を見ても一先は何も言わずに穂高先生がジャージのズボンを手渡してくれた。
「お借りします」
 それを穿いて、借りていた上着を平塚君にかえした。
「保健室に行こうか」
 と俺の肩を軽く叩いた。
「では、俺はこれで」
 失礼しますと小さくお辞儀する。
「平塚君、助けてくれてありがとう」
「いえ」
 もう一度、頭を下げて俺達から離れていく平塚君を見送り、保健室へと向かう。
「さて、話も聞きたいし。どうする、澤木たちを呼ぼうか?」
 と聞かれた、その時。
 視界の先に吾妻の姿を見つける。
「優、居た!!」
 どうやら俺を探していたようで、その腕の中には制服がある。。
「それって……」
「おう、お前の制服だ」
 制服の胸ポケットには名札がついているし、二年生のカラーである青いネクタイがある。
「一先ず保健室の中へ入ろう。話はそれからだ」
 と、穂高先生に言われて保健室の中へと入る。
「で、これ、何処にあったんだ?」
「俺の机の上に置いてあってさ。もしかしたらと思って教室を覗いたらいねぇし。騒ぎになったら面倒だし、一先ずは恭介サンに預かってもらって探しに行こうと思ってな」
 丁度、俺達が来たと言うわけか。
「なんで吾妻の机の上に置いてあったんだろう?」
 俺にとっては何処かに捨てられるのではなく、吾妻の机に置いておいてくれて良かったが。
「さぁな。でも犯人をみつけて、絶対にシメる」
 ぼきぼきと指を鳴らす吾妻に、
「暴力沙汰は駄目だぞ」
 と穂高先生が吾妻の後頭部にチョップを食らわした。
「いてぇ! そういう恭介サンこそ、暴力は駄目だと思います」
「俺のは愛のムチだから良いの」
「なっ、ずりぃ~」
 二人のやりとりをみていたら可笑しくなってきてくすくすと笑い声をあげる俺に、穂高先生が俺に優しげな眼を向ける。
「さ、着替えておいで」
 と制服を手渡され、それを受け取ってベッドに向かってカーテンをひいた。

 吾妻と穂高先生のお蔭で、気持ちが楽になったと思っていた。
 だが、一人になると自分の身に起きた事がよみがえり、それがすごく怖くてガクガクと震えが襲う。
 立っていられなくなってその場にしゃがみ込めば、俺の様子がおかしい事に気が付いたのか、吾妻がカーテンを払いのけて中へと入ってくる。
「あず、ま」
「大丈夫か」
「う、うん」
 腰に腕を回して立ちあがらせてくれた。
「俺と恭介サンがすぐ傍にいるから」
 吾妻の目が俺に「大丈夫、一人じゃないからな」と言ってくれているように感じる。
 俺の頭を撫でてから額に口づけを落とす吾妻に、もう平気だよと身を預ければ、ぎゅっとその身を抱きしめてくれた。
 吾妻の優しさが身に染みる。
 それが心地よくて幸せで、このままぎゅっとしていて欲しいと思うのはきっと……。
「認めないと駄目かな、もう」
 そう、呟いた言葉に。
「何が?」
 吾妻が首を傾げて俺を見る。
「うんん、なんでもない」
 ぐいっと吾妻の胸を押して離れると、名残惜しそうな顔を俺に向ける。
「さ、穂高先生の所に戻ろう」
 と手を握りしめて引っ張れば、吾妻がふっと笑みを浮かべて指を絡ませてきて、その表情と絡まる指に胸が高鳴り、唇に軽く触れるだけの口付をした。
「あっ……」
「可愛い優が悪い」
 いつもの調子でそんな事を言われて。
 バカと返し、つないでいないもう片方の手も繋ぎ合わせて吾妻をみる。
「優」
 吾妻が目を見開きながら俺を見る。
 うん、そうだよね、俺だって驚いているもの。俺の方からキスを強請るなんて。
 もう一度、触れた唇は直ぐに離れる事無く。深く、そして絡み合い。時にくちゅくちゅといやらしい水音をたてる。 
 糸を繋ぎ合わせながら唇が離れ、互いに熱で頬を赤く染めながらウットリと微笑みあった。

 その後。
 俺達がキスをしてたのは穂高先生にバレバレで。散々からかわれたのは言うまでもない。