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遊ぶ約束をした日

 真一に勉強を叩きこまれたお蔭か、いつもよりは回答できたと思う。
 やっと試験が終わり、明日は吾妻との約束の日、十時ごろにファーストフード店の中で待ち合わせだ。
 どうやら吾妻の方が先に着いたみたいで二階の奥にいると連絡があった。
「お待たせ」
 もそもそとハンバーガーを頬張っていた吾妻が俺に視線を向けて手を上げる。
 口の中の物をジュースで飲み込み、
「わりぃ、朝飯食う暇なかったんだ」
 寝坊したのかと尋ねれば、何故か怖い顔で睨まれた。
 ビクッとする俺に、
「こいつでも食ってろ」
 とポテトを渡されて、ひとまず一本摘まんで口に運ぶ。
 ハンバーガーを持ったまま何かを落ち着かぬ様子を見せる吾妻を眺めつつ、ちまちまとそれを食べていたら、
「……楽しみ過ぎて眠れなかったんだよ」
 そうボソと口にする。
 食べかけのポテトがぽとりとテーブルの上に落ちる。
 まるで遠足の前の日の小学生の様な事をいう吾妻の事を、可愛いとか思ってしまった。
「そっか、そっか」
 頷きながら頭をナデナデとすれば、目元を赤く染めてハンバーガーを勢いよく食べ始めた。

 遊ぶ約束はしていたけれど何処へ行くかはまだ決めておらず、行こうかと席を立つ吾妻について外へと出る。
 曇り、時々にわか雨。それが今日の天気予報。
 遊んでいる間だけ、どうか雨に降られませんようにと思いながらここまで来た。
 だが、雲に覆われた空は今にも泣き出しそうだ。
「何処に行くの?」
 せめて気持ちだけは晴れやかになんて思いながら尋ねる。
「ん、適当にぶらぶらしながら入りたい店があたら入るって感じで。あ、行きたい所があったら遠慮なく言えよ」
「わかった」
 話をしながら歩き、時に気になった店の中へと入る。
 その中の一店、女性客やカップルが多い輸入雑貨の店で店内を見て歩いていたらやたらに視線を感じる。
 そっと様子をうかがえば、女性客が吾妻へと視線を向けていた。
 私服の吾妻はいつもとは違う印象に見えた。
 そう、凄くカッコいいのだ。
 金髪の髪も街の中では目立たないし、楽しそうに店内を見る吾妻の表情はとても柔らかい。
 商品を手にしたままの俺に、
「それ、気に入ったのか?」
 と聞いてくる。
「え?」
 ただ何となく手にしていただけなのに、
「買ってやる」
 なんて照れて言うものだから、それが可愛くて思わず「うん」と頷いていた。
 レジに向かった吾妻を少し離れた場所で待てば、化粧をした女子高生の二人組が吾妻に話しかけている姿が目に入る。
「ねぇ、これから一緒に遊びに行こうよ」
 一人の子がそう言って吾妻を遊びに誘う。
「連れがいるから」
 と俺を見る。彼女達、吾妻の友達だからきっとカッコいい人だと思ったのだろう。期待を込めるように俺を見て、すぐにそれがガッカリとしたモノへと変わった。
 彼女たちのあからさまな態度に、俺は恥ずかしくてカッと体が熱くなる。
 ここにいるのが嫌になり俺の足は外へと向かっていた。

 とうとう雨が降り出してしまった。
 俺は濡れる事も構わずに駅に向かって歩き出す。
 吾妻に何も言わずに出てきてしまったが、後は彼女たちと遊べばいいと思っていた。
 なのに、
「おい、優ってば」
 と腕を引かれ。頭上に傘が差しだされる。
「なんで?」
 見上げれば其処に吾妻が居て。
「なんでじゃねぇだろうが」
 追加で傘を買っている時にふらりと出ていく俺の姿を見て、慌てて追いかけてきたのだという。
「女の子達と、遊べばよかったじゃん」
 勿体ないよと、俺は大丈夫だと吾妻に戻る様にその背を押す。
「はぁ? てめぇ、何言ってんの?」
 遊ぶ約束をしたのは俺とお前だろうがと、怖い顔をして俺を睨む。
 吾妻の事を少しずつ知るようになってから、俺は彼の事を怖いなんて思わなくなっていて、しかも、この頃は優しい顔をして見てくれるようになっていた。
 きっと怖がらせないようにって、そうしてくれていたんだ。だからこ吾妻にこんな表情をさせてしまった俺が悪い。
「ごめん、吾妻」
 傘を持たぬ方の手を両手で握りしめれば、おうと返事をしてそわそわとし始める。
「なぁ、濡れたままじゃアレだし、うちに来いよ」
 ここから歩いていける距離にあるんだと、片方の手を握られ引っ張られる。
「ちょっと、これじゃ行く以外の選択肢はないじゃん」
 手は振り払えば解けるくらいにしか握られていない。なのに、俺は言い訳をするようにそう口にする。吾妻と少し一緒にいたかったからだ。
「行くぞ」
「もうっ、しょうがないな」
 と言えば、口角を上げた吾妻が俺の髪を乱暴に撫でた。

 元々は家族と共に過ごしていたマンションらしいが、両親は海外、兄は一人で暮らし、姉貴は結婚して出て行ったそうで、今は気ままな一人暮らしなのだと言う。
「こんなに広い所に一人で暮らすのってなんだか寂しそうだね」
「そうか?」
 もう慣れたよと言って箪笥からバスタオルと服を取り出して俺に手渡す。
「風呂、入ってこいよ」
「ありがとう。お借りします」
 それからシャワーで十分に体を温めて真新しい下着と吾妻のジャージを着て部屋へ戻る。
 ほかほかと温まった体は頬をほんのりと赤く染める。
 タオルで髪を拭いながら吾妻にもう一度お礼を言が、何故か吾妻は俺を睨んだままで動かない。
「吾妻?」
 首を傾げ俺は吾妻を見れば、目元がほんのりと赤く染まっていた。
「半端ねぇ……」
「え?」
 何が半端ないのだろう。
 首を傾げる俺に、
「風呂上りの優、色っぽい」
「なっ、ばっかじゃないの!!」
 何処がどうやったら自分が色っぽく見えるのだ。
 あの女子高生たちだって残念な顔して自分を見ていたと言うのに。ていうかその言葉は俺より吾妻の事だろうが。
「俺なんかより吾妻の方だろ。男の色気ってやつ」
 そう言い返して、自分もとんでもない事を口にしている事に気が付いて口を押える。
「優、俺に色気を感じてくれてたんだ」
「へ? あ、いや、ちがう、これは言葉のあやというか……」
 手を振りながら今のは違うと言うけれど、吾妻に腕を掴まれてソファーの上に押さえ込まれて唇を奪われていた。
「ん、んんっ」
 舌が絡み、くちゅっと水音が聞こえてきて、恥ずかしくて顔に血が上る。
 しかも、欲を含む口づけは、俺の下半身にじくじくとさせる。
「ふ、らめぇ」
 駄目と言いたいのに口内を犯されてうまく言えない。
「ん、優、好き」
 キスの合間に呟かれる声にドキッと胸が高鳴り、舌が絡む度に感じてしまい身体が跳ねてしまう。
「すき」
 切なく息をはき、唇が離れる。
 とろんとした眼差しで吾妻を見つめる俺に、ふと口元を綻ばせて滴る唾液を舌で拭い唇を舐める。
 目元を朱色に染めて俺を見る吾妻はとても色っぽく。男の俺でもその仕草にドキッとするほどだ。
「優、良い?」
 俺の唇を撫でる吾妻。その仕草がなんだかエロくて、ますます下半身に熱がこもってきた。
「優が欲しい」
 この先に進みたいとそう吾妻が俺を誘う。
 だけど……。
「だめ」
 このまま流されて、許してしまっては駄目だ。
 やっと友達というラインに立ったばかりだというのに、まだ自分の気持ちもわからないのに恋人同士がするような事はしたくはない。
「優……」
 そう思っているのに、辛そうな表情を浮かべる吾妻を見ると胸が苦しい。
「ごめんね」
 髪を撫で頬を撫でれば、吾妻は俺の胸へと顔を埋めてきた。
「や、吾妻っ」
 駄目だと肩を掴んで拒もうとすれば、
「何もしないから、少しの間だけこうさせて?」
 そう切なげに言われ。
「少しだけだよ」
 と俺は肩を掴んでいた手を外して腰へと回し、吾妻を抱きしめる様なかたちとなる。
 吾妻の体温が暖かくて心地よくて。俺は彼を抱き枕状態にし、いつの間にか眠りへと落ちていた。