Short Story

夏休みの楽しみ方

 初めて友達を家に呼ぶ。
 やたらと母親が嬉しそうだったのは、高貴が背が高くカッコいいからだろう。
 浴衣を出して合わせていた時も、きっとよく似合うわよと目を輝かせていた。
「母さん、後は俺がやるから」
「えぇっ、わかったわよ。また後でね、高貴君っ」
 渋々と部屋を出ていく母親に、高貴は明るい母親だなと笑っている。
「恥ずかしい……」
「えぇ、いいじゃん。俺の母ちゃんと合いそう」
 きっと明るくて話し上手な母親なのだろうと想像し、出してもらった浴衣を高貴にあてた。
「うん、確かに似合うだろうな」
 顔を覗き込めば、
「そう、かな」
 照れつつ視線を外されてしまう。
「どうする、俺が着せようか?」
「うんん。巧巳が着るのを見ながら着てみるよ」
「わかった」
 ポロシャツとズボンを脱ぎ、パンツ一枚となる。
 その姿をティーシャツを脱いだ格好で高貴が見つめていた。
「高貴?」
「あ、あぁ。ごめん。いつみても良い身体で」
「俺の身体が好きだな」
 プールの時も思った事だが、やたらと身体を見られる。
 あまりじろじろと見られるのは好きではないが、高貴に対しては不思議とそ思わない。目元を赤く染めて色っぽい目で見つめてくるのだから。
 自分は決してナルシストではないとは思うが、その時だけはもっと俺を見ろと思ってしまうのだ。
「あ、う……、憧れるというか」
 さらに顔を赤くした高貴に、何故だろう、つい、
「触れるか?」
 と手を掴んでいた。
「え?」
 戸惑う高貴に、
「あぁ、すまん。触りたいのかと思った」
 流石にこれは引くよなと、馬鹿げた事をしてしまったと手を離すが、次の瞬間、その身を高貴に抱きしめられた。
「高貴っ」
「巧巳が、悪いんだからな」
 と唇に柔らかくて暖かいモノが触れた。
「んっ」
 キスをしている。
 あまりの驚きに頭の中は真っ白になり、抵抗をすることも出来ぬままそれを受け入れていた。
 舌が歯列をなで、舌が絡みつく。
 こんな感覚ははじめてで、やたらと身体が熱くなるし芯が甘く痺れてしまう。
「たくみ」
 高貴は行為に夢中で、巧巳は力が抜けて畳に膝をついた。そのまま押し倒されるようなカタチとなり、互いの視線が合う。
 そこで我に返った。
 身体が離れ、高貴がごめんと呟く。
 キスをしてしまった事を後悔している。顔にそうかいてあった。
 熱がひき、頭の中が冷静になる。
 きっと次に出る行動は、脱いだティーシャツを着て帰るというだろう。
 案の定、ティーシャツを手にしたところで、巧巳は身を起こして高貴の腕をつかんだ。
「巧巳、俺っ」
 引き止められるとは思わなかったのだろう。離してと言う高貴に、巧巳は駄目だと首を横に振る。
「帰るな。祭りに行くと約束した」
 ここで手を離したら高貴を失う。ただのクラスメイトという関係にはもう戻りたくはない。
「ごめん、もう無理だよ……」
 好きなんだと、高貴が呟いた。
 あの熱い視線の意味はそういう事だったのか。
 心にすとんと落ちる。そうか、だから高貴の視線もキスも不愉快に感じなかったのだ。
 自分もきっと同じ意味で……。
「それならば俺の傍に居ろ」
「何を言っているか解っているのか?」
「あぁ、解っている」
 目を見開きながら見つめる高貴に、今度は自分の方からキスをする。
「巧巳っ」
 互いに想いは一緒だ。
 それが通じたようで高貴が照れながら抱きしめられた。

◇…◆…◇

 巧巳と待ち合わせをし家へと向かう。家族は四人。上に姉が居るのだという。
 母親はとても明るくて可愛い人だった。そう口にすれば照れて恥ずかしがる。まぁ、素直な反応だと思う。
 自分も母親の事をいわれたら同じ反応をするだろうから。
 浴衣を自分で着るのは初めてで、巧巳が見ていてとパンツ一枚の姿になる。
 巧巳の事を意識するようになってからその姿を見るのは色んな意味でまずかった。

 あいかわらず良い身体だ。あの厚い胸板を撫で乳首に食らいつきたい。そんな欲を含んだ目で見てしまう。
 あからさま過ぎたか、見ていた事はバレバレであった。
 しかも触りたいのかと思ったとまで言われ、理性はかるくぶっ飛んだ。
 そこからは欲のまま唇を貪り、もっと巧巳が欲しくて押し倒していた。
 視線を感じ我に返る。
 頭の中は急激に冷静になり、この場から立ち去ろうとしたが、巧巳に引き止められた。
 祭りに行く約束の事を言われたが、あんな真似をしてしまったのだ。一緒に行けるわけがない。
 もう友達にはもどれない。それならばと想いを告げる。
 これでおしまい。以前のようなただのクラスメイトという関係になるだけ。
 そう覚悟していたのに、巧巳の口からでた言葉は「それならば俺の傍に居ろ」であった。
 一瞬、何を言っているのだろうと思ってしまった。
 自分は同性で、しかもいきなりキスをするような男だ。
 それでも巧巳はきちんと解っているうえで、キスをし返してくれた。
「友達じゃなくて恋人になってくれるのか?」
「あぁ。同じ意味で高貴が好きだ」
 と片方の手が触れて指が絡みつく。
「じゃぁ、恋人として、夏祭りデートしてくれるか?」
 もう片方の手も繋ぎ合わせて指を絡ませた。
「もちろんだ」
 そうとなれば行動は早い。
 二人は浴衣に着替え、祭りが行われている神社へと向かった。

 屋台を見るとわくわくしてしまう。
 そんな高貴を見て、巧巳が子供のようだと笑う。
「いいじゃんかよ。よし、遊ぶぞっ」
 肩に腕を回すと、巧巳の口元が綻んでいる。
 浴衣も良く似合うし色っぽい。つい、目を奪われてしまうのは仕方がないとおもう。
 後は、と、狐のお面を二つ買い、巧巳の頭につけた。
「ヒーローのお面じゃないのか」
 子供たちがつけている戦隊物のレッドのお面を指をさす。
「なんだ、巧巳はあれがよかったのか?」
 ニヤニヤとしていたら、違うと顔を背ける。
「ほら、次に行くぞ。ヨーヨー釣りだ」
「良いよ」
 子供たちに混ざりヨーヨー釣りをはじめる。
 高貴は早々とつり紙が切れてしまったが、巧巳は慎重にヨーヨーを釣りあげようとする。
 だが、すぐ隣の子供が釣り上げた途端につり紙が切れて水しぶきが上がり、運悪く巧巳のつり紙も切れてしまった。
「くぅぅっ」
 本気で悔しがっている。
「お兄ちゃん、ごめんね」
 流石に可哀想と思ったか謝る子供に、巧巳は立ちあがり気にするなと言う。
「あんちゃん、残念だったね」
 出店のおじさんが笑いながら好きなのを一つあげるよと指差す。
 それを聞いた途端、表情がみるみるうちに変わるものだから高貴は我慢できずに笑ってしまった。
「高貴」
 ジト目を向けられ、笑いを必死に引っ込める。
「ほら、お前も一つ選んで良いそうだぞ。どれにする?」
 水面に浮かぶ色とりどりの水風船。
 そこに巧巳が着ている浴衣と同じ色を見つけた。
「俺はこれにする」
 とゴムの輪っかを掴んだ。
「では俺はこれを」
 明るいオレンジ色をした水風船。
 どうしてそれを選んだのかが気になって、ヨーヨー釣りの出店を後にしたのち尋ねる。
「高貴のように明るくて楽しい、まるで今日の祭りのようだなと思ってな」
 嬉し事を言ってくれる。
「俺は……」
「俺の着ている浴衣の色、だろう?」
 水風船を指で突き、顔を覗き込む。
 ここが外でなかったら、このまま襲っていたかもしれない。
 今日は巧巳に心を振り回されてばかりだ。
「高貴、次は射的をやろうっ」
 目を輝かせて向うにあると袖を引っ張る。
 それが可愛くて、巧巳の方こそ子供のようだと、こっそりと思いながら、
「いいねぇ、やろう」
 とそちらへと足を向ける。
「なぁ、賭けでもするか?」
 もっと祭りを楽しもうと思っての提案。普段なら決して口にしないような事を言うなんて。
「おっ、巧巳君の口からそんな事が。いいのかなぁ、委員長」
 口角を上げて背中を強く叩いた。
「折角だ。楽しみたいだろう?」
「よし、負けた方は勝った人に何か奢るって事で。OK?」
「了解した」
 二人並んで射的を始める。なかなか当たらない巧巳に対し、高貴はひとつ撃ち落とした。
「すごいな」
 景品を手にする高貴を尊敬するように見上げる。唯一勝てるのがこういう事だけなのもなんだが、まぁ、好いた相手に良く思われるのであれば悪くない。
「まぁね。巧巳の集中力はすごかったな。当たんなかったけど」
 構えている時は凄腕そうに見えたのに、球は見事に景品を反れていった。
「む、確かにその通りなので文句が言えない」
「じゃぁ、俺、焼そばね」
「わかった」
 高貴に焼そばを買い、巧巳はイカ焼きにした。
「食べるか?」
「え?」
 こんがりと焼けていい匂いがするイカを差し出されて、巧巳の思いに気が付く。
 友達と一緒に回し食べをしたかったのだろう。遠慮なく高貴はイカ焼きにかぶりついた。
「うん、美味い」
 イカ焼きには歯形がくっきりと残った。それを心なしか嬉しそうに見ている。
 よかった。嫌な顔をされなくて。
 巧巳は躊躇なく歯形がついたその箇所へと口をつけ、それが先ほどのキスを思い出させる。
 思わずその姿を見つめていたら、
「なんだ、もっと食いたいのか?」
 とイカ焼きを差し出してくる。
「あ、いや、違う」
 手を振りそう答えると、小首を傾げて再びかぶりつく。
 唇をぺろりと舐め、そして目を細め高貴の方へと向けた。それが扇情的で、煽られた欲が身体を熱くする。
「なんだ、高貴」
 食べている姿を見て欲情したなんて言えない。
「え、いやぁ、間接キスだなって」
 と誤魔化した。
「なんだ、キスした仲なのに」
 関節ではなく直接触れ合っただろうと、高貴の唇を指で撫でた。
「た、巧巳っ」
 更に煽るような真似をされ、胸の高鳴りが半端ない。
「高貴、俺にも焼そばを食わせろ」
 しかも、食べさせてくれとばかりに口を指さした。
 もう限界だった。
「小悪魔め……」
 と巧巳の手を握りしめ、ひとけの無い場所へと連れて行き、焼きそばの代りにキスをする。口内はイカ焼きの味がした。
「んぁ、やきそば」
「後であーんして食べさせてやるから」
「ん、約束、だぞ」
 たっぷりとキスを堪能し、濡れた唇を親指で拭う。
「高貴、熱い」
 首元に顔を摺り寄せて甘えてくる。
 とろんと蕩けた表情は誰にも見せたくないくらいに色っぽくて可愛い。
「もっと遊ばせてやりたいけど、駄目だ、家に帰りたい」
 頬を包み込んで、巧巳に触れたいと素直に口にする。
「もう、祭りは堪能したよ」
 帰ろうと手を握りしめられ、そのまま二人は家へと向けて歩き出した。