夏休みの楽しみ方
机に広げた問題集をぼんやりながめながら物思いにふける。
ウォータースライダーを三度滑り、かき氷を一緒に食べた。あの時みせたブルーハワイのシロップ色をした舌を思い出してしまい、ふ、と、表情が緩む。
勉強に集中できないほど、今日は楽しかった。
また、あの時、感じたドキドキを味わいたい。
「あ、そうだ。夏祭りがあったな……」
近くにある神社で毎年夏祭りが開催される。小学生の頃に親と一緒に行ったきりだ。
「誘ったら、一緒に来てくれるだろうか」
早速、明日にでも祭りに誘おう。
きっと笑顔で行くと言ってくれそうだな。そう思うと楽しみで仕方がない。
小学生の頃の遠足ですらこんなにワクワクした事がなく、楽しみすぎて眠れなかったと話すクラスメイト不思議に思ったが、今ならその気持ちが解りそうだ。
補習を終えて約束したふわふわなかき氷を食べに喫茶店へと向かう。
高貴は苺味、巧巳はマンゴーにした。本物のフルーツもトッピングされていて美味い。
互いのかき氷も味見し、巧巳は話そうと思っていた事を口にする。
「俺の地元で祭りがあるのだが、一緒にいかないか?」
「祭り! いいね、行こう」
思った通りの反応に、思わずニィと口角を上げる。
あと一つ、高貴としたいことがある。
「その時、浴衣を着ていきたいのだが」
高貴は巧巳を見つめたまま目を瞬かせた。驚いているのだろうか、それとも面倒だと思われたか。
だが、何故か顔を赤らめて自分の手で頬を包む。
「すごく似合いそう。良いと思うよ」
「そうか。高貴の分も家にある。それでよければ着ないか?」
「え、俺も? うん、着るっ。写真撮ろうな」
真っ赤に頬を染めて笑顔を向ける。それがやたらと可愛くて胸の奥が疼いた。
「あ、あぁ。そうだな」
子供や女性に対して思うのなら解るが、男でそれも友人に対して思う事ではない。
きっと口にしたら怒られるであろう言葉は飲み込んでかき氷を口に入れる。その冷たさが気持ちを落ち着かせてくれる。
「楽しみだな」
「あぁ」
祭りは補習の日程が終わった後にある。
お疲れ様も兼ねて楽しもうと言われて、ハッとなる。
そうだ、元々は補習に付き合う為の交換条件。楽しい時間はもうおしまいということだ。
楽しかった気分が一気に落ちていく。
高貴とは期間限定の友人でしか過ぎないのだから。
◇…◆…◇
夏祭りに誘われた。
向こうから誘ってくるのは珍しく、友人としてではなく別の意味で意識するようになっていた相手に誘われて嬉しくない訳がない。
それが顔に出ていたのだろう。口角を上げる姿に高貴の胸は高鳴り、顔が熱くなるのが抑えられない。
浴衣を着ていきたいと言われて、その姿を想像して興奮しそうになった。
しかも自分の分もあるといわれて、一緒に着替えが出来るかもしれないと、あの身体をまた見れるかもしれないという下心をもつ。
祭りは土日に行われるそうで、補習の日程が金曜で終わる。
勉強は嫌いだが巧巳と一緒にいられる時間はとても楽しかった。お疲れ様もかね、これからも友達でいて欲しいという思いもこめ、楽しもうというつもりでいった言葉だった。
だが、その瞬間、巧巳の表情が無になった。
もう一度、彼の顔を見れば、いつも通りに真面目そうな、でも優しい表情を浮かべていた。
見間違いだろうか。気になったがなんと聞けばいいのか解らず、結局そのままとなってしまった。
補習の全日程を終え、勉強から解放された喜びにシャープペンを投げ両腕を上げる。
「よく頑張ったな」
前岡が高貴の頭を乱暴に撫でた。
「前ちゃんと二人だったら頑張れなかったかも〜」
とふざけながら言うと、
「可愛くねぇっ」
さらに乱暴に髪を撫でられて鳥の巣のような頭になってしまった。
「酷ぇっ、巧巳ぃ、前ちゃんどうにかして」
手を差し伸べれば、驚いたように肩が小さく震える。
「……あ、あぁ」
思えば今日の巧巳はおかしい。勉強を教えて貰っている時も上の空であった。
「なんだ、補習が終わってホッとしたのか?」
その言葉に酷く動揺を見せる。
何かおかしいと巧巳の手を掴んで握りしめた。
「前ちゃん、帰るわ」
きっと二人の方が話しやすいだろうと思いそう告げれば、前岡も察して気をつけてえれよと手をあげた。
廊下を腕を引きながら歩きながら巧巳が口を開くのを待つ。
すると歩みが止まり、手を強く握り返された。
「補習も終わりだな。もう、楽しみ方を教えるというのも、終わりだな」
高貴は後ろを振り返り巧巳を見れば、迷子の子犬のような顔をしている。
「もしかして、夏祭りで最後だと思ってる?」
「……お前には友達がいるだろう?」
補習が終わったら遊びに行くのもおしまいになる、それをずっと気にしていたのだろうか。
顔が緩みそうだ。
そこまで自分と過ごす時間を楽しんでくれていたのかと思うと叫びだしたい程に嬉しい。
「なんだ、俺達友達じゃなかったのかよ」
「え?」
「折角、補習が終わって遊びまくろうと思ってたのになぁ……、そっか、かなしいなー」
わざとらしくそう言えば、巧巳は目を見開いたまま真っ直ぐと見つめていた。
「俺、巧巳と遊ぶの楽しいよ? 巧巳はそうじゃなかったのか」
「俺は夏休みを喜ぶクラスメイトの気持ちなど全く解らなかった。だが、高貴と一緒に遊んで心が弾んだ。こんな気持ちは初めてだ」
「よかった」
今だ繋がっている手を大きく振るうと、巧巳が安心したように口元をほころばせた。
明日は駅前で待ち合わせをして巧巳の家へと行くことになった。
またと言って手を振り、電車へと乗り込む。
「はぁぁ……」
友達という言葉に胸が痛む。
本当はそれ以上の関係になりたいと思い始めている。
あのまま何処かの教室に連れ込んで手を出さなかった自分をほめたい。折角、仲良くなれたのに台無しにする所だった。
高貴の中で巧巳の存在はかなり大きい。独り占めしたいと思う程にまで気持ちは育ってしまっていた。