Short Story

後輩に駅まで送られる

 仕事を終え本屋へと向かう途中、水守に見つかって居酒屋へと拉致られた。
 本当に営業の奴ら……といっても二人だが、強引で困る。
「なぁ、俺を誘うなよ」
 酒は好きだ。いくら飲んでも酔わないが、飲むなら一人で宅飲みをしたい。
「だってさぁ、お前が帰る時間に仕事が終わったし、邪魔者もいないし。誘っちゃうよね」
 別の人を誘えばよいものを。水守と飲みたい奴がいるだろうに。
「嫌な顔するなよ」
 顔に出てしまったか。まぁ、隠す必要もないので否定はしない。
「しかたがないから三十分だけ付き合ってやる」
「短い」
「文句を言うなら帰るぞ」
「わー待って帰らないで。奢るから」
 奢る、その言葉に口元が緩む。
 それなら遠慮なく頼んでやろうとビールと料理を適当に頼む。
 すぐにビールとお通しがきてそれをつまみにビールを一口。
「なぁ、豊来にへんなことをされていないよな」
「はぁ?」
 どうしてそんな話しになったのかと水守を見れば真面目な顔をしてこちらをみていた。
「えっと、どうしてそんなことを聞くんだ」
「だって豊来はお前のことが好きだろう?」
「うぐっ」
 今、ビールを飲んでいなくてよかった。間違いなく吹いていたところだ。
「おま、なんで」
「あいつ、人付き合いが良さそうに見えるだろう?」
「あぁ見えるが」
「でも深くは入り込ませないし入ってこない。一枚壁があるようにな」
 いや、そんなことはないだろう。誰とでも話をしているし押しが強い。
「だけど文辻に対しては違う。君を知りたい、俺を知ってほしいってカンジ」
 指で文辻をさし、自分をさす。
「もしそうだとしても、なんで水守が気にするんだよ」
「だって後輩だもの心配するだろ。それにお前は同期で友達だ」
「ん? いつ友になったんだ俺たちは」
「ひどいっ、友達だと思ってくれていなかったの!」
 正直、全然思っていない。おちない領収書で仕事の邪魔をする、めんどくさい、かまってちゃんくらいにしか。
「いいよ、今日から友達ってことで」
「えぇ……」
「酷い、また嫌そうな顔をした」
 泣きそうな顔をしていたので少し可愛そうな気持ちになったので友達だということを許してあげよう。
「わかった。でも連絡を取り合うことはしない」
「チャットアプリは?」
「やらないよ」
 便利なのにと唇をとがらせるが、自分には無理だ。面倒というのが先に立つ。
「わかった。ところでさ。豊来と連絡先の交換とかしたか」
「した、というか勝手に連絡先を交換されてた」
「じゃぁ、ここにいることを連絡は」
「していない」
 なぜそんなことを聞くのかと水守を見れば、
「ふたりで飲むなんてずるいです」
とすぐ側で声が聞こえて、隣に誰かが腰を下ろす。
 その相手に心当たりがありすぎて隣を見たくはないが、ゆっくりと首を横へ向けると豊来の姿が目に入った。
「やっぱりか。どうしてここがわかった」
 まさか水守が教えたのか。だがそうではないようで俺じゃないというように首を横に振るが何かに気が付いたようで豊来を指さした。
「お前、GPSか」
「なんだって!?」
 スマートフォンを取り出して画面を見ると謎なアプリが一つ。
 それを水守の方へ向けると額に手を当てた。
「それだわ」
「え、豊来、お前、なに勝手に」
「友達同士で使うひともいるんですよ」
 待ち合わせをしているときに便利なんですというが、そもそも友達ではない。
「だまされないぞ」
「えぇ、だまされましょうよ」
「いやだめだからな。きちんと許可をもらってからにしろよ」
 いや、そうじゃない。許可云々ではなくそれ以前の問題だ。
 アプリは削除、そして立ち上がる。
「とうに三十分過ぎたから帰る」
「そうですね。文辻さんの家で宅飲みしましょう」
 ついてくる気満々である豊来の肩をつかむ。
「お前はここで水守と飲んでいろ」
 鞄をつかみ出入り口へと向かう。
「待ってください。駅まで送ります」
 一緒に外に出てきて腕をつかまれた。
「必要ない」
「それでは家まで送りますよ?」
 腕を振り払おうとするけれど強くつかまれて払えない。このまま連れていく気だろうか。夜とはいえ店が多いので明るい。 これでは目立ってしまう。
 豊来は周りを気にしている様子はない。彼の中で送ることは決まっていて必ず実行するだろう。文辻が妥協するしかないのだ。
「駅までな。だから手を放せ」
「わかりました」
 手が離れて掴まれていた手首をさする。
 駅までの道、豊来よりも一歩下がって歩く。並んで歩きたくないからだ。どうしたって引き立て役にしかならないから。
「どうして後ろを歩いているんです?」
 気になったのか隣を並んで歩き出す豊来に、文辻は歩く速度を少し落とした。
「俺、文辻さんの家知っているんですよね。朝、迎えに行ってもいいですか」
「何で知っているんだよ!」
 間髪入れずにそう言い、GPSのことを思い出した。
「お前、ストーカーかよ」
「知っていても今まで家に行ったことはありませんよ」
 さすがにそこまではやらなかったか。
「そうか。それならいい……じゃないっ!」
 GPSを入れたことを許す流れになりそうになった。
「気がついちゃいましたねぇ」
 と呟くがしっかりと聞こえている。
「引っ越す」
 知っていることを話したからと家に押しかけられたらたまったものではない。
「いいですね。どうせですから一緒に住みましょう」
 ずっと一緒にいられますといい笑顔を向ける豊来を睨みつける。
「ふざけんな。誰が住むか」
 四六時中一緒なんて気が休まらない。
「俺、家事得意ですし、面倒なことは全部やりますよ」
 だがその言葉はとても魅力的だ。
 文辻は料理は全然やらないし、掃除もマメにしない。洗濯だけはきちんとしているが。
「得意料理は肉じゃがです」
 そっと耳元で囁かれてくらりときた。
 和食は好きだ。実家に帰ると母親におかずを沢山作ってもらって持って帰る。
「しかも床上手ですよ」
 寝ているだけで天国を見せますとさらに誘惑が続く。
「そう、なんだ」
「はい。文辻さんにだけに教えるお得物件です」
 家事だけでなく体までリフレッシュして貰えるなんて。
「そりゃお得……」
 誘惑に気持ちが揺らぎその手を取りそうになったところで我に返る。
 なんて男だろうか、これ以上一緒にいると押し切られてしまいそうだ。
「お前と同居なんてしないからな。あと、ここまででいい」
 さすがに豊来にもこれ以上は無理だということが伝わったのだろう。
「わかりました。水守さんが寂しがっているでしょうから戻りますね」
 とあっさりと引き下がる。
「文辻さん、また明日」
 返事をすることなく彼から背を向けると駅に向けて歩いて行った。