Short Story

意外と上手くいくものだ

 蔵の中には貴重な骨とう品や資料などがあり、千寺鷲(せんじしゅう)の父親の物置と化していた。
 父親は歴史学科の客員教授をしており、その時の教え子だった久野という男が講師となり、貴重な資料を借りにたまに家に来る。
「鷲庵先生、こんにちは」
 鷲庵というのは鷲のペンネームであり、江戸時代をモチーフとした小説を書いている。
「久野さん、いらしゃい。おや、もしかして頼んでいた子かな?」
 久野の隣に立つ青年に目を向ける。
「はい。彼は榊黒斗(さかきくろと)君です」
 ウェブで無料配信する為の短編を依頼され、デビュー当時からお世話になっている所なのでその話を受けたのだが、自分が主に書いている雑誌ではなくボーイズラブ雑誌の企画なのだと聞いた時には、何故、自分に? と思ってしまった。
 戸惑う鷲に担当が、女性ファンから捕物帳シリーズの主人公の友人達の話を読んでみたいという要望が多く寄せられているのだと告げ。
 実はその二人は互いに想いを寄せているという事を、あとがきで少しだけふれたことがあり、それでそうなったらしい。
 まさかその二人を主人公にして話を書くことになるとは思わず。だが、折角頂いた話だ。書上げてみたい。
 だが、プロットを書き始めてすぐにつまずいた。
 捕物帳シリーズは、自分の作品の中でも書くのが楽しみで、キャラにも思い入れがある。
 本編では結ばれることはないだろう、二人を幸せにしてやりたいとも思うのだが、どうしてもキーを打つ手が止まったままだ。
 どうしたものだろうと担当に相談すれば、ならば視点となる芳親は鷲とし、保の雰囲気に合いそうなモデルを傍に置いてみてはと言われた。
 それでうまく書けるかどうかはわからないが、藁にも縋る思いでその提案にのってみる事にしたのだが、これとぞ思う人が知り合いの中にはおらず。
 久野に、保のイメージを伝えて雰囲気に合いそうな生徒がいたら紹介して欲しいと伝えた所、特徴を伝えた所、一人の生徒を紹介してくれることとなった訳だ。
 しかも彼は鷲の書く小説のファンらしい。
「はじめまして。榊です」
 黒斗は背筋をきちんと伸ばし、軽く頭を下げる。
 背の高さは175センチある鷲より顔半分くらい大きく、細身だが筋肉がしっかりとついている。しかも容姿は爽やかで男前である。
「格好いいね、彼。イメージに合いそうだよ」
「よかったです。では、俺は蔵で資料をお借りしてから帰りますので」
 失礼しますと蔵へと行ってしまった久野を見送った後。
「わかった。じゃぁ、榊君、ついて来て」
 と、鷲は彼を連れて部屋を移動する。
 黒斗を連れてきた場所は着物を着る為に作った部屋で、スタンドミラーと着物用の桐箪笥しか置いていない。
「鷲庵先生?」
 一体ここで何をするのかというような顔で鷲を見る黒斗に。
「榊君、久野さんから話は聞いているかな」
「はい。もし、お役にたてることがあればと思いまして」
 何でも言いつけてくださいと、力いっぱいに言いながら目をキラキラとさせる黒斗に。鷲は可愛いなと思いながら肩に手を置く。
「ありがとう。じゃぁ、さっそくお願いしようかな」
 と、黒斗の為に用意した襦袢と半着、それから袴を箪笥から取り出してたとう紙を開く。
「和服?」
「うん。これを榊君に着て欲しいんだ」
 まずは襦袢からと黒斗に手渡すが、着るのは初めてなので着かたを教えて欲しいと言われる。
「あぁ、そうか。あまり着る機会などないものな。では、俺が着付けてあげよう」
 鏡の前に立たせ服を脱ぐように言う。
 パンツ一枚の恰好になった所で着付けを始めていく。
「それにしても黒斗君は良い体つきをしているな……」
 割れた腹筋を見ながら、自分はただ細いだけなので羨ましく思う。
「高校まで剣道をやってました。大学に入ってからは後は引っ越しのバイトを」
「そうなんだ」
 そう言いつつ、腹筋へと手を伸ばして撫でる。すると、黒斗が焦りながら止めてくださいと身をよじった。
「あぁ、すまん。つい」
 張りのあるさわり心地の良い肌だった。
 もう少し触れていたかったとか思ってしまったが、変な目で見られたら嫌なので止めておく。
「いえ、あの、先生……」
 着付けの続きをして欲しいとばかりに困り顔で鷲を見る黒斗に。
「あ、うん。すぐに済ませるから」
 着付けを再開し、されるがまま状態の黒斗は鏡越しに自分に視線を向けている。
 ふっと笑みを浮かべて見つめ返してやれば、恥ずかしそうに視線を外してしまう。
 鷲は若者の見せる反応を好ましく思いながら着付けを進めた。

 物語の主人公は片目と片腕を失った武家の嫡男である黒田芳親(くろだよしちか)と蘭方医である大窪保(おおくぼたもつ)だ。
 二人は幼馴染であり互いに好きあっているのだが、芳親が黒田の嫡男という立場故に、気持ちを伝える事が出来ないという設定で、気さくで色男な芳親は町民に好かれており、時たま見せる色香におなごだけではなく男からも色目で見られることがあった。
 そろそろ芳親にも妻をという話となり、黒田の当主が決めた相手を妻として迎えることになる。
 だが、ある日の事だ。芳親に恋心を抱いていた下男に迫られ、仕置きをした後に男を追い出しすのだが、その出来事が男の愛情を憎しみへとかえてしまうことになり、暗く細い路地裏で男とその仲間に襲われて目と腕を失ってしまったのだ。
 大けがを負った芳親を保は見ているだけしかできなくて。何も出来ない事に対して悔しい思いをしたのだ。
 そんな出来事があり、保を医学の道へと歩ませる事となる。
 蘭方医学を学ぶために家を出てから数十年。立派な蘭方医となった保は芳親と再会を果たし……。
 そこから二人の恋愛話となっていくのだが、保のモデルを黒斗にという訳だ。
「爽やかなイケメン……、この話で言えば色男の蘭方医なんだよ、保は」
「えぇッ、鷲庵先生、それって俺には荷が重いですよ」
 俺なんて普通の大学生ですよと苦笑いする黒斗に、
「なんで? 榊君そのものだよ」
 とイメージ通りだと言う事を話せば、照れながら恐縮ですと頭をかく。
(その可愛い一面もね)
 そう心の中で呟き、ますます黒斗を好まく思った。