不機嫌な理由
企画部と開発部合同で飲み会を開くこととなった。
悲しい事に互いの部署に女性は少なく、しかも既婚者ばかり。だが、その中に他の部署の女の子が混じっていた。
この機会に仲良くなろうという下心を持った者が誘ったのだが、その中でも受付の子は誘ってもなかなかOKの返事を貰えないと有名で、よくぞ良い返事を貰ったと誘った男をたたえる。
だが、彼女達の目的は解りやすく、ある一角だけ華やいでいた。その中心には悔しいかな、誰もがしょうがないと納得してしまう男が座っていた。
俺は楽しく飲んで美味いモノが食えればいい。なので隅の方で同じ目的の既婚者たちと一緒にいる。
「ここにいたのか」
と、すぐそばに真木さんがいて。さっきまで華やいでいた一角では、チャンスとばかりに男達が彼女たちに声をかけていた。
「いいんですか、女の子たち」
こっちを見てますよといえば、真木さんは彼女たちに微笑みかけ、すぐに俺の方へと顔を向ける。
「俺とばかり話していてもつまらないだろう?」
そんな事は決してない。そう言いかけてやめる。
何も言わない俺に、ふ、と、真木さんの表情が和らぐ。
「それに、落ち着いて酒を飲みたいしな」
一緒に飲んでいた女性たちが、イケメン大歓迎と小皿に食べ物を取り分けてくれた。
ここでもやっぱり真木さんは人気者だ。
「真木君は人気者だね」
とビール瓶を傾ける。
「あ、日本酒でお願いします」
「お、いける口かね」
課長は食べるよりも酒ってタイプなので嬉しそうに日本酒をついで乾杯とグラスを傾ける。
真木さんが俺のグラスにかるくグラスを当て、酒を口にする。
ちょっとした盛り上がりを見せはじめる俺達の一角。そこに、
「楽しそうだなぁ」
と完全に出来上がっている職場の先輩に肩を抱かれる。それが遠慮なしにで距離が近すぎる。
「わっ、ちょっと」
楽しい雰囲気が一気に台無しになる。
真木さんがやんわりと俺と先輩を引き離し、間にはいってくれた。
ホッとしたが、先輩は真木さんをよけて俺へと近づく。
「桐谷、行くぞ!!」
腕を掴まれ引っ張られる。向こうには酔っ払い集団。絶対に行きたくない。
「俺はここで良いです」
「良いから、良いから」
いつの間にかもう一人仲間が加わり俺は連れていかれそうになる。
真木さんが助けてくれようと立ち上がるが、その腕に受付の女の子が抱きつく。
「真木さん、戻ってきてくださぁい」
流石に女の子を無碍にできないようで、そんな真木さんに俺は何故かムッときて酔っ払い集団の方へと向かう事にした。
そうだ、きっと女の子に抱きつかれる真木さんが羨ましいだけだ。
真木さんが俺の方を心配そうに見ているが、俺はふいと顔を背けて男達と乾杯をする。
その後、そっと真木さんの方へと視線を向ければ、華やかな一角で笑顔をむけ酒を飲んでいた。
時間になり、二次会に誘われたが断って帰ることにした。
真木さんはきっとこのまま二次会に向かうだろう。女の子達が誘っていたから。
「お疲れ様でした」
と声をかけて俺はさっさと駅に向けて歩き出す。
飲み屋から駅は歩いて十分くらい。はじめは早歩きだったのに駅に近づくにつれ足取りが重くなる。
その原因は解っている。だけど認めたくなくて何も考えないようにと思っているのに、気になってる。あの人の事。
「馬鹿みたい」
あの日、結局返す事の出来なかった真木さんのマンションの鍵。
自分の部屋のカギのキーホルダーに括りつけた。
それをカバンから取り出して握りしめる。
思うたびに胸が苦しくて、ここからはやく離れたいと歩みを早くしたところに、肩を掴まれて俺は驚いて振り向く。
するとそこには真木さんが居て、急いで来たのか息が荒い。
「真木さん、なんで!?」
「お前が先に帰るからだろうが。久しぶりに走ったぞ」
走ってまで俺を引き留めようとしてくれるなんて。もやもやとしていた気持ちが急上昇していく。
だが、俺は意地っ張りで。素直に気持ちは伝えられずだ。
「そうですか。女の子たちはどうしたんです?」
「そんなの、どうでも良くないか。それよりも、疲れたんですけど」
どうでも良いって、女の子たち、かわいそう。でもそれほど俺の事を想ってくれているって事かな。
だとしたら照れくさいぞと、頬が熱くなる。すると、真木さんが甘えるように肩に額を埋めてくる。
「うわっ、ちょっと」
「肩くらいかせよ」
「嫌ですよ。真木さん、運動不足なんじゃないんですか?」
「へぇ、そういう事言うんだ。じゃぁ、運動不足の解消に付き合ってくれる訳?」
しまった。これは墓穴をほったかも。俺は返事をせずに定期を取り出して改札口に通す。
「あ、こら、まて」
真木さんは歩いていく俺に、慌てて追いかけてきた。
俺と真木さんは乗る電車が逆方向なので途中で別れる事になるのだが、そのまま後をついてくる。
「真木さん、ホーム、逆ですよ」
わざとそう言えば、
「そうだな。桐谷の返事しだいだ」
そう言葉を返してくる。
「運動不足の解消にはお付き合いしません」
「そうか」
ホームに電車が来て乗り込む。真木さんも当然のように乗り込んできた。
「ついてくる気ですか?」
「あぁ。お前の所に泊まる」
泊めてじゃなくて泊まるときたか。勝手だなと思うのに駄目だと言えず、
「わかりました。泊まるだけなら……」
と返事をしてしていた。
◆…◇…◆
部屋に入り、真木さんに水を渡してから風呂の準備とベッドのシーツをかえる。
後は布団一式を取り出して隣に敷けばいい。
「真木さんはベッドを使ってください。これは寝巻きのかわりに」
スウェットと新しい下着を差し出すと、それを受け取ることなく真木さんが俺を抱き寄せる。
「ちょ、真木さん!」
「後でかりるよ」
そういうと、真木さんが俺のシャツのボタンを外していく。
「な、泊めるだけって言ったじゃないですか」
「そうだったっけ?」
シャツを脱がされ、今度はズボンのベルトへと手を伸ばす。俺はそれを止めようと真木さんの手を掴む。
「ちょっと……」
「俺は桐谷と愛し合いたいんだ」
真っ直ぐに俺の目を見て、そんなことをいうなんて。
「ずるい」
「俺の本当の気持ちだから」
そう言われて、俺は掴んでいた手を離す。
後はされるがままだ。ベルトを外し、ズボンと下着を脱がされて、俺は一糸まとわぬ姿となり、真木さんはシャツだけ脱いで俺をベッドへと組み敷いた。
キスをしながら真木さんの手が俺の肌を愛撫し、あの日の快楽を覚えている身体はゾクゾクと痺れだす。
「なぁ、少しは妬いてくれた?」
手は胸から腰、そして太腿へとおりていく。
「ん、別に、やきません」
「ふぅん」
素直じゃないなと、目を細めた真木さんが、たちあがる俺のモノを指ではじく。
「んっ」
「先に帰ったのはそう言う事じゃないの?」
先っぽを人差し指でぐりぐりと弄りながら舌が俺の胸を刺激する。
「ん、やっ、ちが、う」
口に含んでちゅっと吸われ、俺は身体を反らした。
「でもさ、俺が女より桐谷を選んで嬉しいって思ってくれたんだろ」
「そんなこと、ない」
「俺が来た時、嬉しいって顔、してたんだぞ」
「え?」
俺は目を見開いてかたまる。
「無自覚かよ」
と、俺のを弄るのをやめて四つん這いにさせる。
「そんな……」
「俺の事が好きだって認めちまえよ」
だから俺を受け入れてくれるんだろう、と、耳元で囁かれて。俺は枕に顔を伏せたまま動けない。
「桐谷。本気で嫌なら俺はこれ以上は何もしない」
俺はのろのろと顔をあげ真木さんを見る。
「泊めるだけって言ったのに、真木さんがっ」
「俺はちゃんと伝えたぞ、お前に」
そうだ。真木さんは俺と愛し合いたいと言葉にした。
「今日の真木さんは意地悪です」
そう拗ねたように言えば、
「違うだろ」
と髪を撫でられる。その優しい手つきに胸がきゅっとしめつけられる。
もう、素直に気持ちを認めるしかない。真木さんの事が好きだっていうことを。
「……続き、してください」
「わかった」
すると、ぬるりと後ろを舐められ、
「え、まって、そんなとこ舐めたら駄目ですっ」
やめて下さいと身体を動かすが、真木さんはやめてくれない。
「ん、ひゃぁっ」
びちゃびちゃと音をたて舌が俺の後ろを弄り、濡れた所に指が入り中をかきまわす。
「あ、ああ、ん、まきさんっ」
「桐谷、好きだよ」
そう耳元で囁いて、耳を甘噛みされる。
「ふぁっ、おれも、あっ」
好き、とその言葉は声に出せず。良い所を指がかすめ、喘ぎへとかわった。
喉の渇きで目が覚めた。
隣で眠る真木さんを起こさないようにベッドから抜け出して服を身に着けてキッチンに向かう。
冷たい水を飲み、朝食の準備を始める。
味噌汁に焼き鮭、だし巻き卵に味つけ海苔。ザ・定番って感じの朝食の完成だ。
暖かい料理を食べられる事を真木さんは喜んでくれる。せっかく、一緒に朝を迎えるんだから手料理を食べさせたいとか思う俺は結局甘いよな。
真木さんの寝顔を眺めながらその髪に触れる。寝ているときまで男前なのは癪だけどね。
目が覚めないように、その髪を撫で続けた。