理由(わけ)
企画部の仕事は、開発部と協力しての新商品開発、商品の宣伝を主に業務としている。
憧れの企業で働けるという事が嬉しくて俺は張り切っていた。
仕事は大変だが楽しいし、職場の雰囲気は良くて働きやすい。
しかも、入社した時に指導役としてお世話になった真木(まき)さんは、同じ男として格好いい憧れの先輩だ。
背筋を伸ばし凛とした姿、体格も程よく整った容姿に眼鏡、そしてブランドのスーツが良く似合う。
常に回りに気を配り、さりげなくフォロしてくれたり、ミスしても最後まで付き合って一緒に考えてくれる。俺も何度も助けてもらった。
優しいだけではなく、駄目なことはダメだとはっきり言ってくれるし、それは先輩だろうが上司だろうが関係ない。
俺は、真木さんと共に働ける事が嬉しい。
もっと人となりを知りたい、仲良くなれたらいいなと思っていたりする。
だから駄目で元々の勢いで飲みに誘った。
すると、真木さんは嫌な顔を一つもせず、良いよと言ってくれた。
俺は浮かれながらも、ミスをしないように仕事にはちゃんと集中する。
そのせいでとなれば、真木さんとの約束は無しとなりかねない。
仕事は順調に終わり定時にあがる。
俺達は一緒に会社を出て真木さんの行きつけだというバーへと向かった。店内は落ち着いた作りで、ゆっくりと酒を楽しむための雰囲気がある。
真木さんは話し上手で聴いていて楽しくて、時間はあっという間に過ぎる。
心残りではあるが、明日も仕事だ。そろそろ帰らなくてはいけない。
桐谷(きりや)、と、名を呼ばれて、ハイと返事をする。
「明日、うちに遊びに来ないか?」
と、真木さんが俺に言う。
「え、真木さんの家で、ですか!?」
「ああ」
真木さんの家に招待されるとは思わず、嬉しい気持ちになる。
俺は何度も頷くと、真木さんは小さく笑った。
◆…◇…◆
真木さんの部屋は、俺が想像していた通りで、住んでみたいと思わせる部屋だった。
ダークブラウンとホワイトの色合いが落ち着いて、家具にもこだわりを感じる。センスもとても良いのだ。
「うわ、綺麗な部屋ですね」
俺が当たりを見回していると、真木さんは笑いながら、
「掃除するのが面倒だから、モノを置かないだけだよ」
なんて言うけれど、きちんと片付けをしているんだろうな。
俺はそう思いながら、進められるままにソファーへと腰を下ろした。
真木さんは上着をハンガーに掛け、ネクタイを外してしまう。ボタンは第二まであけてある。
「桐谷も楽にしてくれ」
「はい」
そう言われたが俺の目は真木さんの喉元に釘付けだ。
ただそれだけなのに、なんか色っぽいんだよな。
「なんだ、流石に家じゃこんなだぞ?」
幻滅した、と、肩に手を置き耳元で囁かれて。俺は驚いて顔が熱くなる。
距離が近いし息がかかる。しかもいい匂いまでする。
「ま、真木さん、近いし。こういう事は女の子にした方が良いですよ!」
そう耳を押さえて真木さんを見れば、ごめんごめんと笑いながらキッチンへと向かう。
「お前に飲ませたいのがあってな」
と綺麗に包装されたものを俺の前に置き、開けてみろよといわれる。
包装紙を外すとワインで。ラベルを見て驚いた。俺が生まれた年代と同じだったから。
「え、これ俺の生まれた年の?」
「たまたま見つけてさ。なんかこういうのって知り合いのでも嬉しくならないか?」
と、ワインを手に取り優しい手つきで撫でる。
確かに。これを一緒に見つけたらもっと盛り上がりそうだなと、その時に一緒にいなかった事が残念だけれども嬉しい事にはかわりない。
「ありがとうございます」
「これが、ここに呼んだ一つ目の理由な」
そう言って笑った。
「理由? それも一つ目って……」
「二つ目はこれを飲んだ後にな」
ワインが注がれたグラスを手にすると、一つは俺に手渡し、そして一つは真木さんが手にし「乾杯」と言うと、グラスを持ち上げた。
辛口のワインは、真木さんには申し訳ないが苦手な味だった。
味よりもその気持ちが大事なのだと、注がれた分だけは飲みきった。
「はは、苦手か?」
表情に出ていたか、真木さんはそういうとワインクーラーへボトルを戻した。
「あの……、すみません」
「気にするな。お前に飲ませたいと思ったのは俺の自己満足だ」
優しいな。自分のせいだと言ってしまえるところが、また真木さんのカッコいい所だ。
俺も誰かに対してそんなふうにいえる男になりたいものだ。
「じゃぁ、二つ目な」
「なんでしょう」
すると真木さんが俺の隣に移動してきて顔を近づける。
驚いた俺は顔を背けるが、真木さんの手が両頬を挟んで顔を向けさせる。
「真木さん!?」
嫌な予感がする。
しかも完全に当たりだろうな、これは。
「理由って、これですか」
「あたり。下心ありでお前を呼んだ」
やはりそうかと俺はガックリと肩を落とす。
こんな男前でハイスペックな人が、よりにもよって平凡な俺にそんなモンを持っているなんて。
「俺、男ですよ。見た目も男にしか見えないし。平凡だし」
「桐谷のさ、俺を見る目が可愛くて。憧れてくれるのが嬉しかった。でも、お前を知るにつれてそれだけじゃ足りなくなった」
こんな素敵な人にそう言って貰えたことが嬉しい。
でも、やっぱり俺には勿体ない人だ。
「嬉しいですが、俺は真木さんの事は憧れの……」
「あいしてる」
耳元に唇を寄せて甘く囁き、彼の息がかかる度にゾクッと感じてしまう。
「ひゃっ」
耳がじわじわと熱くなる。手で押さえて落ち着かせようとするが、真木さんはそんな俺の反応を嬉しそうに見ていた。
「やめてください」
「やだ。やめない」
と耳を舐められて噛まれる。
「はぅ、ん」
ちゅっちゅと音をたてながら頬のラインにそうように口づけし、そして唇へと触れる。
「あっ、まき……、んふ」
俺の頭ン中は混乱していて、頬は熱いし目は潤んでくる。
「可愛いな、桐谷」
真木さんの親指が俺の唇を撫でる。ゆっくりと触れる指がゾクゾクする。
ふたたびキスをされ、俺は真木さんにされるがままだ。
舌が歯列をなぞり絡みつく。そして、そのままソファーに押し倒された。
「やっ」
「嫌だね。折角、俺のキスに感じてくれたっていうのに」
真木さんの手が下半身の部分に触れる。
「ひゃっ」
「たってる」
にぃ、と、口角を上げる真木さんに、俺はひやりとする。
「自分でぬき……」
「逃がさないよ、桐谷」
と、俺の言葉をさえぎり、シャツのボタンとベルトを外される。
「なっ、ちょっと待ってください」
「俺はさ、お前が思っているような良い先輩じゃない。好きな奴にはどんな手を使ってでもモノにする」
「いや、駄目ですって! 真木さんにはもっとふさわしい相手が……」
「ふさわしい相手? そんなこと、どうでもいい」
絶対に逃がさないと、ギラギラの目が俺を真っ直ぐと射抜く。
「俺は桐谷が良いんだ」
だからそんな事を言うなとキスで唇をふさいだ。
◆…◇…◆
朝ごはんはサプリメントのみ。
それに妙に納得しかけ、違うだろうと俺は首を振る。
「こんなモンじゃなくて、きちんと飯を食いましょうよ」
俺は真木さんの手からサプリメントを奪い取りテーブルへと置く。
「何、桐谷が作ってくれるの?」
俺は毎日、自炊をしているので料理はお手の物。だが、食べるものなど何も入っていない冷蔵庫で何を作れと言うのだろうか?
「俺に飯を作って欲しいのなら冷蔵庫の中に食べるものを入れておいて下さい」
「へぇ、それって、またうちに来てくれるって事?」
まるでそう言っているように聞こえるよなと、真木さんに返された。
「……え? あ、いやっ、別に、そういうつもりでは」
何気なく言ってしまった言葉に、まずいと真木さんを見れば、にやにやと顎を撫でながら笑っている。
「じゃぁ、今晩、お前の手料理食わせてよ。桐谷付でな」
真木さんは俺にウィンクをすると、ミネラルウォーターを手にリビングへと向かう。
それって、俺はデザート的な?
「何言ってんです、冗談じゃありませんよ」
と言ったものの、昨日の事を想いだすと顔が火照ってくる。
俺は真木さんと先輩後輩として仲良く出来たら良いなと思っていただけなのに、彼にとっては恋愛対象だったようだ。
抱かれることも男同士でって驚きはした。だが、実際、抱かれてみたら、嫌悪感はなく気持ち良かった。
今だって顔を合わせて普通に話が出来ている。
きっと相手が真木さんだから。これって、俺も好きって事になるのだろうか。
「おい、桐谷。俺は仕事に行くけど、ゆっくりしていけよ」
キッチンのイスに座り込んでいる俺の目の前に、今度は見慣れたスーツ姿の真木さん。うん、今日もカッコイイとホンワカとしそうになった所でアレと首を傾げる。
「今日、休みですよね?」
「そうだったんだが、さっき連絡があってな。留守を頼む」
携帯に連絡があったのだと、嫌そうな表情を浮かべる。
「折角、お前とイチャイチャしながら休日を過ごそうと思ってたのに」
そう、俺の腰に腕を回し立たせる。
「うわぁっ、ちょっと」
そのまま抱き寄せられてキスをされる。しかも朝から下半身にくるような熱いヤツだ。
「ん、ふっ」
熱い舌が俺を乱し、力が抜けてくずれおちそうになったところに、真木さんが腰に腕を回して抱きしめてくれる。
そして、糸を引きながら唇が離れた。
「よし、やる気出た」
と口角を上げる真木さんに、俺は怒ろうとした言葉を飲み込む。
俺とのキスでそんな事を言うなんてずるい。文句を言えなくなるだろうが。
「真木さん、お仕事がんばってくださいね」
頬が熱い。きっと真っ赤だろう、その頬を隠す様に顔を埋める。
「あぁ。そうだ、桐谷にこれをやるよ」
そう手に何かを握らせる。
なんだろうと手を開いてみれば鍵だった。
「買い物して来いって事ですか?」
晩飯を作る事になっていたのでその為かと思いきや、
「お前に持っていてほしい」
と言われ、はぁ、と返事をしかけた所でその意味に気が付いて更に顔が熱くなる。
「――ッ!!」
顔を上げて真木さんを見れば、ちゅっと触れるだけのキスをされる。
「顔真っ赤。じゃぁ、行ってくる」
飯、楽しみにしていると、困惑する俺の髪を撫でて真木さんは部屋から出て行った。
気がつけば真木さんのペースになっていて。俺は頭を抱えながら椅子に座り込む。
「色んな意味で凄すぎ……」
だけど嫌じゃない。
だって、それなら逃げ出している。その時間を真木さんは俺に与えてくれているのだから。
「あの人思い通りになるのは癪だけど、しょうがないか」
鍵を握りしめ、それからポケットにしまう。これだって別に後で返せばいい。
買い物に行くまでに掃除と洗濯をしておこうと、俺は椅子から立ちあがった。