Short Story

子犬を拾う

 リキョウは目鼻立ちのきりっとした美しい顔をしている。調教をしている時の姿は、苦痛に快楽を感じる人にはたまらぬ光景らしく、そのけがある者達をひきよせてしまう。
 家に招いてショーを楽しむかのように調教を見たがる者も多く、それが新たな収入源となっていた。
 そのかいあって、広大な土地と広い屋敷を手に入れる事ができた。前の店よりも何倍もの広さだ。
 外へ出ている時は、馬車で帰るとそれに気が付いてユーエンがエントランスで主人を迎え入れる。それか世話をし、風呂で身体を洗い、共に眠りにつく。
 それがいつもの日課で、出迎えのない時など一度もなかっただけに不安な気持ちがよぎる。
 何かリキョウが予想にもしないことが起きてしまったのだろうか?
「ユーエン、ユーエン!!」
 ユーエンのいそうな場所のドアを片っ端から開けてユーエンの姿を探す。
 一番奥の寝室のドアを開けた時、気持ちよさそうに寝息を立てるユーエンの姿と、傍で丸くなる子犬が二匹目に入る。
 その瞬間、無事でいることに安堵し、怒りがふつふつとわきあがってきた。
「おい、このバカ犬、起きろ」
 そう言ってリキョウがユーエンの腹を蹴とばせば、低いうなり声をあげてユーエンが目を覚ます。
「……主っ、申し訳ございません」
 流石に自分の失態に真っ青になり、ベッドから降りて膝をついて深く頭を下げた。
 だがリキョウにとってそれはどうでもいい。ただ、一人で寝ていたのではないというところが重要で、どういうことなのか説明が欲しい。
「いいから、話せ」
 首輪についた鎖を掴んでひっぱりあげれば、苦しそうな顔をリキョウに向ける。 返答次第では調教をしなおさないといけない。
「家の前で泣いていたので保護をしました。ずっと泣いていたので、眠るように二人に寄り添っていたら、寝てしまいました」
 それだけです。と、真っ直ぐにリキョウを見るユーエンの目には嘘を感じない。
「昼寝など、随分と偉くなったものだな」
 髪を掴み引っ張り上げる。顔を近づけ睨みつければ、流石にこの失態に落ち込んでいるようだ。
 自分が正式な主となった日から忠実であった。本当は体調が悪かったのではないだろうかと顔を近づけてみるが、特にそんなことはなさそうだ。
「申し訳ございません。気が緩んでいました」
 本来であれば許されぬこと。だが、ユーエンにとって心が安らぐ場所であるなら、それは喜ばしいことではあるのだが……。
「そうだな。ゆえにお前には仕置きが必要だ」
 と、ユーエンの唇に噛みつくように口づけをする。
「んっ、主、ここでは」
「黙れ」
 ぎゅっと彼の下半身のモノを掴む。痛いだけの行為もリキョウの調教の賜物だ。ユーエンは低く呻き声をあげると色っぽい目で誘う。
 彼の服をすべて取っ払い、自分も服を脱ぎ捨てる。
 肌は白く、そして細くしなやかな身体にボンテージ姿。これはリキョウが調教をするときの衣装で、股間を彼のモノに押し当てて身体をくねらせれば熱い視線を感じた。
「すっかりその気になっているじゃねぇか」
 数回扱ぐだけでこの始末。なんていやらしい身体をしているのだろうか。
「あぁ、主」
「リキョウだ。抱き合う時はそう呼べと教えだよな?」
 たくましい胸に頬を当て指で撫でながらそういえば、それに感じ入るユーエンが頷く。
 そのままベッドに組み敷かれ、リキョウの肌をユーエンの舌が這う。
 くすぐったい感触は次第に気持ち良さを伴うものとなり、感じる度に甘い声が喉の奥からもれだしてしまう。その声に嬉しそうに笑うユーエンの姿が目に入る。
「どうですか?」
「ばか犬! いちいちそんな事を聞くな。それに良くなければ蹴とばしている」
 背中に爪を立てて、仕置きだと歯形がつくほど強く噛む。
「んっ、リキョウ」
 恍惚とした表情でその様子を眺めた後、嬉しそうに歯形を撫でるユーエンに、もっとあげたくなって、更に噛もうと肩のあたりに顔を寄せれば、じっとこちらを見つめる二人の目と、リキョウの目がぶつかりあう。
「おわっ」
 驚いたのリキョウだけ。
「なんだ、起きたのか」
 ユーエンは慌てるようすもなく、無く二人の頭を撫でた。
「少しの間、向こうの部屋に二人で居てくれるか? 用事が済んだら主の許可を貰ってご飯を食べよう」
 その言葉に、こくっと頷いて手をつないで寝室を出ていく二人。
 その姿を見送った後に呆然とするリキョウの、かぶっている毛布を剥がして何事もなかったかのようにユーエンが口づけをしようと顔を近づけてくる。
「待て」
 流石にやる気を削がれてしまった。ユーエンの顔面を抑えるように手を広げてそれを拒否する。
「萎えた」
 ベッドから降りて脱ぎ散らかした服を着始める。
 ユーエンは主が拒めば襲い掛かることはしない。そういう時の調教もちゃんとしてあるからだ。
 完璧な調教に対して自画自賛する。だが、胸の奥深くではもどかしさを感じてしまう。矛盾しているとおもうが、それでももっと欲しがってもと考えてしまう。
「主、食事の用意をしても?」
「あぁ」
 犬に育てのは自分だ。
 期待する方が間違っているのに、あまりに馬鹿馬鹿しくて八つ当たりとばかりにユーエンの脛を蹴とばした。

※※※

 部屋の隅の方で小さくなる二人に、
「こっちにこい」
 と手招きをして食堂へと連れて行く。
 ランプの灯りと暖かい湯気のたつキッチンで、改めて二匹の子犬たちを眺める。
 とても愛らしい、同じ顔をした犬だ。すこし華奢だが、白い肌と真っ赤な唇がいろっぽい。
 飼い犬である証の首輪、そして柔らかそうな白いシャツに半ズボン。ハイソックスと皮の靴。どの品も上等なもので、金持ちの飼い犬なのだろう。
「名前は?」
「僕はシアです。こちらはシユです」
 シユを守るように背中に隠し、シアと名乗った赤毛がリキョウの前へ立つ。
「そうか。飼い主の確認の為に首輪を外させてもらう」
 リキョウはシアの首輪を外し裏面を見る。首輪は犬が自ら外してはいけないのでリキョウが外す。
 そして飼い主の連絡先を首輪の裏に記入しておくのは、犬を所有するためのルールの一つだ。
 その名前を見た瞬間、リキョウは低く唸り声を上げる。
「お前等、アンデ家の犬か」
 今の当主は愛犬家ではあるが、息子であるベルノルト・アンデに対しては悪評しか聞かない。
 名家だという事を盾に権力を振りかざし犬たちを二束三文で手に入れる。飽きたら買った店にクレームをつけ新しい犬を手に入れるのだ。
 そして綺麗な者が好きなようで、リキョウを何度も館に紹介しようとしていたが忙しいとすべて断っていた。
 本当は強引にでも手に入れたいと思っているだろうが、リキョウに無理強いはできない。強力な後ろ盾がいるからだ。
「お前達は息子に飼われているのか?」
 首輪を元に戻しそう尋ねれば、二人が違いますと首を横に振るう。
「僕達のご主人様は、アンデ家のご当主です」
 小さく消え入りそうな声でそう答えたのはシユで。
「俺らは愛玩目的で飼われました」
 と、シアが言葉を続けた。
「成程。そういう趣味の奴らもいるからな」
 愛でて楽しむ飼い方。上等なものを与え着飾ったり、犬同士に性行為をさせて楽しむ。
 犬を自慢したい奴等が集まってパーティを開くこともあるそうだ。
「何故、逃げだした?」
 と、リキョウが尋ねればシアが逃げた理由を話しはじめた。

 ――ご当主様はとても優しい人だ。
 シアとシユにふかふかであったかい布団を与えてくれて綺麗な洋服をくれた。それから美味しい朝食を一緒に食べて、本を読んだりお庭を散歩したり。
 時にお客様がやってきて他の犬に会って一緒におしゃべりしたり。
 シユと体をつなぎ合うこともある。その行為は大好きだから全然苦じゃないし、皆がそしてご主人様が喜んでくれるから嬉しいのだ。
 大好きなご主人様が頭を撫でてくれるのも嬉しい。
 朝、寝起きの悪い二匹を怒ることなく優しく起こしてくれる。
 だが、その日は違う目覚めとなった。
 巨大な体がシアとシユを覆い、むしりとるように洋服を破られた。
 下品な笑みを浮かべて脂っこい手がシアとシユの体を撫でまわす。
「やめてッ」
 その手を拒むように体をよじれば、ムッと顔を歪めた男がシアの頬を張る。
「犬の分際で! 主人である俺様を拒むなんて許される事じゃないぞ、シア!!」
 突然の行為にかたまってしまったシユを抱き、胸の突起をつまみだす。
「シユのように素直にできるのかお前はッ」
「いやぁぁぁ……」
「シユ!! 俺たちはご当主様の飼い犬です。いくらご子息のベルノルト様だとしても、俺たちに手を出すことはできないはずです」
 と、シユを離せとばかりに太い腕に掴みかかるが、身体が軽いために簡単に払われてしまう。
「はっ、俺がいずれは此処の当主……、いやもうすぐ継ぐことになる。そうしたらお前らは俺の所有物。だから何をしてもかまわんだろう」
 そう、下品に笑いシアにまるで見せつけるようにシユの乳首に舌を這わせた。
「シア、シアっ」
 目にいっぱい涙をためてシアを見るシユのその姿に、怒りが頂点に達する。
 ご主人様のご子息を傷つけたらきっと処分されるのだろう。
 だが、そんなのはどうでもよかった。
 助けを請う、なによりも大切な人を守られないことが嫌だ。
「お前なんて主人なんて認めない!! シユを返せ」
 ご主人様がくれたローズヒップオイル。
 良いにおいがするそれはシユもシアも大好きだ。それを男の目元にぶちまける。
「ぐぁっ」
 男はシユを突き飛ばしベッドで悶えはじめる。その隙にシアはシユの手を掴み男の元から逃げ出し、そしてリキョウの館の前で力尽き座り込んでいた所をユーエンに拾われたのだ――

 話を聞き終え、何が知ったリキョウが成程なとつぶやく。
 きっと館では大ごとになっているだろう。理由がどうであれ犬が主人の子息に手を挙げたのだから。
「追手が出ているだろうな、お前らに」
 命令なく犬が人に手をだせば処分されるだろう。
「俺は処分されても良いんです。でも、シユは何もしてないんです。お願いです、シユだけはどうか……」
「何を言っているの! 僕だって同罪だよ、シア」
 ぎゅっとシアの手を掴み、リキョウを見る。
 先ほどまではおどおどとしていたのに、今は強い意志を持った目をリキョウに向けている。
「面倒なことになった」
 はっきり言えば、あまり関わり合いになりたくない。だが、リキョウの隣にいる飼い犬が静かに怒りを膨らませているのを感じる。
「ユーエンはどうしたい?」
 そう問うと、
「どうか、この子達にご慈悲を」
 思った通りの回答を口にする。
 面倒だが、ユーエンが望むなら手を貸さないこともない、そう思っているのだから。
「わかった。準備をするから、それが終わるまで待て、だ」
 嬉しそうに笑みを浮かべるユーエンの表情が目に入る。その表情に満足げに笑みを浮かべてユーエンの肩を軽く叩く。
「食事にするぞ、ユーエン」
「はい」
 まずは美味い食事から。はかりごとはその後だ。