Short Story

飼い犬に噛まれる

 両腕を後ろで組み手錠をはめ、足には重い鉄球のついた足枷をして自由を奪う。その姿を冷たい目をした美しい男が眺めている。
 見下すその先、贅肉のない引き締まった身体と端正な顔をもつ男がいる。
 彼は戦で敗れた国の騎士であった。さぞかしその頃は町の娘たちを虜にしてきたことだろう。競で相当つぎ込んでしまったが、それけの価値はある男だ。
 大抵、捕らえられた騎士は、命を懸けて新たな主を守るために闘犬として躾け直す。元々、忠誠心に厚いだけに躾をすれば立派な闘犬となった。ただ、前の主に対して忠誠心が強い騎士となると厄介で、騎士としてのプライドがズダズダになるまで調教し、誰が主人となっても忠誠心を持ち立ち向う犬を作り上げる。
 ただ、うまくやらないと人格を壊し過ぎて狂ってしまうか、ただの人形のようになってしまう。
 だがこれだけの上玉だ。闘犬としてではなく、貴族のアクセサリーとして礼儀作法を身につけさえたり、痛みという快楽を覚えさせてそちらの趣味がある、もしくは色を仕込み夜の遊び相手として、という使い方もある。
 見栄えの良い騎士は、夜の遊び道具としての需要が多く、調教師であるリキョウがもっとも得意としている躾けの一つであった。

 首輪についた鎖を掴み、首を絞めるように強く引く。犬はもだえ苦しみだす。それが自分の中に高揚感を与えた。
「お客様に媚びろ。尻尾を振って、忠誠心を見せろ」
 と、客の前に引きずって連れていくけれど、何もしようとしない。
「ご主人様の言う事が聞けねぇのか」
 綺麗な顔に似つかわしくない乱暴な口調、だが、ゾクゾクする色気がある。
 わき腹を蹴飛ばして倒れ込んだ犬を足踏みにすれば、反撃のつもりかガチガチと歯をならし噛みつこうとする。
 それを紙一重で避けて頬を殴りつけた。
「ばか犬め」
 と、仕置きとばかりに股間を踏みつけた。
 この犬は良い身体をしているし、立派なモノを持っている。充分に主を喜ばすことができるだろう。
「くぅ、あ、あぁぁぁ……ッ」
 熱っぽい目で客を見つめながら、低くて色気のある鳴き声をあげた。そんな犬に対して客は欲の満ちた目で見つめながら生唾を飲み込む。
 そっちの趣味もあったようで、客の表情に小さく舌を打つ。
「その犬を貰おう。金は言い値で」
 請求書とリードを客に手渡せば交渉成立。それなのにリキョウはリードを掴んだままだ。
「お客様、大変申し訳ありません。粗末な品をお売りする所でした」
 客が何か言おうと口を開きかけるが、笑みを浮かべて黙らせる。
 リキョウは美しい。自分の魅力を十分に知ったうえでそうしてみせるのだ。
「お客様、お詫びになるかわかりませんが……、今度、私の調教をご覧になりませんか?」
「本当かいっ! リキョウの調教を見せて貰えるなんて」
 すっかり犬よりもリキョウの調教へ心が動いている。うまくいったとほくそ笑む。
  約束の日を決めて客を見送る。そして、大きな図体を蹴飛ばして、その上に跨った。
 犬を売るのが仕事だというなのに、何故か彼の駄犬ぶりを見せつけようとしてしまう。まるで売りたくないといわんばかりにだ。
 いつもは反抗的な態度をとるのに、今日に限ってエロい声で鳴いた。
 こんな犬はいらないと、別の犬を望むように、そう思っていたのに。
「あの客が気に入ったのか?」
 と、鞭をユーエンの背中におもいきり打ちつけ、首輪を引っ張る。
「くはっ」
「お前の駄犬ぶりをみせてやろうとしていたのに、そんなにあの客がよかったのか!」
 と、その頬を張る。
 見栄えの良さから彼を欲しがる客は多い。だが、その度に駄犬ぶりを見せつけてきた。そうやって売らずにきたというのに。
「お前は、私のモノだっ」
 ついに本心が声となりでてしまう。
 調教師にとって、商売道具に特別な想いなどもってはいけない。それなのに、ユーエンだけは駄目だった。
「主……」
 床に這いつくばりながら見上げるユーエンの視線は、挑発的な目をしている。その奥の奥に、欲情に満ちたモノを漂わせて。
 その目を見る度に、心がかき乱されて熱に犯されていく。
 リキョウの目はいつも冷たい。それなのに今は熱を含んで色っぽかった。
 もっとぎらつく目で見るがいい。
 髪を鷲掴みし、視線を合わす。するとぬるりとしたモノが首筋に触れた。
「誰が舐めてよいと言った? 待てもできないようだな」
 顔の前に掌を向ける。これは待ての合図だ。身体に散々と覚えさせたものなのに、そこに頬を摺り寄せた。
「バカ犬」
 甘えろの合図は主人が自分の頬を指さす。それが全くできていない。
 感情はいらない、命令に忠実であれ。騎士であったのだからそれは身体にしみついているはず。それなのに命令に背くのはわざとでしかない。
 そう、リキョウの本心をわかっていて、そういう態度をとっているのだ。
 口づけをするのをやめない。ピリッとした痺れと共に鬱血の痕が残る。
 リキョウの中で何かが弾ける様な音がして、ユーエンの髪を掴み、
「俺をその気にさせた罰だ。楽しませろよ?」
 と囁くと、ユーエンの枷を全てとりはらう。
 許しと自由を得たユーエンは、欲情のままリキョウに襲い掛かる様に覆いかぶさって服を乱し、その肌をゆっくりと撫でまわす。
「主」
 うっとりとした声に、リキョウは下唇を舐めて微笑む。
「行為の間だけ、俺の名を呼べ。上手に出来たらご褒美にお前の名を呼んでやる」
「解りました」
 リキョウを腰の上にのせたまま、乳首を舌先で舐め。
 その刺激に胸を張り仰け反るリキョウに、優しく噛みついて。
 腰を支えながらもう一方の手は後ろの孔へと忍び込む。
「ん、はぁっ」
 優しく抱かれるのも、じれったいのも嫌だ。はやく中を熱く大きいモノで突いて欲し。
「よこせよ、お前のモノを」
 愛しい男から与えられる快楽に涙を浮かべながら、それでも強いまなざしをユーエンに向けてそういえば、ウットリとした表情を浮かべた。
「ずっと待てをしてました」
 と、体を乱していくユーエンに、爪を立てその快楽を受け入れる。
 深く食い込んだ爪は彼の皮膚を傷つけたようで、鼻孔をくすぐる血の香がした。
「ん、リキョウ……」
 陶酔するようにうっとりとユーエンが笑う。
 そんな顔をするユーエンを見て、リキョウも妖艶に微笑んだ。

 ユーエンは貪欲だ。
 どれだけの欲を放っても、まだ後ろを攻め続ける。
 そしてリキョウも、もうやめろと言いながらも、すぐに欲をためて放つ。
 すっかりユーエンのかたちを覚えた後ろは、奥の奥、前立腺を刺激されて喜びに打ち震えている。
 すっかりと力のはいらない足は、開きっぱなしで、起ちあがったモノからがとまることなく蜜が流れ落ちる。
「ひっ、ユーエンッ」
 何度もしゃぶられて、時に噛まれて。
 孔に太い指を入れられて、じくじくと痛みを感じるようになって。
 でも、それでも、ユーエンに触ってほしいと、主張し続ける。
 淫らな姿。
 ユーエンが相手でなければ絶対に見せたいと思わなかっただろう。
 そんなリキョウの姿に、興奮したユーエンは腰を激しく揺さぶって。
 何度目かの射精を後ろで受け止め、自分も欲を放つ。
 朦朧とする意識の中、ユーエンが幸せそうな顔をしながらリキョウの髪を撫でる。
 もう、元の関係には戻れない。
 そんな事をぼんやりと思いながらリキョウはその大きな手に触れた。

 奴隷市での競売で彼の鋭い眼光に打ち抜かれた。
 あの時からリキョウは心を奪われていた。
 調教をするたびに、あの目で見られて身体が何度熱くなったことか。
 彼は一番手こずった。だが、日が立つごとにぎらついた目は失われ、それがすこし寂しく思っていた。
「お前は、何故、私と戦わなくなった?」
 逞しく鍛え上げられた体を撫でる。
「初めは屈辱でしかありませんでした。ですが、惹かれてしまったのです、貴方に」
 戦っているうちに何かが芽生えたか、なんにせよリキョウと同じ、特別な想いを持ってしまったのだろう。
「そうか」
 敗戦国の戦士の行く末は悲惨なだけだ。
 奴隷制度の残る国は多い。敗戦国の戦士に待つのは闘技場で戦って生きていくか、肉体労働をさせられて人として見てもらえぬようになる。
 自分の調教した犬たちには不幸にはなってほしくない。
「なぁ、お前は私の傍に居て幸せか?」
「はい。俺は売りに出されたら、貴方の評判に傷がつくことになっても、何度でも牙をむくかと思います」
 売れ残るために、そう言っているのだ。
「評判など、どうにでもなる。この美貌はそのためにあるのだからな」
 そう髪を掻き揚げる。
「お願いします。俺を、主の飼い犬にしてください」
 肩肘をつき胸に拳を当てて腰を折る。それはこの国の騎士が王に忠誠を誓うときにみせるものに似ている。
「お前の国ではそうやって忠誠を誓うのか?」
「そうです。忠誠を受け取ってくださるのであれば、人差し指と中指で軽く俺の額に触れてください」
 頭を下げて触れるのを待つ。リキョウは言われたとおりに二本の指で額に触れた。
 すると顔をあげて目と目を合わせる。
「生のある限り、貴方様にお仕え致します」
 胸を拳で二回叩き、そして深く頭を下げた。
「お前の為に首輪を用意しなければな」
「はい」
 穏やかな目だ。ユーエンがこのような表情を見せるのは初めてかもしれない。
「本当はこういう男なんだな」
 そう呟いた声はハッキリと聞こえなかったか、ユーエンは不思議そうな表情を浮かべている。
「なんでもない。さてと本当に私のモノになったのだから、もう少し可愛がってやらねばな」
 とユーエンの肩を押し、そのまま跨った。
「はい、主」
 嬉しそうだ。今、幻の耳と尻尾が見えた。
「まったく。明日は定休だな」
 胸に食らいつくユーエンを抱きしめて、リキョウは口元に笑みを浮かべた。

 その後。以前の店はたたみ、隣街に新居を構えることにした。そこには仮面をつけた大柄な番犬が主を守るように寄り添うように立つようになったそうだ。