生涯の伴侶

博文という男

 博文の母親は自分にしか興味のない女だった。
 愛情を知らずに育った彼は同じような境遇の子達とスリをして生活をしていた。
 危険な目にもたくさんあった。怪我もしたし、逆に悪い大人に金をとられてしまう事もあった。だが、信頼できる仲間と一緒だからなんとか生きていけた。
 そんな子供たちに転機が訪れる。ある大人の存在だ。
 男は剣や文字の読み方を教えてくれた。盗みをするときも色々とアドバイスを貰った。
 ただ、一方的な暴力と人をあやめる事だけは決してしないでほしいと、男からそう言われていた。
 それから数年後。
「なぁ、お前等、一緒にワジャートにいかないか?」
 その国は男の出身国であり、そろそろ国に帰ろうと思っているのだという。
 母親に対して愛情など無いし、男に憧れていた博文は彼についていくことにした。
 その時ついていった仲間は四人。
 今も盗賊一味の中心として、共に盗みをはたらいている。
 依頼を受けて盗みを働く。達成できたら依頼料を貰う。
 食べる物は自分たちで野菜を作り肉は狩りに出る。それ以外で必要な物は依頼料で買う。
 それが軌道にのるまでは大変だった。
 食べられない日々もあったが、男が好きで着いてきた面々だ。苦労を乗り切ることが出来た。
 で、今は小さな集落となった。親のいない子供達と共に暮らしている。
 子供たちには盗みを教えていない。自分達で最後にしようと決めたからだ。
 朱玉と華凜の姉妹は酒場で知り合った。同国ともあって通うようになった。
 彼女たちは自分たちの仲間ではないが集落の子供たちに優しくしてくれた。
 だから朱玉が婚姻を結んだ事を聞いたときは嬉しかったが、自分とは相容れない存在。
 自分が盗賊の頭などしていなかったら友となっていただろう。
 それからずっと彼らを見守るようになり、周が生まれ彼が成長していく姿を見るのが楽しみになった。
 そして、それはいつの間にか別の想いを含みはじめ、今では大きく育ってしまった。
 拒否されて胸が痛むなんて。
 今まで付き合ってきた相手に対して一度も思った事がない感情。
「あぁ、情けねぇッ」
 髪をかきむしり壁を殴りつける。
「いきなりなんだい、博文! あんたに殴られたら大けがしちまうよ。気を付けてとくれよ」
「あ? お、おう、華凜じゃねぇか。今日は早いな」
 周の事が気になって早めに切り上げてきたと言う。
「絡まれた後にアンタが連れて行ったていうからさ。周に無理やり何かしてないだろうね」
「してねぇよ。ていうかさ、拒否られたし」
「そうかい。ま、当然だろうさ。どうせアンタが盗賊だからとかそういう理由だろ?」
「良くわかったな」
「博文さぁ、あの子の事を想っているなら、あきらめなよ」
 あの子が苦しむことになると、華凜に抱きしめられる。
 大きな胸の感触が柔らく博文を包み込む。
「それが出来りゃ……、良いんだけどな」
「全く。馬鹿な男だね」
「そうだよな。傍にこんな良い女がいるってぇのにさ、ガキなんざに恋して」
「解ってるじゃないか。でもね、アタシに母親を求める様な男はお断り」
 面倒だものと、身が離れる。
 華凜にもつ感情をずばり言われて、照れながら頭を掻く。
「あぁ、男って!」
 いやになっちゃう、と、華凜は部屋を出ていく。
 一人になった博文はベッドに横になり目を閉じる。
 盗賊である自分はやめられない。だが、彼をあきらめる事も出来ない。
 もしもどちらか一方を選ばなければならないとしたら、自分はどうするだろう。

 朝食の支度は女たちが用意をする。一人は仲間の嫁で、あと一人は男に酷い目にあっていた娘を助けてそのまま一緒に住んでいた。
 その中に楽しそうに話しながら手伝う周の姿を見つけた瞬間、胸が疼いた。
 このまま抱きしめてキスしたい。そんな衝動に駆られ、必死で気持ちを抑える。
「あら、博文、おはよう」
「お、おうっ」
「まったく、まだ寝ぼけているのかい!? 顔洗っておいで」
「あ、あぁ。そうだな」
 踵を返し井戸へと向かう。
 水桶を落として汲み上げてたらいに張り、顔を洗い水滴を飛ばすために顔を振るう。
「冷たい」
 その声に振り向けば、飛んできた水滴を手の甲で拭い、使ってくださいと手拭いを差し出された。
「おう、ありがとうな」
 それを受け取って顔を拭う。
 しん、と、二人の間に沈黙が流れ、
「あの、朝食……」
「わかった」
 そのまま行こうとする博文に、周の手が腕へと触れてそれを止める。
「ん?」
 振り向けば、その目は寂しそうな色をしており、胸の疼きが更に大きくなっていた。
「なんだよ、寂しいって顔しやがって」
「な、何を言って」
「俺はやっぱりお前が好きだよ、周」
 抑えきれない想いを口にし、周の手を握りしめるとそのまま歩き出す。
「え、あ、ちょっと、手、離してください」
「駄目だ。俺は盗賊として、騎士であるお前を盗むことに決めた」
 やっぱり周が好きだ。
 どちらも選べないのなら、盗賊らしい方法をとるしかない。
「何、バカな事を」
 躊躇う周に、
「本気だ。覚悟しておけよ」
 と軽く触れるくらいのキスをする。
「博文!」
 驚いた表情を浮かべた後、見る見るうちに顔が赤く染まる。
 それは、怒りからなのか、照れからなのか。
 どちらだとしても周は可愛い。今、自分の顔を見たらニヤニヤとした表情を浮かべているだろう。
 そんな博文に、周は先に行くといってしまう。
 周の心を手に入れる時が楽しみだと、その後ろ姿を見つめた。