絡まれる男
二人は朝早くに遠出に出かけた。きっと素敵な時間を過ごす事が出来るだろう。その為の準備をクレイグはしていたのだから。それなので、帰って来た時の二人の様子を見た時、周はとても嬉しくなった。
夕食はお土産話を聞きつつ食べ、その後に伴侶として互いに誓う合う場所に、共に立ちあう事が出来た。
周は胸を熱くさせ、いつか自分も二人のように好きな人と結ばれたいなと思う。
クレイグの家へ行ってくれるかと、宗に言われて素直に頷く。
この後、二人がすることは一つだろう。手早く後片付けをし、明日の朝食の準備をしておく。そして邪魔にならないように声をかけずに置手紙をして家を出た。
「そうだ、二人の事を知らせないと」
彼らの事を知らせたい人が一人いる。朱玉の実の妹である華凜(かりん)だ。
妖艶な美貌の持ち主で、今も酒場で踊り子として働いている。
騎士たちが良く行く酒場であるが、宗とクレイグには一人では行くなと言われていた。
自分は騎士であり男なのだ。心配してくれるのは有りがたいが、少し過保護すぎるのだ。
周の姿を見た途端、華凜がすぐに自分の元へとやってきた。
「周じゃないか。いらっしゃい」
「はい。実はご報告することがありまして」
宗とクレイグの事を話すと華凜は「良かったね」と言って喜んでくれた。
二人の事をやきもきとしていたんだと笑いあった後、店の中の様子を気にし始める。
「何かあったんですか?」
「ん? そういう訳じゃないんだけどね」
ちらっと周に視線を向け、はぁ、と、ため息をおとす。
「こんな所に一人で来てはいけないよ」
まるで宗とクレイグのような事を言われて、周は苦笑いをする。
「大丈夫ですよ。俺は騎士ですし男ですよ?」
「あぁ、全く! アンタは宗の息子だよ。自分に無頓着なんだから。ちょいと、アイツを呼んできておくれよ」
アイツとは博文の事だろう。華凜は博文の一味ではないが顔なじみである。
それでなくとも相手は手配書にのる盗賊なのだ。騎士の多いこの店に呼んだら大変なことになるし、周は会いたくない。
「華凜さん、俺、帰ります」
「駄目だ。アイツが来るまで帰せない」
宗やクレイグと同じくらい過保護だなと思いつつ、華凜に心配されると自分の母にされているような気分になってくる。
それを嬉しく思いながら、
「大丈夫ですって」
腕を絡めてくる華凜に、そう言って腕を離す。
「待ちなよ!」
追いかけてこようとする華凜だったが、客に呼び止められていた。
周は彼女に手を振り、今度はクレイグの住処がある方角へと歩き出した。
途中、ひと通りの少ない場所があり、そこで体格の良い男が五人、周の行く手をふさぐ。
この前、騎舎で自分を飲みに誘った第三隊の男達だ。
「こんな所で会うなんて運命だな。このまま一緒に飲みに行こう」
と五人の中で一番年上なのだろう、大柄で軽薄そうな男が馴れ馴れしく肩を組んでくる。
「申し訳ありませんが、明日は早番ですので帰ります」
その腕を外そうとすれば、更に力を込められてしまい首がすこし苦しい。
「他の隊の者と飲む機会などあまりないのだ。付き合ってくれてもいいだろう?」
なぁ、と男が仲間の同意を求め、別の男に片方ずつ腕をとられる。
「な、離せッ」
逃れようと身体をよじるがビクともしない。
「酒が嫌なら、別の事で楽しむという事でも良いぞ」
彼らも厳しい訓練を積み重ねている騎士なのだ。簡単には逃れられそうにない。
相手に隙が出来るのを待つ。大人しい周の態度に観念したかと思ったのだろう。男の一人がシャツを引きちぎり、前がはだける。
「何を!」
訓練でついた痣はあるが周は色気のある男だ。焼けぬ体質で肌は白くきめ細かく、綺麗な色をした乳首が男達の欲を刺激する。
ごくっと唾を飲みこみ、その肌に触れようとした時だ。
「良い光景だねぇ。俺も混ぜてくんな」
と男の声がし、一斉にその声の主の方を見る。
相手を見た瞬間、男達は口元をニヤつかせた。
「なんだ、このオヤジ」
「ジジィは引っ込んでろ」
随分年上である男に対し、騎士である自分達よりも弱い相手だとそう思ったのだろう。手配書にものるほどの盗賊である朴博文だという事にも気が付いていない。
「お前等さー、どう見ても同意じゃねぇよな、これ」
博文がちらっと周を見て、すぐに男達に視線を向ける。
「は、ジジィ、騎士である俺達相手にやりあおうって言うのか?」
「別に俺は良いぜ。かかってこいよ」
くい、と、手先をまげて男達を挑発する。
それに憤怒した男達は一斉に博文にかかっていく。
「駄目、逃げてください!」
その言葉は博文にではなく男達に掛けられたもの。
彼の強さをよく知っている。博文はクレイグとやりあえる程の腕前なのだ。しかも素手で戦うには相手が悪すぎる。
ボキっと鈍く嫌な音がし、一人の男が悲鳴を上げながら腕を押さえてうずくまる。ぶらりと垂れ下がる腕。骨を折られたのだろう。
「貴様!」
殴りかかろうとした男の腕を掴み、肘に叩きつける。
「ぐあぁっ!」
あらぬ方向に曲がった腕。
それを見た仲間の一人が逃げ出し、そして、その男に続くように他の男達も逃げて行った。
残ったのは博文と周の二人で、上着を脱ぎ肩に掛けてくれた。
「やりすぎです」
「はっ、お前にこんな真似をした奴等だぞ。命を奪わないだけ有りがたいと思え」
本気で怒っている。だが、冷静さは失わず、周の手前もあり相手に手加減をしたようだ。
「助かりました。ありがとうございます」
「まったく。俺が来るまで待てという華凜の言葉を無視して。いくらお前が鍛錬を積んでいる騎士だといっても、数でこられたら厳しいでしょうが」
「はい。貴方の言うとおりです」
どれだけ彼は実戦を乗り越えてきたのだろう。自分はまだまだだと思い知らされる。
自分は騎士であり男なのだからと過信して、これではあの男達と同じだ。
「お前の肌を最初に犯すのは俺だって、そう決めていたのに」
胸にぺたりと大きな掌が触れ、ゆっくりと撫でる。
「博文っ」
「周、いい加減に俺のモノになんなさいな」
指が胸の粒をかすめただけなのに、身体の芯が痺れる。
「あっ」
博文はその反応を見逃さなかった。
「なんだ、感じちゃったか?」
にぃ、と口角を上げて、その箇所を摘まんで動かされる。
「ひゃ、だめ、ですってば」
引っ張られて、ぐりぐりと動かされる。
びくびくと感じるそれをやめさせるため、博文の手を払い除けてシャツの前を掻き合わせる。
「たはぁ、つれないねぇ。こんなに愛してるってぇのに」
「貴方が言うと本気に聞こえません」
「あぁ? 俺は本気だぜ」
壁を両手でふさぎ、逃げられなくされる。
「なっ、博文」
「そろそろキスだけじゃ足りねぇよ。お前を抱きてぇ」
まるで胸の奥を貫かれたかのような感触。この激しい胸の高鳴りは、周にとって危険なモノだ。
「どいて、下さい」
「嫌だね。俺の気持ちをいつまでたっても本気だと思っちゃくれねぇんだもの」
真っ直ぐに見つめられて、気持ちが余計に落ち着かい。
「だって、親子ほどに歳が離れているのに」
「それでもよ、惚れちまう時があるってもんさ」
博文の親指が、周の唇を撫でる。
顔が近づき、流されるままにキスをしてしまいそうになり、その寸前で顔を避ける。
「と、とにかく、こんなところじゃ嫌です!」
「あぁ、なんだ、そういうことか」
行こうかと腕をとられ、向かう先はクレイグの住処とは逆方向で、あまり人気のない場所だった。
そこには廃墟となった館があり、周りには畑や花壇がある。
「ここは?」
「俺の家族の住むとこさ」
「かしら、おかえり」
小さな子達が博文の元へと集まってくる。
「え、子供?」
孤児だろうか、どうして博文がと驚いて彼を見れば、口元を微笑ませて優しい顔をしていた。
「おう、良い子にしていたか、お前等」
「うん!」
「ねぇ、おかしら。おにいちゃんはだれ?」
「あん、コイツは俺のモン……、って、いてぇ、こら、周、足を踏みつけるな!」
「嘘を言うからです。俺は頭のお友達です」
「おともだちなの! なら、いっしょにあそぼう」
と両手を子供たちに握りしめられる。
「おうおう、モテますねー。ちょっくらガキ共の相手してやってくれ」
「え、あ、はい」
そう言うと博文は何処かへ行ってしまう。
気が抜けた。
今日こそ、覚悟をしなければいけない思っていたから。
そして、そんな事を考えている自分に驚く。解っていてついていくという事は自分も望んでいるという事ではないだろうか。
子供たちを寝かしつけて部屋を出ると、博文が壁に寄りかかっていた。
「居たのなら入ってきたらよかったのに」
「俺が居ると、遊んで欲しくてなかなか寝ないんだわ」
と頭を掻く。
ここに居る子達は親がおらず、博文に拾われたそうだ。
彼の話を聞かせてくれる子供たちの表情は明るくて、好きだという気持ちが伝わってきた。
「孤児の面倒を見ているんですね」
「あぁ。俺もさ、似たようなモンだからな。放っておけなくて」
手を掴まれ、置くまで連れて行かれる。
そこは博文が使っている部屋だそうで、テーブルとソファー、そしてベッドがある。
「お酒の瓶ばかりですね」
空の酒瓶を拾い隅に置く。
「そんなの適当に転がしておけ」
それよりも、と、引き寄せられて抱きしめられる。
「貴方は父が好きなんだと思ってました」
「宗の顔は好みだが、クレイグしか相手をするのは無理だろ」
俺には手におえねぇよと、お手上げのポーズをとる。
「確かに。でも、ちょっかいをかけていたんですよね?」
「まぁな。これが面白いんだ、二人の反応がよ」
好き合っている癖に、素直に認めない所がなと笑う。
「貴方にはそういう一面があるから、俺は……」
「俺が好きって認められないってか?」
「は、何を言って」
冗談はやめてくださいと身をよじり離れようとするが、
「だってよ、好きだろ、俺みたいなの」
ちょっと面倒で手が早い男がさ、と、耳元で囁いてキスをされた。
「んっ」
そのまま押し倒されて、何度もキスをされて力が抜けてしまう。
「本気で嫌なら、こんなに簡単に奪われねぇよな。お前だって騎士なんだから」
その通りだ。
本気で逃げようと思えば腰の剣を抜けばいいだけだ。なのに彼のテリトリーに自分から入り込んで気を許している。
追う者と追われる者の関係だという事が周の気持ちを思いと止ませる。
「貴方が、盗賊でなかったら、俺は素直になれたんでしょうね」
ここで言うのはずるいやり方だ。そう解っていて口にしてしまった。
「……そうかい」
悪かったなと身が離れると部屋を出ていってしまう。
一人残された周はうずくまる。
唇には博文とかわしたキスの余韻が残り、切なげに小さくため息をついた。