生涯の伴侶

会いたくない男

 周はこの日をずっと待っていた。
 父親の宗の事をクレイグが伴侶として貰ってくれるのだと嬉しくて胸が熱くなった。
 大好きな人達が二十年越しの想いをとげて、伴侶として同じ道を歩んでいくことになるのだから。
 だが返事はクレイグ次第という事になり、宗をデートに誘ったそうだ。
 その時に持っていくお弁当を作るため、グリスを狩りに森に行くという。
 お前にはまだ早いと連れて行っては貰えなかった狩りに同行出来る。剣術の腕が上達したとそう感じてもらえたのだろうか。

 クレイグが戦うのをサポートする。それが自分の役目だと思っていたのだが、周に経験を積ませようとしてくれたのだろう。アドバイスをしながら守ってくれていた。
 すぐ傍にクレイグが居る、そのお蔭もありグリスを仕留めることが出来た。
 宗に話したかったが、クレイグのサプライズが台無しになってしまうので我慢する。
 第一の皆と一緒に食べようかと思ったが、そうすると量が足りない。なので今回は隊長にと思い宿舎へと向かう。
 近道となる通りがあるのだが、そこは宗とクレイグから通る事を禁止されている。
 いつもなら言いつけを守るのだが、自分が気を付けていればいい事だからとその道を通る事にした。
 だが、すぐにその考えが甘かったと気づかされた。
「呂周」
 その声に、ギクッと足を止める。
 振り向くと壁に寄りかかりながら立つ大柄の男が居た。
 歳は宗やクレイグと同じくらい。体格はクレイグと五分五分、黒色の長髪を一つでくくり、顎髭を生やしている。
 その顔は城で嫌というほど見ている。手配書というかたちで。
「朴博文」
 朴博文(パクハクブン)は盗賊の頭であり、裕福な貴族から金品を奪い、それを貧困に苦しむ者に与えたり、時に悪党をこらしめる。街の者からは義賊と呼ばれ愛されている。
 宗と周にとっては同国の者だが、騎士としては彼を認めるわけにはいかない。
 しかも、博文は会うたびにちょっかいをかけてくる。
「会いたかったぜ」
 男として魅力的であり、混で戦うその姿は、敵ながらに見惚れてしまう。
 大きくて皮の分厚い手で頬を撫でられると動けなくなってしまう。
「俺は、会いたくなんてありませんでした」
「おいおい、手配書の男が目の前にいるってぇのに、騎士殿は会いたくなかったて?」
 肩を強い力で叩かれ、がははと豪快に笑う。
「どうせ大人しく捕まってはくれないのだから、俺の前から消えてください」
「会ったばかりなのにつれないねぇ」
 腰に腕を回し、強い力で引き寄せられる。
「何を……」
 離れようと身をよじらせるが、ガッチリと抱きしめられてビクともしない。
 そして、顎を掴まれて唇をふさがれてしまった。
「んぁっ」
 キスをされたのはこれで二度目。
 初めて奪われたのもこの場所で、宗とクレイグと共にいる時にされた。しかも彼と出会うのはこの道ばかりなので通る事を禁止されたわけだ。
 気持ちが落ち着かない。嫌悪感とは違う、だが、この感覚を味わうのは困るから嫌だ。
「やめてください!」
 濡れた唇を手の甲で唇を拭えば、オイオイと苦笑いされた。
「ところで、いつの間に俺の荷物を盗ったんです? 返してもらえませんか」
「あぁ、これな。いい匂いがするからさ、貰っとくわ」
 バスケットの中を覗き込んで、ぺろりと自分の唇を舐める。
 先ほどまで触れ合っていた唇。妙にドキッとしてしまい、それを隠すようにバスケットを取り返そうと手を伸ばす。
 だが、寸前でよけて背中を向けた。
「俺のグリスの肉!!」
「ほう、そいつはいい。酒のツマミにさせて貰うわ」
 じゃあな、と、髪を撫でまわしてグリスの肉の入ったバスケットを手に行ってしまった。
「博文! くそっ」
 どこまで自分をからかえば気が済むのか。
 悔しくて拳を強く握りしめる。
 博文は力では到底敵わない。せめて抵抗する事ができるくらいの力が欲しい。

 リカルドは団長で忙しい身だが、宗とクレイグの兄貴分のような存在で、息子の周にも優しくしてくれる。
 博文が接触してきたときは必ず話すようにと言われており、それを伝えようとリカルドの息子であるアルバンに会わせて欲しいと頼み、個室にいるからと言われてそちらへと向かう。
「あの道を通るのは二人から禁止されているだろう?」
「はい、申し訳ありません」
 キスと共にグリスの肉も博文に奪われてしまった。
 その事は伏せて会った事だけを告げた。
 落ち込む周を慰めるようにリカルドの手が触れる。
「今度、狩りに行こうと思っているのだが、伴をしないか?」
「よろしいのですか!」
「あぁ」
「はい、ぜひ。あの、その時は弓を教えて頂けないでしょうか?」
「弓を、か?」
「はい。リカルド様の弓は凄いとクレイグさんが申しておりまして。射ち損じた事がないと、まるで自分が狩ったかのように自慢げに話すので、すごく気になっておりました」
「はは。まぁ、確かに弓には自信はあるぞ」
「狩りに行く日が楽しみです」
 目の前で弓の腕前を見れるチャンスなのだ。今から楽しみでしかたがない。
 リカルドが口元を綻ばせながら、周の肩を優しく叩く。
「その時は弁当も頼むな」
「はい。腕によりをかけて作りますね!」
 狩りに行く日が今から楽しみだ。
 まだ仕事があるというリカルドの部屋を後にし、アルバンへ挨拶をしてから帰ろうと部屋へと向かう。
 途中で他の隊の人に声をかけられ、今から一緒に飲みに行かないかと誘われた。
 今までも何度かあった誘いで、その都度、丁重にお断りを入れる。
 だが、今日の相手はしつこかった。
 騎士は所属ごとに衿に金バッチをつけている。竜と所属の番号が書かれており、見た所、第三隊の者のようだ。
「今から隊長の元に行くので」
「その用事が終わったら飲もうよ」
「申し訳ありませんが……」
「お前たち、何をしている」
 そこに現れたのはアルバンで、
「なんでもありません!」
 と第三の者は礼をし、立ち去っていく。
「はぁ、あの二人が居ないだけでこうなのか」
「え?」
 どういうことだろうとアルバンを見れば、呆れた表情を浮かべている。
「お前ってさ、自分がもてるって自覚ないの?」
「俺が、なんですって」
 自分など何処にそんな要素があるのか。リカルドやクレイグなら解る。強くて優しいのだから。だが、自分は騎士としてまだまだだし、顔も普通だ。
 特に一緒にいても楽しいとは思えない。
「はぁ。ソウさんもだけどさぁ、お前も自分の容姿に無頓着な。こんなに美人なのに」
「そんなもの、騎士として必要ありません」
 容姿なんて関係ない。国の為に騎士としてどれだけ役に立てるかだ。
 不愉快とばかりに眉をよせれば、アルバンが苦笑いを浮かべる。
「なら、特定の相手を作るんだな」
「特定の相手、ですか?」
 それこそ、まだ自分には早すぎる。
 周の表情を見てアルバンは察したか、
「でもな、相手がいるのと毎日が幸せだぞ」
 と、今にも惚気だしそうな雰囲気だ。
 確かにそれは言えているかもしれない。宗とクレイグの姿を近くで見ていると羨ましいと思う事がある。
「なぁ、お前ってどういうのがタイプなの?」
「そうですね、俺は包容力のある人が良いです」
「うわぁ、流石は親子! 好きなタイプも一緒かよ」
 頭の中に浮かんだ相手をけしてリカルドを思い浮かべる。
 男性でも女性でも、優しくて包容力のある年上の人が良い。
「でも、今は騎士として一人前になるのが先です」
「真面目だな。それもシュウの良い所だな。もしもしつこい奴がいたら先輩や俺を頼れよ?」
「ありがとうございます」
 肩を叩き歩いていくアルバンに頭を下げ、周は騎士舎を後にした。