デートの為の下準備
第一隊の、口の軽い奴等から噂はあっという間に広がっていく。
「ソウさんに求婚をされたと聞きましが……」
そう声をかけてくるのは、第一隊の隊長であるアルバンだ。
宗とクレイグとは入隊した時から兄貴分として面倒を見てきたためか、上官ではあるのに自分達には敬語を使う。
しかも、クレイヴに隊を任せたいと打診があった時、若い者に任せたいとアルバンを推薦したのは自分だ。まだ若いが人をまとめる力がある。そう思ったからだ。
「もうお前の耳にまで入っているのかよ」
「はい。我が騎士団はお二人の事を暖かく見守るという暗黙の了解がありまして」
そんな暗黙の了解があるなんて知らなかった。
皆に自分の気持ちが筒抜けだった事を知り、恥ずかして手で顔を覆う。
「で、返事はどうだったんですか?」
興味津々といわんばかりの表情で聞かれ、クレイグは肩を上げてため息をつく。
「これからの俺次第だそうだ」
「それならば、ソウさんをデートに誘わないといけませんね」
「デート、だぁ?」
「はい。そういう事を重ねながら愛を育むものです。俺も妻とそうしてきました」
アルバンには歳の離れた可愛い妻がいる。
彼女はワジャート王国の姫で、アルバンが第一部隊の隊長になり暫くしてから求婚し結ばれた。
心から愛しているアルバンはデレデレとした表情を見せる。
その度に羨ましいと思っていた。自分も惚気話をしてみたいと。
「なら、狩りにでも行くか」
宗が楽しんでくれそうな事と言えば剣で戦えるような事がいいだろう。
「狩りって、ちょっと、クレイグさん」
そういうのじゃなくて、と、アルバンがとめる。
「だってよぉ、あいつが喜びそうなモンっていったらそういうのだろ?」
「確かに好きそうですが、それじゃいつもと変わらないではありませんか!」
「そんなこと言われても、どうしていいのか解らねぇんだわ」
今までデートなんてしたことがない。宗を好きだと意識するようになってからは特定の恋人はおらず、身体の関係だけの付き合いしかない。
それ故にどうしたら良いか解らない。
「そうですね……、ソウさんのどこに惚れたのかを話してみるというのは如何でしょうか?」
「えぇっ、恥ずかしいだろ、それ」
「でも、相手は自分のどこに惚れたのかって気にするもんですよ」
「そうなの?」
「はい」
「わかった。話してみるよ」
アルバンと別れ詰所を後にする。
今更、照れる。だが、相手に気持ちを伝えるにはいい方法だろう。
結局、デートは何処へ行けばいいのかが思い浮かばず、顔馴染みの定食屋の女将に相談にのってもらう。
「あら、やだっ! ソウとやっとそういう事になったのかいっ!」
どうやらここでもクレイグの気持ちは知られていた。そんなにわかりやすいのかと、恥ずかしくなってくる。
まさに、穴があったら入りたいという状況だ。
「あはは。今更だろ。顔見知りは皆知ってるわよ」
解りやすいからねぇと言われて、クレイグは恥ずかしくて大きな図体を丸めて縮こませれば、女将に背中をおもいきり叩かれた。
「そうだねぇ、馬で遠出でもしてきたらどうだい?」
「馬か……」
宗の馬術の腕は相当で、彼についていけるのは第一隊でもあまりいない。
きっと楽しんでもらえる。
「そうするよ」
「後は美味い弁当だね。そうだ、グリスを狩っておいで。その肉を挟んだパンと葡萄酒を用意してあげるからさ」
「おっ、いいねぇ。じゃぁ、明日の早番が終わったら狩りに行ってきますか」
許可書のある者は森に近い西の砦にある門から出入りすることができる。
宵の鐘、門が閉まるまでには仕留めて戻ってこれるだろう。
「あぁ。気を付けて行っておいで」
「はいよ」
明日は周も連れて行こう。前から一緒に狩りに行きたいと言われていたし、剣術の稽古にもなる。
ただし、宗にばれないように準備をせねばならない。
こっそりと周に約束を取り付けてクレイグの方で準備をする事にした。
※※※
グリスはワジャートの中心街から西に位置する大きな森を住処としている。警戒心が強い獣なのだが、この時期は好物の魚が良く捕れる為、森の近くを流れる川まで下りてくる。
身をひそめてグリスが来るのを待つ。すると一匹の雄が川へと入っていった。
「よし、グリスが狩りを終えた所を狙うぞ」
「わかりました」
エサを咥えて森へと戻っていくときが狙い時。
のそのそと歩いていくグリスの頭をめがけて剣を振るう。
それを寸前でよけ、咥えていた魚を地面へと投げて、二本足で立ちあがり自分を大きく見せて威嚇する。
「シュウ、爪と牙に気をつけろ。あれにやられたら致命傷になる」
初めてグリスを狩る。緊張のせいでかたくなっているせいか、いつもよりも動きが鈍い。
「いつものようにすればいい」
俺が傍にいるから、と、周を元気つける。
「はい!」
鋭く早い攻撃を避け、脚や腹にダメージを与えていく。が、致命傷になるような傷は無く、グリスは暴れている。
「くっ」
「怯むな。心を強く持て。でないと咆哮で気持ちを持っていかれる」
恐怖を心に植え付ける「咆哮」。怯んだところに、あの攻撃を放ってくるのだ。
「ほら、踏み込みが甘い。体重を剣にうまくのせないとダメージを与えることが出来ないぞ!」
今回は周をメインに戦わせて自分はサポートにまわる。男としての自信と経験を積ませたいと思ったからだ。
なので本当に危ないときだけ手をかし、後はアドバイスをするだけ。
「はぁッ、やぁ!」
素早い動きで敵を翻弄し、重い一撃を食らわす。
「今のは良いぞ。ほら、止めをさせ」
急所へと剣を突き立て、グリスが地面へと倒れていく。
まだ、息たえずにヒクヒクとしている所に、更に首筋を斬り付けた。
「うん、上出来。さてと、他の仲間が来ないうちにここから離れよう」
縄を編んで作った網にグリスをのせて二人で運ぶ。
川沿いの道を歩き、馬を繋いでおいた開けた場所で火を焚いて獣除けをし、それから解体に入る。
遠征で狩りをしては解体をしていたのでお手の物だ。
「ここは胆嚢だ。薬師に売れる。肉は部位ごとに斬るぞ。腐りにくくさせる為にこの薬草で包む。皮は丸めて積んでおいて。頭は獣に」
「クレイグさん、手馴れてますね」
「まぁな。遠征の時、料理当番をよくしていたからな。大抵の獣は解体できるぞ」
宗は狩りは得意だが料理と解体は苦手だった。いつも傍で眺めては嫌そうに顔を顰めていたが、周は興味津々とばかりに解体の様子を眺めていた。
宵の鐘がなる前にどうにか街へと戻ることができた。そのまま馴染みの食堂へと向かう。
「一番美味い所をシュウに焼いてやってくれ。明日の分をとったら後の肉は明日の弁当のお礼って事で」
と肉を女将に手渡す。
「ありがとうよ。じゃぁ、さっそく取り掛かろうかね」
後で取りに来ると言って、一旦、食堂を後にする。
「よし、じゃぁ、俺の馴染みの店を紹介してやるから着いて来い」
「はい」
途中で借りた馬を返し、馴染みの店へと胆嚢と毛皮を持っていく。
騎士は、金のやり取りやお礼の強要をしてはいけない。なのでクレイグは金を一切受け取らない。
しかし、前から騎士内で黒い噂があり、礼を強要する奴もいる。逆に騎士を取り込もうとして商人や貴族が賄賂を渡す場合もある。
「シュウ、中には悪い事を企む奴等もいるから、渡す相手をきちんと見極めろ。国の為、民衆の為につくしてくれる、そんな相手と上手く付き合え」
「はい」
店を回り終えて食堂へと向かう。
「女将、出来たか」
「あぁ。ほらよ」
バスケットが二つ。
中に入っている大きな肉の塊を目の前に周が驚いている。
「こんなに頂いてよいのでしょうか?」
「あぁ。お前が仕留めたんだ。だが、これだけあるから誰かと食べたらいい。あ、ソウ以外でな」
「はい、そうします」
途中で周と別れ、クレイグは自分の家へと向かう。明日、門が開く頃には街を出るつもりなので今日は早めに休もう。