王子に射止められる
海は荒れる事無く、旅は順調に進んでいく。このぶんなら2・3日のうちにアクトレアに着くだろう。
さて、そろそろ彼が来る。
アンセルムから、少し時間をくれないかと言われて。いつもなら断る所だが、少し様子がおかしいのが気になって了承した。
船長室へときたアンセルムを中へと入れる。
「時間をくれてありがとう」
嬉しそうに微笑み、仁の向かいの席に座る。
「アンセルム様もどうですか?」
飲みかけのワインボトルを掲げると、頂こうと頷いた。
ワイングラスを目の前に置きワインを注ぎ入れる。
それを手に取り一口含んだ後。
「私もそろそろ、金持ちの貴族と婚姻をすることになりそうだ」
今までは王太子のサポートという名目があった。だから話を持ち込まれても断ることが出来たのだ。
だが、もう王太子が王になればお役御免となり、大臣が決めた相手と婚姻を結ぶことになることだろうという。
「だからね、この旅を終えたら、二度とジンの邪魔はしないよ」
仁は今まで自信に満ち溢れたアンセルムしか見たことがなかった。
だから余計に驚いた。彼の目にあきらめの色が見えるから。
「そう、ですか」
今までどれだけ冷たく接してもめげなかった。散々迷惑をかけておいて幕を引くというのか。
胸がモヤモヤとする。せいせいしますと憎まれ口を叩く。
「ふふ、結局、君の心を手に入れることは出来なかったね」
残念だよと無理をして笑う。
「恋をする素晴らしさを知ったり、胃袋を掴もうと料理を覚えたり……。君と出会い、一人の男として楽しい時間を過ごすことができたよ。ジン、いままでありがとう」
そう微笑んでワインを飲み干すと、御馳走様でしたと席を立つ。
これでもう、アンセルムに付きまとわれないですむ。やっと解放されるんだと思った途端に喪失感に襲われて、馬鹿なと首を振るう。
これは何かの間違い。
なのに、アンセルムが部屋から出ていこうとする、その姿を見た瞬間に腕を掴んで引き止めていた。
「ジン」
驚いた顔をするアンセルムに、
「あ、あの、これは……」
申し訳ありませんと、すぐに掴んでいた腕を離すけれど、今度は逆にアンセルムに掴まれてしまう。
「このまま引き止めてくれないのかと思っていたよ」
そう静かに微笑むと綺麗なエメラルドグリーンの目から涙が滴り落ちて、その涙は仁の心を素直にさせた。
「俺は王子が苦手でした」
と、涙を拭うように親指で触れる。
「うん。それなのに君はちゃんと私の相手をしてくれたね」
苦手でも嫌われてはいないと、そう思うと自分を押さえる事が出来なかったのだとアンセルムは話す。
「どんなに冷たくしても王子はあきらめて下さらないし。どれだけポジティブ思考なんだって思いましたよ」
そして、結局はアンセルムに振り回されてしまうのだ。
王子には到底敵わない。だから。
「泣き顔は似合いません」
アンセルムには笑っていて欲しい。仁はそう思いながらその身を強く抱きしめた。
「君が傍に居てくれるのなら、私は笑っていられるよ」
仁の逞しい胸に縋るように頬を寄せてアンセルムは腕を背中に回した。
「なら仕方がありませんね。傍に居てあげます」
「ジン、ありがとう」
そうアンセルムが呟いて。
二人は暫くの間、黙ったまま互いの温もりを感じ合った。
船内に取り付けられたベッドは人ひとり寝るのがやっとな大きさである。
それは客室も同じでアンセルムだって解っているはずだ。
「王子、おやめください」
ベッドに組み敷かれ。体を押し付けてこようとするアンセルムを腕を伸ばして拒否する。
「やだ。どうせ君の事だ。アクトリアに戻ってからとか言うのだろう?」
「解っているじゃないですか」
だからどいて下さいと身を起こそうとするが、すぐにベッドに押し付けられる。
「あぁ、もう! このベッドは狭えし、船に乗っている時に余計な体力を使いたかねぇんだよ」
貞操の危機にアンゼルムに対して丁寧に話しをする余裕すら無く。
しかも妙に嬉しそうな表情を浮かべて新鮮だなぁとか言いつつ、仁のシャツのボタンをはずし肌蹴た箇所にキスを落としていく。
「んッ、だから、話を……、あ、こら、舐めるな」
仁の厚い胸板にアンセルムが舌を這わせ。口に含んでちゅっと音を立てながら吸い上げられる。
「ひゃっ、てめぇ、俺ァ、オンナじゃね」
アンセルムと自分との間に手を挿し込んで押せば、口が離れて濡れた胸元が目に入り恥ずかしくなる。
「ジンってば感じていた癖に」
恥ずかしがることないのにと、再び襲い掛かろうとするアンセルムを押さえつける。
「煩せぇッ、て」
途中で言葉遣いに気が付いて、仁はひとつ咳払いをし。
「大変失礼を致しました。王子、御戯れはおやめくださいませ」
と深々と頭を下げる。
「あれ、折角、素の君を見せてくれたのに戻しちゃうんだ。私は別に気にしないのにな」
嬉しいのにと、アンセルムは残念そうに言う。
「さ、王子、お部屋にお戻りください」
このままだとアンセルムに押される一方だ。だから多少乱暴にでも部屋から追い出そうと腕を掴んで立たせようとした、その時。
「駄目だよ。ジンのここ、苦しいだろう?」
と、たちあがった箇所を厭らしい手つきで撫でられた。
「なっ」
久しくそこに触れていなかったせいか、余計に感じてしまう。
びくびくと感じて震える仁を、アンセルムは目を弓なりにして見つめている。
「私にまかせて。気持ち良くしてあげるから」
ズボンを脱がされて、仁の下半身の反り立つモノが露わになる。
「ジンの、いつも想像していたけれど、それよりおっきいねぇ」
それは嬉しそうに仁のモノを見ながら、アンセルムがペロリと唇を舐める。
「いつも想像って、この変態ッ」
「ふふ、言っておくけど、想像してたのはジンのここばかりじゃないよ。私の口で咥えて、涙を流しながら善がるジンとか……」
「ふ、ふざけるなぁぁぁ――!!」
耳をふさぎたくなるような言葉を遮るように、仁は怒鳴り声を上げる。
「おや、仁、口調がまた戻っているよ?」
「あっ」
しまったと口を押えた所で、アンセルムが頂きますと仁のモノを咥えようとしたその時、ドアをノックする音がし、外から声を掛けられる。
「アンセルム様、いらっしゃいますよね。そろそろお戻り願いたいのですが」
それとも強引に中に入らせて頂きましょうか、と、有無も言わせないとばかりのシオンの言葉だ。
「……私は別にかまわないけれど、ねぇ」
そう、困るのは下半身を丸出しにしている仁のだけだ。
「てめぇ、さっさと戻れ」
ぐいぐいとアンセルムを押しのけてドアを指させば、大袈裟にため息をついて解ったよとベッドから降りる。
「陸に降りたら覚悟しておいてね」
そう軽く口づけをしてドアへと向かい、今一度振りかえり。
「ジン、愛してる」
と言って部屋から出て行った。
一気に熱が上がり汗が出る。あと少しでアンセルムに食べられるところだった。
下半身をチラッと見れば、今だ萎える事無く天を向いている。
今はこの熱をおさめる事に集中をせねばならない。
ムカついてグッと力を入れて拳を握りしめ、そのまま床を殴りつける。
傍に居てやるなんて言うんじゃなかったと、今更ながらに後悔し始める仁だった。
船は無事、アクトリアの港へと入り停泊する。
何事もなく船旅を終えることが出来てよかったと、仁はアクトリアの空気を大きく吸い込む。
「無事についたねぇ」
とアンセルムがシオンと数名の騎士と共に仁の元へと来て、王族に対してする挨拶をする。
「王子、お疲れ様でした。お迎えの馬車も来ている様なのでお戻りになられてゆっくりなさってくださいね」
それではと再び頭を下げて立ち去ろうとしたが、
「シオン、私はジンと約束があるから馬車を帰らせておいてくれるかな?」
なんて言いだす。
「え、ジンと、ですか?」
そうなのかと仁を見るシオンに、首を横に振り約束など無い事を伝える。
陸に降りたら云々とは言われたが、約束などしていない。
「ふぅん、そういう事をいうんだ」
目を細めてアンセルムが仁を見る。
何か嫌な予感を感じて仁はここから逃げようと一歩後ろに下がろうとするが、強い力で腕を掴まれて引き寄せられた。
強い力で腕を掴まれて引き寄せられ。いきなりの事に足元がとられてアンセルムの腕の中へと倒れ込み、皆が見る前で濃厚な口づけをされる。
「んんッ!!」
ちゅっちゅと卑猥な水音に周りは赤くなったりかたまったり、にやにやしたりと思い思いの顔をし、唯一、冷静な智広が、
「はい、そのへんにしておいであげてくださいね」
とアンセルムの口付を止めた。
「てめぇ、なんてことを」
わなわなと肩を震わせながらアンセルムを指さす。恥ずかしさと怒りで顔が熱い。
「私の舌で君をもっと気持ちよくしてあげるよ?」
そんな仁に対し、爽やかな笑顔を浮かべてとんでもない事を口にする。
その瞬間、仁の中で何かがぷつりと切れる音がした。
アンセルムの腕をつかむと引っ張って陸へと降りていく。
仁との一夜を思い浮かべているのだろう、喜びに満ちた顔をするアンセルムに、
「さっさと城に帰れ、このエロ王子!!」
と迎えの馬車の前まで連れて行き、迎えの騎士に引き渡した。
その言葉に、目が点となる騎士とアンセルム、そして笑いが止まらないとばかりに船乗りたちが見ていた。
「ジン、そんなぁ」
縋るように手を伸ばしながら涙目を浮かべるアンセルムに、仁はその手を払い除けて言い放つ。
「きちんと王に俺の元に来る許可を貰って来てください。そうしたら、あの時の続きをさせてあげます」
「絶対だよ、ジン!」
ぎゅっと手を握りしめられ興奮気味に話すアンセルムに、仁はそんな彼に若干引きながらも頷く。
「よし、善は急げだ。皆、急いで帰ろう」
アンセルムは、また後でねとウィンクした後、馬車に乗り込んだ。
帰っていくアンセルムを見送った後、仁は脱力し座り込む。
「仁、とうとうチェックメイトだね」
と、智広が楽しそうに仁の心臓を打ち抜くような仕草をする。
「……はやまったかな、俺。これからの事を考えると気が重くてしょうがねぇや」
「でも僕は正直、嬉しいんだ。昔から二人の事を見ていたからね」
幸せになってねと肩を叩かれ、仁はがっくりと項垂れる。
きっとアンセルムに振り回される事になるのだろうなと、面倒だがしかたがないと思えるほど、仁の中でアンセルムの存在は大きくなっていた。