王子に射止められる
船に乗り異国と商売をし、稼いだ金で珍しい品を買って帰る。
しかも和ノ國の品が流行しており、美しい織物は貴族の間で人気が高い。
小早川の親戚が和ノ國で店を開いている為、良い品が手に入りやすく、それを買い求めようと商会に声が掛かり、とても忙しい日々を送っている。
今日も和ノ國へと品物を仕入れに行く所で、智広の隣に立つ男を見た瞬間に仁の眉間にシワがよる。
「おい、智広、船長は俺だよな?」
「うん、そうだよ」
「王子が乗船するなんて聞いてねぇぞ」
ひそひそと和ノ國の言葉で智広に話しかければ、主は僕だよねと言い返される。
「王子のお願いを無碍にはできないでしょう?」
相手はこの国の王族だよと言われ、仁はグッと喉に声を詰まらせる。
アンセルムの見た目は確かに王子だ。だが、料理を作ったり、洗濯物を洗ったりしながら街の女たちと楽しくおしゃべりをしたりと、あまりに王族らしからぬ事をするものだから、改めて言われてそうだったと、本来はそんな態度をとっていい相手ではなかったのだ。
「アンセルム王子はね、王太子のお誕生日の祝いの品を、自ら選んで贈りたいんだって。ねぇ、兄を想う弟の気持ちを汲んであげて」
仕事の邪魔はさせないからと、智広のその言葉を信じる事にした。
それから和ノ國につくまで、天気も良く運航は順調。しかも拍子抜けするぐらいに何事もなかった。アンセルムに邪魔される事もなかった。
しかも王子らしい振る舞いを見せ、仁は驚いた位だ。
陸に降りる準備があるからと智広の案内でアンセルムは宿へと向かったはずだ。
なのに樽に寄りかかる和服姿のアンセルムの姿を見つけ、何故ここにいるのかと彼の傍へと向かう。
「アンセルム様、お供の者は?」
「ん、さぁ?」
とぼけた顔をしてあちらの方角へと顔を向ける。
「……確か鶴屋に泊まってますよね。行きますよ」
腕を掴み鶴屋へと向かおうとすれば、
「折角、着物を着てジンと町をぶらぶらしようと思ったのに」
と唇を尖らせる。
「俺はまだ忙しいので」
相手にしていられないとばかりに冷たく言い放つが、部下に任せておけばいいじゃないかと簡単には引き下がらない。
いい加減にしてほしい。ぐっと拳を握りしめ怒りに耐える。
「俺はこの船を任されているんです。そういう訳にはいきません」
「じゃぁ良い。一人で帰るから」
仁から背を向けて歩きはじめる。どうあってもアンセルムは我儘を通すつもりのようだ。
これで何かあった日には智広が一番責任を負わねばならなくなる。
「な、駄目に決まっているでしょう! 鶴屋まで送ります」
このままでは終わるまでここに居そうなので、鶴屋に着くまでの間なら付き合うと言う。すると腕に腕を絡ませて嬉しそうに微笑んだ。
そういう素直な所は可愛いと思う。
「行きますよ」
いつもは振りほどく所だが、今日はそのままにさせておき鶴屋に向けて歩き出す。
少しだけ遠回りをしてやろうという気持ちになり、一本違う道へと入る。
「ふふ、こうして君が生まれた所を一緒に歩きたかったんだよ」
「そうですか」
ご機嫌な様子であたりを見わたし、店の看板を見つける度に尋ねてよこす。
それにこたえつつ、時折店の中を覗いた。
仁にとっては見慣れた物もアンセルムにとっては珍しい物で、目を輝かせて品物を見る姿が子供のようだ。
「おお、これは髪飾りだろう!」
飴細工を指さし、女性の髪を結うときに使うやつと自信満々にいうものだから、つい笑ってしまった。
「違いますよ。これは……、そうですね、オヤジ、飴を二つくれ」
和ノ國の言葉で飴売りに話しかけ鶴と亀の形をした飴細工を買う。
「さ、どうぞ」
鶴の方をアンセルムに差し出して自分は亀の方を舐める。
「え?」
驚いて目を瞬かせるアンセルムに、舐めてみてくださいと言う。
それを恐る恐る舐めた後、目を見開き、まじまじと飴細工を見る。
「和ノ國の者は凄いな。飴でこんなに見事なものを作るのか」
アクトリアにも飴はある。飴細工のような飴はなく、かたちはただ丸めただけだが色々な味を楽しむ事が出来る。初めて食べた時、今のアンセルムのような自分もしていた気がする。
「食べてしまうのが勿体ない」
「ですが、食べて貰えぬ方が可愛そうです」
「そうだな」
飴を食べながら町を見て歩き、そして鶴屋の前へとたどり着く。
その頃には二人の飴は小さくなっていた。
「少しだがジンと町を歩けて良かった」
仁も意外と楽しかった。だが、それを素直に口にすることはしない。アンセルムが調子付くのは嫌だからだ。
「それでは失礼します」
つれない態度をとり、来た道を戻ろうとした、その時。
「明日、ジンは実家に行くんだよね?」
と聞かれて、何故それを知っているのかと思わず振り返ってしまった。
「私も連れて行っては貰えないだろうか」
その眼が何か良からぬ事を考えているように見える。
「無理です」
「何故だい? 御両親にご挨拶をさせて欲しい」
嫁となる予定として。きっとそう言いたいのだろう。
考えている事が解ってしまい、頑としてそれは拒否しなければいけない。
「親子水入らずで話したいので」
そう言ってしまえばアンセルムは渋々ではあるがしょうがないと諦めてくれた。
「ありがとうございます」
お礼をいう必要はないのだが、そう言って頭を下げる。
「お会いしたかったが、しょうがない、か」
ふ、と、暗い表情をし、上手くいかなかったことが悔しかったのかなと仁は思う。
だが、すぐにいつもの調子で、仁にまたねと投げキッスをしてよこした。
実家に戻り近状報告を終え、今度は出航の準備をする為に船に戻る。今回は二泊の予定なのでとても忙しいのだ。
あらかた準備を終えた頃、船にアンセルム達が来る。お付の騎士達は手に沢山の荷物を抱えていた。
「随分買いましたね」
その中には昨日の飴細工が瓶の中に詰められていた。
「気に入ったのですか?」
「あぁ。一緒に食べた思い出をね」
飴の瓶を嬉しそうに撫でる姿に、心がホッコリとして、つい口元が綻んでしまい、それを見られないように顎に触れて表情を隠す。
「王太子へ贈る品は、良い品は見つかりましたか?」
とそれを打ち消すかのように別の話題へと話をふる。
「あぁ。ウルシというもので塗られた手紙を入れる箱が素晴らしかったので買ったよ」
「文箱ですね」
「そうそう、それ。気に入ってもらえるといいな」
アンセルムは風呂敷に包まれた箱を大切そうに胸に抱く。
心から兄を想い選んだのだろう。そういう優しさは嫌いではない。
「きっと喜ばれますよ」
と言えば、嬉しそうにしていた顔が、真剣なものへと変わる。
「……ねぇ、ジン、やはり君のご実家に行きたい」
その言葉に、急激に心が冷めていく。
「貴方に会わせるつもりはありませんので。諦めてください」
きっぱりと断る。それでも諦めないのがアンセルムだ。しつこく言われるかと思いきや、
「そう、だよね」
苦笑いを浮かべて、呆気ないほど簡単に引き下がった。
何か様子がおかしい。
具合でも悪いのだろうかと手を伸ばすが、それを避けられてしまう。
「シオン、チヒロ、宿に行こうか」
「はい」
その様子を見ていた二人も心配そうにアンセルムを見ている。
いつもなら心配しようものならそれを良い事に甘えて来るのに。こんな事は初めてで、ただ驚くばかりだった。
次の日、アンセルムはいつもの彼で、おはようのハグからはじまり、腕に腕を絡ませて甘えだす。まるで昨日の事が嘘のように彼は元気だった。