Short Story

故意

 白い箱の中にはココア味のくまさんと、いちご味のうさぎさんのケーキが仲良く並んで入っている。
 アレルギーのある子供でも食べられるようにとスポンジは米粉で作られていて、豆乳ホイップを使ってある。
 双子の甥と姪は牛乳アレルギーで、いつもケーキは弟の嫁が手作りをしているのだが、テレビで動物の形をしたケーキを見た時に、食べたいと駄々をこねた。
 ネットでアレルギーの子の為にケーキを作ってくれる所は無いかと調べていた時、先輩である加藤の同居人がLe・シュクルでパティシエをしているという事を聞いた。
 加藤に事情を話し、相談に乗ってもらえないかと聞いてもらったところ、直接会って話してみろよと家に招待され、アレルギーの子でも食べられるケーキを作ってもらったわけだ。
 美味しいと可愛い笑顔を見せてくれて、それを動画で撮り、お礼と共に二人に見せたら喜んでくれた。
 今度、遊びに行くときに買ってきてやると約束したら、紙で作ったくまとうさぎの耳をつけて、
「おじちゃん、楽しみに待ってます」
 と声をそろえて言い、可愛く踊る動画が送られてきた。
 甘やかすなと弟の嫁に怒られてしまうが、両親同様に甥と姪にメロメロなのだ。
 二人の喜ぶ顔を想像しながら歩いていたら、何かが足に絡みついてきて下を向けばそこにビーグルが居る。
「またか」
 きっと飼い主はアイツだろうと思っていたら、土手をゆっくりとのぼってきた。
「お前ね、また逃げられたのかよ」
 リードを掴んで石井の方へと手を伸ばす。
「……どうも」
 これ以上、石井と話していたくはない。
「じゃぁな」
 素っ気なくそう口にしてこの場を立ち去ろうとするが、
「あっ」
 引き止めるように石井が声をあげる。手をすっと引き、もしかして今、自分を捕まえようとしていたのではないだろうか。
「なんだよ」
「飴」
「あぁ、あれは杉原がお前にって」
「そうですか」
 何故か不機嫌そうな顔をする。飴を置いたのが迷惑だったのだろうか。あれは杉原が自分たちの事を思っての気遣いであって、そんな顔をさせるためのものではない。
「あれは俺達が気まずくならないようにって」
「はい。あの件に対しては本当に申し訳ありませんでした」
 と深く頭を下げる。機嫌が悪いのかと思えば素直に謝ってくる。石井という男は本当によくわからない。
「お前の事、読めねぇわ」
「よく言われます。叔父にも心配されて、今の会社に就職したんですから」
 確かにあれでは心配になるだろう。人間関係の悪くない所なのに、石井を苦手だと思っている同僚が居るのだから。
「だったらさ、叔父さんの事を心配させるなよ」
「……だから、だろうが」
 ぼそりと何かを呟いたが、はっきりと聞こえなかったので「何?」と聞きなおせば、
「所で、これってLe・シュクルのですか」
 と箱を指差して聞いてきた。
「そうだけど」
 加藤が差し入れで持ってきてくれる焼き菓子。いつも食べている所を見たことがなかったので甘い物は苦手なのだろうと、故に店の名前を知っていた事に驚いた。
「好き、なんですか?」
 本当は気になっていたのだが、知らんぷりをしていたのだろうか。
「あぁ、好きだよ」
 甘い物は食べるが、特に好んで食べる方ではない。だが、それが切っ掛けで会社でも皆と話せればと思い、そうこたえただけなのだが、
「チッ」
 舌打ちをされた。しかも先ほどより更に不機嫌になっている。
 まただ。気を遣いそうこたえたというのに、神経を逆なでしてくれる。
「なんだよっ、お前は!」
 別に喧嘩をしたい訳ではない。だが、もう我慢も限界だ。
 石井はいつものように表情が乏しく、それが余計に大浜をイラつかせた。
「訳、わかんねぇ」
「加藤さんの事、好きなのかよ」
 呟くように吐きだされた言葉は、しっかりと耳に届いてしまった。
「……はぁ?」
 加藤の事は好きだし、尊敬している。
 ただそれだけなのに、舌打ちされる理由が解らない。
「お前ね、何なの、その態度は」
「犬のリードはわざと外しました」
「なん、だと」
「貴方がが使っている香水を覚えさせて、向かっていくように仕向けたんです」
 犬が都合よく自分に向かっていくかは賭けだったという。
「お前ッ」
 あきれてものが言えない。
「下らねぇことを覚えさせるな。こいつが可哀そうだろう」
「でも、こうでもしないと、切っ掛けがつかめないから」
 そんな事、子供だって知っている。
 昼休みに何度も食事に誘った。飲み会だって、話をするチャンスの場だ。それをふいにしたのは自分だろう。
「そういうのは自分自身でどうにかしろ!」
「大浜さん」
 驚き、そして泣きそうな顔へと変わる。
 その手を差し伸べてやるつもりは今はない。話は終わりと、彼の横をすり抜けて実家へと向かった。