Short Story

Anniversaire

 店の定休日と姪のナツメの誕生日が重なり、お祝いをする為の準備をしていた。
 十九時頃に行くねと聞いていたので、そろそろかと時計を見た所にインターホンが鳴る。
「はい」
 ボタンを押すとそこに映っていたのは見たくもない男の顔だ。
「何の用だ」
 眉間にシワが寄る。一気に機嫌が悪くなる龍之介に、
「清美さんに、ナツメちゃんのお誕生日会をやるからと招待されました」
 と、爽やかな笑顔を向ける。
 今、相当嫌そうな顔をしているに違いない。それなのにめげない関町にいらつきながら、心の中で彼を招いた清美を恨む。
「……入れ」
 部屋にあげたくないのだが、招待客なので仕方なく玄関のドアを開いた。
「お邪魔します」
 嬉しそうに部屋の中をキョロキョロと見渡している。
「あんまり見るなよ」
「えぇ、折角、お部屋に上がれたチャンスですし」
 いう言葉が怖い。
「大人しく座ってろ。出来なければ追い出す」
「わかりましたっ。えっと何処に座れば?」
 何も置かれていない場所の椅子を引いてここに座れという。
 自分の隣になってしまうが、仕方がない。
「姉に連絡するから待ってろ」
「はい」
 電話をすると清美がごめんなさいと謝ってくる。
「どうした?」
『つい買い物に夢中になっちゃって、ごめん、食事して帰るから関町君に食べさせてあげて』
「なんだと」
 ナツメの誕生日だからと張り切って作ったのに、その主役に食べて貰えず関町に食べさせろというのか。
『ごめんね、龍ちゃん。私があれもこれもってママにお強請りしちゃったから』
 ナツメが強請ったのならばしかたがない。誕生日なのだ。今日くらいは母親に甘えたいだろう。
「良いよ。料理はどうにでもなるし。ケーキだけは取っておくな」
『うん。後でママが取りに行ってくれるって』
「わかった。じゃぁな」
 通話を切る。
 眉間にシワが寄っていることだろう。関町がこちらの顔色を窺うように見ている。
「あの、清美さん、なんて?」
「お前に食わせてやれってさ」
 二人がいないので自分が座るはずだった場所に関町を移動させ、自分は清美の場所へ座ることにした。
「あの、ワイン持ってきました」
「リースリングか」
 辛口の白ワインだ。煮込んだ鶏肉料理に合う。
「ワインがお好きと聞きましたので」
「あぁ。俺もヴァン・ルージュを用意しておいたのだが、これを飲もう」
 ワインを受け取り、戸棚からワインクーラーを取り出して氷と共にワインを冷やし、ワイングラスを二つ用意して置く。
「料理、持ってくる」
 ナツメの好きな鶏肉料理。手間をかけて煮込んだ肉は柔らかく美味しくできた。
 それをフランスパンと一緒に食べるのが好きで、龍之介の気に入っているパン屋で買っておいた。
「うわぁ、美味しそうですね」
「ナツメの誕生日だからな」
 羨ましいというのを隠さず、テーブルの上の料理を眺める。
 関町とナツメの誕生日は一週間違いで、一緒に食事でもと誘われた。
 行く気が無いのできっぱり断ったのだが、店に押しかけてきて追い返そうとしたら客だと開き直った。
 隙あらばどうにかして食事に誘おうと思っていたのだろう。だが、タイミングよく客が訪れて忙しくなった。
 流石に邪魔になると思ったのだろう。結局、自分で誕生日用のケーキを購入して帰って行った。
 だが、ナツメには手の込んだ料理を作ってお祝いをしようとしていた。関町にとっては羨ましい限りだろう。
 もしかして実の弟を差し出して、関町の誕生日プレゼントに、なんてありえそうで怖い。
 弟よりも可愛い後輩。清美を恨みつつ、ワインクーラーで十分に冷えたワインを取り出してふたを開けてグラスに注いだ。

 関町は良く食べる男だ。若いというのもあるが、見ていて気持ちがいいくらいだ。
「おいおい、そんなにがっつくな」
「だって、龍之介さんの手料理ですよ」
 いつの間にかファーストネーム呼びするようになり、何度か注意をしたものの呼ぶのをやめないので諦めて隙に呼ばせるようになった。
 自分もファーストネームで呼んで欲しいと言われたことがあるが、それは頑なに拒否している。
「無理して食うなよ。余ったらタッパーに詰めて持たせてやるから」
 二人の分余るのだ。ナツメには改めて作ってやればいいからと言う。
「良いんですか! では、そうさせて頂きます」
 自分も少しだけ皿にのせて食べる。柔らかく美味しくできた。
「前も思ったんですが、龍之介さんってナツメちゃんより食べないですよね」
「俺は食うより見る専門。後はこれがあればいい」
 とワインの入ったグラスを持ち上げる。
「あぁ、だからですね。食べてる時に視線を感じるのって」
「はぁ?」
 そんなに見ていただろうか。
「お前の食いっぷりが凄すぎるから、呆気にとられてんだよ」
 美味そうに食べるものだからつい見てしまうのだろう。だが、それを正直に口にしたら調子に乗りそうなのでそう言って誤魔化した。
「食べすぎですかね?」
「まぁ、良いんじゃないか」
 まだ若いから良いけれど、歳を取ってから困るのは関町なのだから。
「うわぁ、関係ないって顔してますねぇ」
「は、解ってるじゃねぇの」
 からかうと楽しい。清美が可愛がってしまう理由がすこしだけ解ってしまった。
「良いですよ~。ジムに通いますから」
「そうしろ。そうすれば店に来なくなって清々するし」
「うう、酷いですっ」
 半べそをかきつつ、料理を口に運ぶ。これでは持ってかえる分までなくなりそうだ。
「関町、食うのは良いけど、少しは腹ン中、開けとけよ」
「え、あ、はい」
 どうしてだろうという表情を向けるので、立ちあがり冷蔵庫からケーキを取り出して一人分カットし、関町の前へと置いた。
「ケーキ!」
「ガトー・オ・フリュイ(フルーツケーキ)」
 おまけに苺を一つ多くのせてやった。
「良いんですか?」
「あぁ。関町、一週間過ぎたが、誕生日おめでとう」
 その言葉に、勢いよく起ちあがるものだから食器が音を立てる。
「おい、静かに……、んっ」
 注意している途中、まさか唇を奪われるなんて。
 ぴちゃぴちゃと音をたて、舌を絡ませる。
「ん、んぅ」
 やめろとその身を離そうとするが、後頭部を押さえられ吸われた。
 力が抜けて崩れそうになった所を、咄嗟にテーブルで支える。
「てめぇ」
 意外と肉食。濡れた唇を手の甲で拭う。
 キスに感じてしまった自分が憎らしい。
「だって、龍之介さんからお祝いしてもらえるとは思わなくて。嬉しくて自分を抑えきれませんでした」
「ふざけんな。帰れ」
 出て行けと払うように手を動かす。
「ケーキを食べたら帰ります」
 ご機嫌な関町にムカついて特別にのせてやった苺を摘まんで口に入れた。
「あ、俺の苺」
「煩い」
「返してもらいます」
 再びキスをしようとするので、今度はそれを拒むように両頬を挟んで押さえる。
「調子に乗るな。食わせねぇぞ」
「らでしゅ」
 嫌ですと言いたかったのだろうが、手で挟まれているので呂律が回らず舌足らずとなる。
「不細工な顔」
「ひろぃ~」
 今度は酷いか。眉を下げ、しょぼくれた顔をする。
「今後、俺に手を出したら、問答無用で叩きだすからな」
 本来なら部屋からただき出されても文句を言えない所だ。いつもイケメンな関町の不細工な顔を見た為か、少し溜飲が下がったのでそれだけはやめておいてやることにした。
「ふぁい」
 しぶしぶと返事をする関町の頭を叩いて手を離してやった。

 食事を終えても帰ろうとしない関町を追いだし、暫くして清美がケーキを取りに部屋へときた。
「ごめんねぇ」
 お詫びとワインの入った袋を手渡される。しかも良い品を渡すものだから怒るに怒れない。
「ワザとだろ」
「ばれたか。ナっちゃんがね、関町君にお誕生日のプレゼントしたいって。ママ、大賛成しちゃった」
 清美は実の弟よりも関町なところがある。しかもナツメも一枚かんでいるとは。これが可愛い姪っ子の為に頑張った叔父に対する仕打ちなのかと嘆く。
「もう、誕生日を祝ってやらないからな」
「やだぁ、龍ちゃんのケーキが食べられないなんて、姉ちゃんもナっちゃんも悲しいよぉ」
 泣きまねをする清美に、ナツメの為に取っておいたケーキを食べやすいようにカットして箱に詰めた。
「まったく。ほら、ナツメに」
「わーい、ありがとう。食べるの楽しみ」
 調子の良い。
 だが、昔から憎めない姉だ。
「さてと、帰るわね」
 清美は車できており、地下の駐車場まで送っていった。