Ennuyeux
ガラスケースに並ぶ洋菓子。目をキラキラとさせながら自分の作った菓子を選ぶその姿を見るのが好きだ。
幼い頃、近所の洋菓子店でガラスケースに顔を近づけ、色とりどりのケーキを眺めては自分も目をキラキラさせていたものだ。
パティシエの道に進んだのも、自分もケーキを作ってみたいと思ったから。
フランスへ学びに行きたいと言えば、家族は後押しをしてくれた。そのお蔭で充実した時間を過ごさせてもらった。親と姉には感謝してもしたりない。
帰国し、店も開く時も協力してくれた。本当にいい家族を持ったものだ。
フランス語でLe Sucre(ル・シュクル)、砂糖の事を意味する。佐藤龍之介(さとうりゅうのすけ)のファーストネームと甘いという意味をかけ、ルの部分は仏語のまま、Sucreはカタカナ表記でLe・シュクルという店名にした。
従業員にも恵まれた。蒼士は素直で明るい子で、ヴァンドゥール、ヴァンドーズもお菓子が好きでいい子達ばかりだ。
それから三年。店は順調だし、常連客もいる。
ただ、一つだけ、
「龍之介さん、お疲れ様です」
金曜の夜に店の外で待つ優れた容貌の男さえ存在しなければだが。
「客に迷惑だから、外で待つのやめて貰えないか」
「でもここなら邪魔になりませんよね?」
この、減らず口が。しかも従業員用の出入り口で待っている所が、龍之介を余計にイラつかせた。
「お前の存在自体が邪魔」
彼を手で押しどかして表通りへと向かうが、その後ろを当たり前のようについてくる。
「金曜日ですし、この後、飲みに行きましょうよ」
「俺は明日も仕事」
Le・シュクルの定休日は木曜・祝日。故に一般的なサラリーマンと一緒にしないでほしい。
「じゃぁ、食事に」
「一人で行け」
そう冷たくあしらい歩き出す。
「おやすみなさい」
その声に振り返らずに手を振って応えるだけ。きっと彼は姿が見えなくなるまで見送っているのだろう。
関町大雅(せきまちたいが)は愛想がよく整った顔をした男だ。
背丈は自分と同じ位だから180センチを少し超えているだろう。痩せている自分とは違い、スーツの似合う体つきをしている。歳は自分より五歳年下だ。
龍之介の姉である原清美(はらきよみ)の部下であり、高級輸入雑貨を取り扱う会社に勤めている。
初めて関町と会ったのは清美とその家族が住むマンションでだ。
義兄はバイヤーをしており、明日から海外に行く事になり一緒に飲もうと誘われたのだ。
清美から関町の話しを良く聞くからか、はじめて会ったのにそんな気がしなかった。
それを素直に口にすると、向こうも同じような事を感じたそうだ。
食事の準備は既にできているので関町を自分の隣に座らせ、ワインをグラスに注いだ。
話の中心は関町と清美で、話をつまみに義兄と龍之介は酒を楽しむ。
それも一段落した頃、関町がこちらへと顔を向けて話しかけてくる。
「えっと、佐藤さんはパティシエさんなんですよね」
清美から聞いているのだろう。関町は甘いものが好きで、何か作ってあげてと言われていた。
「甘いものが好きなんだってな」
「はいっ」
「関町君とナツメの為にタルト・フランボワーズ(木苺のタルト)を作っておいた。持ってくるよ」
冷蔵庫で冷やしておいたのをナツメと関町の分を大きめに、人数分カットする。
ナツメはその為に食事は少な目だったし、関町は酒も食事もガッツリと食べていたが、デザートは別腹なタイプのようだ。
大きめにカットされているのを見て喜んでいたから。
「頂きます」
それを食べた瞬間に、表情をゆるませこちらを見る。どうやら口に合ったようだ。
「すごく美味しいですっ!」
「そうか」
本当に美味そうに食べる。作った本人としては気持ち良くなれる表情だ。
「今度、お店に行きますね」
「あぁ、待っているよ」
その時はおまけしてやると言い、その後も楽しく酒を飲んだ。
家に帰るという関町と共にマンションを出た。火照った頬に夜風がとても気持ちが良い。
「あの、佐藤さん」
「ん?」
何かを言い淀む関町に、足を止めて言葉を待つ。
「少しだけ良いですか」
「何か話があるのか」
「はい。公園があるのでそこで」
もう少し夜風にあたりたかったので、良いかと誘いに乗ったのだが、まさか、あんなことを言われるとは思わなかった。
◇…◆…◇
こんな経験初めてだ。
少し大げさな例えだが、まるで雷に打たれたかのような衝撃を受けた。
今まで付き合ってきた相手に対して、こんな風になった事は無いし、告白も別れも向こうからだった。その度に「いいよ」しか口にしたことがない。
なんとなくの付き合いは長続きするわけがなかった。
本気の恋はこんなにも胸をときめかせるモノなのか。
しかも相手はどこからどうみても男。中性的という訳でも美人という訳でもないが色気のある人だ。
身長は同じくらい。体型は細めで少しほりが深く顎鬚をはやしている。
パティシエをしているので、普段は髪をひとまとめにしているのだが、帰る時はそれをほどいていて、黒のライダースと細身のパンツというスタイルは、パティシエをしている時とは違う男らしさがありカッコイイ。
龍之介の事を意識し始めたのは、初めて彼の作ったお菓子を食べた時だ。
清美からは話しで聞いていたので、いつか会ってみたいと思っていた。
それが叶ったのは、原が仕事で暫く日本を離れる事になり、彼らの家に招待され、そこに龍之介も呼ばれていたからだ。
清美が話していた通りに、お菓子を作るのが好きな人だった。
しかもお菓子を作ってくれて、甘いものが好きで喜んで食べていたら、そんな自分を優しく見つめていた。
そして目が合って、心臓を打ち抜かれたわけだ。
住む場所が同じ方向にあり、途中まで一緒にかえりましょうと誘った。
もっと一緒にいたいし、この芽生えた想いを伝えたいという気持ちもあった。
少しだけ良いですかと近くの公園へと誘った。
「どうした?」
「一目惚れしました。好きです」
と告白したら、
「俺はノンケだから無理」
と断られた。
「えっと……」
ノンケってなんだとスマートフォンで調べたら、ゲイ用語らしく、同性愛のケのない人(その気のない人)らしい。
「あぁ、なるほど。って、俺、別にゲイって訳じゃないですよ?」
「はぁ? 俺、男だぞ」
「わかってますよ。男の人を好きになったの、初めてですし」
今までつきあってきた人は全て女性だ。だから違うと首を横に振るう。
「そのことはどうでもいい。ただ、良く知りもしない、しかも男と恋愛する気はない」
諦めろと肩を叩かれ、帰ると言って行ってしまった。
いつもならそこで恋をあきらめているだろう。だが、龍之介に対しては諦めきれない。
しかも会いたい気持ちが暴走し、店に通い詰めてた挙句にぐいぐいと押していたらすっかり嫌われてしまった。
どうしたら距離が縮まるのかと、龍之介の事を想うたびに二人の距離は離れていく。
どうするべきか解らなくて、清美に相談した。
「あらやだっ」
はっとなる。そうだ、実の弟が男に好かれていると聞かされて気分は良くないだろう。
それすら思い浮かばないなんて。
「すみません。弟さんを好きになってしまって」
これでは龍之介だけでなく清美にも嫌われてしまう。
「あの、清美さん」
今更、聞かなかったことになんて事には出来ない。
ぎゅっと目を閉じて次の言葉に備えていれば、
「関町君、応援するわよっ!」
と両手を包み込む。
「え? 応援」
聞き間違いかと思ったが、任せておいてと清美が自分の胸を叩く。
「良いんですか」
「だって、恋愛は自由よ。それに本気なんでしょう? 貴方の想いを止める権利は無いわ」
と言ってくれた。
なんて優しくて頼れる人なんだろう。
「ありがとうございます」
その手を握り返せば、清美が何かを企むかのようにニヤリと笑う。
「……ん?」
気のせいかと目を瞬かせれば、いつもの優しくて頼れる上司の清美が目の前。
勘違いだったかと息をはき、宜しくお願いしますと頭を下げた。
誕生日には龍之介と一緒に過ごすことは出来なかった。食事に誘ったが断られてしまったからだ。
それでもめげずに当日も誘いに行ったが、忙しくなってしまい無理だった。落ち込む大雅を清美は慰めてくれ、ナツメの誕生日会に招待してくた。しかも龍之介の住む部屋でやるそうで、その日を楽しみに待つだけだ。