放課後デート
買い物に付き合ってと言われて、向かった先は画材店だった。
そこの入口に尾沢兄が立っていて、どうしているんだと総一さんを見た。
「冬弥とはここで待ち合わせしていたんだ」
なんだ、デートじゃなかったのかよって、何考えてんだ、俺。
「拗ねるな、田中」
口元は手で隠れているが、目はおもいきり笑ってる。面白がりやがって。
「すねてねぇし。尾沢さんがいるって聞いてなかっただけだ」
「そうだったな、言うのを忘れていた」
デートに浮かれていたと、耳元に甘い声で囁かれて、俺はビクッと肩を震わせる。
「な、なっ」
耳を押さえながら顔を離すと、総一さんの目と合って、顔があつくなってくる。
「ちょっと、俺もいるんだけど」
「そうだったな」
やべぇよ、総一さん、気になる相手に対して、いつもそんななの?
尾沢兄のこと、なんでいるんだと思っていたけれど、ここにいてくれてよかった。
中に入ろうと総一さんが俺らを促す。そして、
「どうしても二人と一緒に来たかったんだ」
着いてくるように言われて、後に続く。
「そろそろ、はじめようかと思って」
それを聞いて尾沢兄が嬉しそうな顔をし、背中を軽く叩く。
「そうか、描く気になったか」
「あぁ。あの時、冬弥が心を救ってくれた。そして秀次は描きたいという気持ちにさせてくれた」
尾沢兄は納得だが、俺は何もしていない。
「俺は何も」
ここにいる資格はないと呟くと、
「いや、お前はいるべきだ、田中」
尾沢兄が俺の背中を強く叩く。
「痛ぇよ」
乱暴な励まし方だけど、嬉しいよ。
「冬弥、そして秀次、付き合ってくれてありがとうな」
総一さんが真っ白なキャンバスを手にする。
よかったな、ほんとうに。その瞬間、俺の目頭が熱くなる。
「泣くなよ、田中」
という尾沢兄の方が泣きそうだと思う。
「アンタこそな」
「アンタじゃねぇよ。冬弥さんと呼べ、秀次」
呼び方が田中から秀次とかわる。なんか、認められた感じがして少し照れくさい。
「は、尾沢兄で充分だろ」
と憎まれ口をたたき、そして尾沢兄ではなく冬弥さんと口にした。
「お前ら、俺の前でイチャつくな」
俺を抱き寄せて自分の方へと引っ張った。
「ちょっと、総一さん」
「総一君たら、嫉妬深いんだからぁ」
指で身体を突く冬弥さんに、総一さんの強烈なデコピンがさく裂した。
ひぃ、あれは絶対に痛いやつ。
額を押さえたまま動かない冬弥さんに、総一さんは放っておいて俺の肩に腕を回した。
総一さん、最強。
「それでだ。秀次、モデルをしてくれないか?」
「え、俺?」
総一さんの手助けができるなら嬉しいけれど、俺なんかでいいのか。
「秀次のことを描きたいんだ」
「それこそ冬弥さんの方が絵になるんじゃ……」
「お前の身体、理想的なんだ」
そっと首を撫でられてゾクゾクときた。
「総一、セクハラしていないで買っといでよ」
痛みから復活した冬弥さんが俺と総一さんの間に入る。
やばかった。前に絵を描いていた時に見せた、射抜くような目をしていた。
「そうだな。行ってくる」
「おう。ここで待ってるわ」
冬弥さんが間に入ってくれなかったら、俺、どうされていたんだろう
「本気になると周りが見えなくなるんだから」
やっぱり、危険だった!?
ニィと意味ありげに口角をあげる冬弥さんに、俺は無事でよかったと安堵する。
「なぁ、総一に協力してやってくれないか」
俺でいいのか、本当に。
冬弥さんは俺が思っていることに気が付いたようで、大丈夫と背中を強く叩かれた。
「アイツが求めているのはお前なの。だから自信を持て」
頼んだぞと念を押された。
総一さんが、俺がいいと言ってくれるなら協力は惜しまない。
「わかった」
会計を済ませて戻ってきた総一さんに、モデルを引き受けると告げると嬉しそうな顔をした。
詳しくは明日と言われ、画材店を後にする。
画材を持ったままデートの続きという訳にはいかず、今日はここでおしまいとなる。
「今日は付き合ってくれてありがとう」
「あぁ。また明日な」
「今度は二人きりで、デートしよう」
デートじゃなくて遊ぶ約束な。
そう口にしようとしたが、総一さんは冬弥さんと話をし始めてしまい、言いそびれてしまった。
この頃、こう、甘酸っぱい系のものはなかったからさ、俺、彼女がいたときってどんなだったんだろう。
相手に押されっぱなしで、自分のペースにもっていけないなんて。まるで、恋愛に慣れてない奴みたいにまごついている。
かっこわりぃや。だけど、どうしてだろう。それが嫌じゃないと思ってるのだから、昔の俺じゃ考えられない。
かわったんだな、総一さんと出会ってから。ほーんと、すげぇや。あの人の存在って。
◇…◆…◇
半分、上の空の授業が終わり、昼休みにいつものように美術室へと向かう。
いつもと変わらない光景。だが、総一さんの笑顔がやたらキラキラとしてみえて目を細めた。
「待っていたぞ」
「おう、どうも」
席に座りコンビニの袋を置く。
弁当を開くよりもさきに、
「秀次、モデルの件なんだが」
と話しだす。しょっぱなからそれか。身構える俺に、総一さんは笑う。
「今日からと言ったけれど、土曜か日曜、どちらか俺の為に時間をくれないか」
「別にかまわないけれど、ここで描くんじゃねぇの?」
「いや、家に来てほしい」
え、それって、部屋で二人きりってことかよっ。
総一さんは絵を描く為に俺を呼ぶのであって、別に変な意味ではない、よな?
「昼休みは時間が足りないし、秀次のことは他の部員に知られたくないし」
そう言われて、一気に冷めた。
あぁ、なんだ、そういうことか。昨日は俺のだと知らしめるとか言っていた癖に、やっぱり俺みたいなやつがモデルとか、周りにばれたくないんだな。
勘違いなことを言う前に気が付けて良かった。恥ずかしい思いをするところだった。
「わかった」
落ち込むな。俯いた途端に、手の甲にポタリと雫が落ちて、あわててそれを拭い取る。
情けねぇなぁ。なんか、総一さんと出逢ってから泣き虫になった気がする。
総一さんの指が俺の顎をとらえて顔をあげられてしまう。
「不安になるようなことを言ってしまったのか、俺は」
「べつに、なんでもねぇよ」
そっと頭を抱きしめ、よしよしと言いながら撫でてくれた。
「秀次、何が気になったんだ。話してくれないか」
「他の部員に知られたくないって」
それがすごく胸に刺さったんだ。
「勘違いさせたか。そういう意味じゃない」
「じゃぁ、どういう意味だよ」
「俺以外の奴に、ちやほやさせたくない」
なんだよそれ、恥ずかしいなっ! ぶわっと熱が一気に上がる。
「まったく、お前は可愛い奴だな」
とキスをされた。
「んぁ、そういちさん」
キスをしながら手が脇腹を撫で、腹筋へと触れる。
ちょ、それはっ。身体がぞくぞくして、このままじゃヤバい。
「やっぱりいい筋肉している」
「駄目だって」
胸を強く押すと、唇と手が離れた。
俺は自分自身を守るように身体を小さくしする。
「油断も隙もねぇ」
「好きな子にさわりたいと思うのは普通だろ」
そりゃ、わかる。でもさ、俺の気持ちがもたねぇよ。
「学校ではやめてほしい」
「我慢できたらな」
と言った口で頬にキスをした。マジで、手が早ぇ。
「我慢する気なんか、全然ねぇだろ」
俺の言葉に、総一さんが不敵に笑う。
くそ、勝てる気がしねぇ。
俺は悔しくて、総一さんの分厚い胸板に、パンチを一発くらさせた。