獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

作戦会議

 ふとした瞬間に昨日の行為を思い出して口元が緩んでいる。
 まさかライナーと交尾をする日がこようとは思わなかった。
 気持ちが良すぎて何も考えられずにライナーにしがみついていた気がする。
 思い出すだけで顔から火が出ているのではないかというくらいに熱い。
 獣人は交尾を恥ずかしがらない。だけどエメはあまりに慣れないことだけにこういう反応をしてしまうわけだ。
「ライナー先生の、まだ入っているような感じがする」
 後孔が疼いて、少しでも触れたらすぐに感じてしまいそうだ。
「ライナー先生が俺と一緒だったの、嬉しかったな」
 ライナーのを見たのはいつぶりか。人の子のアレは無防備で不安になるが、戦闘モードに入ったらかなり強かった。
「またしてくれるかな……て、貪欲になるなよ俺」
 我慢ができないと言っていたから発情がきて誰でもいいからしたかっただけかもしれない。それでも相手に選んでもらえたことが嬉しいという気持ちが勝ってしまう。心から愛されなければ虚しいだけなのに。
 両頬を叩くと予想以上に大きな音が出てしまい、その音に驚いてかルネが顔をのぞかせた。
 この頃はひとりが会計を担当し、ひとりが雑用をこなしつつ空いた時間にエメの元でパンつくりを学んでいた。
「どうしたんですか」
「ごめん、気合を入れていたところ」
「そうだったんですね。でも手加減してくださいね。頬が真っ赤です」
 労わるように両頬を撫でるルネに、ありがとうと告げて頭をなでた。
「あの、エメさんはライナー先生と番になりたいと思わないのですか?」
「んっ!」
 いきなり何を言い出すのか。
 昨日の痕跡は残っていないはず、だよなとおしりを押さえながらルネをみる。
「どうしてそんなことを言うの?」
「エメさんがライナー先生のことを好きなのはわかっていますがライナー先生もですよね」
 やはり昨日の匂いが残っているのだ。
 あたふたとするエメに、
「もしかして気が付いていませんでしたか。マーキング、すごいですよ」
 マーキング、それは獣人たちが自分のものだと誇示する行為。体に歯形や匂いを残すものだ。
「えっと、ギーも気がついているよね」
「はい。今日はとくにすごいので、そういうことなのかなと」
「……はい。いたしました」
 交尾を恥ずかしがるのはごく一部だけだ。だが成人の儀を終えたばかりの若者にばれたということが恥ずかしくて顔を手で覆う。
「エメさんは悪いほうへと考えすぎなんですよ。ライナー先生は性欲を吐き出すためだけにエメさんにせまったりはしないですよね?」
 それが答えじゃないですか。そうルネが口にする。
 そうだ。ライナーはそんなひとではない。それを一番わかっているくせに、どうして向けられる愛情を素直にうけとれないのか。
「うん、そうだよね、俺がネガティブなことばかり考えてしまうから悪いんだ」
「大好きな人だから慎重になってしまうんですよね」
「そうなんだ。俺のことは子供みたいなものだと思っているんじゃないかって」
「不安になる気持ちはわかりますが、ライナー先生のことを信じてエメさんの気持ちをぶつけてください」
 大丈夫です。ルネのその言葉がエメに勇気を与える。
「ありがとうルネ。気持ちを伝えてみるよ」
 ルネを抱きしめ肩を叩く。
「そうと決まれば、作戦会議をしましょう!」
「作戦会議?」
「そうです。最高のシチュエーションで求婚しましょう」
 なぜかルネのほうがやる気満々だ。
「お、おう」
 少々押され気味のエメも拳をゆっくりとあげた。

 店を閉めた後、パンを買いに来てくれたブレーズとリュンを加えた五人で作戦会議が始まる。
 とはいっても、リュンはよくわかっていないようで貰ったパンをおいしそうに食べている。
「やっと求婚する気になったんだね」
 ずっと気にしていたとブレーズに言われ、どうして知っているのかと驚いた。
「え、なんで」
「エメがライナー先生が好きなことは見ていればわかるから」
 と言われてギーとルネを見れば頷いている。
「うそ、だって誰にも言われたことがないし」
「皆、温かく見守っているんだよ」
 まさか気持ちがバレバレだったなんて。
 でも、それならライナーはなぜ何もいわないのだろう。もしかするとエメの気持ちが迷惑だからだろうか。
「エメ、耳が立ったと思ったらしょんぼりしているけど、もしかして変なこと考えてない?」
 その通りだ。
「だって、先生から何も言われたことがないから」
「あ……ライナー先生の場合、エメの近くにいすぎてわからないのかもしれないね」
 本当にそうなのか。もし、そうだとしたら意識させるのは難しいのではないだろうか。
「あぁ、エメ、落ち込まないで」
 ブレーズを困らせたい訳ではない。だけど落ち込む気持ちをどうすることもできない。
「ごめんね、作戦会議は終わりに……」
「待ってください。いつもと違うエメさんを見せて意識させましょう!」
 ルネがエメの手を握りしめ、ギーとブレーズへ顔を見合わせた。
「さっきね、ギーとルネに特別な服を作ってほしいって言われたの」
「服を?」
「そう。ルネ」
「はい。特別な服を着て綺麗な花の咲く庭園で求婚するのはどうでしょうか」
 ロゼット庭園。王都から南に位置し、日帰りで行ける場所でもあるそうだ。
「着飾って、永遠の違いをするんだよ。僕はリュンとセドと家族になった後にそこで誓いあったんだ」
 ブレーズとリュンの襟にはおそろいのピンバッチがつけてある。
「かぞくのしるしなの」
 とリュンが自分のピンバッチをエメの方へと見せた。
「いつもと違う姿を見たら、ライナー先生だって気になると思うんです」
 ルネが握りしめている手とは別の方をギーが握りしめた。
「ふたりとも……」
「必要なものは用意するから。エメ、頑張ってみない?」
 ブレーズは服を、移動手段はジェラールに頼んでみるという。
 そして計画をたててくれたギーとルネ。
 皆がエメの背中を押してくれる。
「ありがとう。俺、頑張ってみる」
 そう口にすると三人はまるで自分のことのように喜んでくれた。