番になろう
約束をしていたデートの日がやってくる。
新しい服と爽やかな香りのするオイルを塗りライナーの元へいく。
「似合うぞ、エメ。それにいい香りがする」
鼻を首毛に近づけてすんと鼻を鳴らした。
「お出かけだから、たまにはお洒落でもしてみようかなって」
「そうか」
ライナーも普段とは違う服装で、落ち着いた色合いのジャケットが良く似合う。
かっこよくてポーと見ていたらライナーが口角を上げる。
「この服はな、ブレーズがエメと出かける日に着てくださいって持ってきてくれたんだ」
作戦会議の日にルネがブレーズとジェラールに声をかけていて協力してもらった。
特別な服を作るから当日のお楽しみにといっていたが、とてもよく似合っていて心の中で彼に感謝の言葉をおくった。
しばらくすると馬車が門の前に止まる。馬車の操縦はできないのでジェラールが御者を引き受けてくれた。
御者台はふたり乗りで隣にはギーの姿がある。
「ジェラール、今日はありがとうね。ギーも付き合ってくれるんだね」
ジェラールだけだと思っていたのだが、どうやらエメの知らないところでそういう話しになったのだろう。
「おうよ。旅のお供に誘ったのよ」
一人で手綱をとるよりも、ふたりで話をしながらの方がジェラールも楽しいだろう。
「遠出をすることなどなかったのですごく楽しみなんですよ」
うきうきとしているのは尻尾と耳を見ればわかる。
「ふたりとも、今日はよろしく」
「任せておけ。幼馴染のためだもの」
手伝ってくれた皆には今度お礼に家に招いて料理を振舞うつもりだ。
嬉しいお知らせもプラスできたら、そう思いながら馬車の中へと乗り込んだ。
庭園でエメたちをおろし、ふたりは別の場所でピクニックをするという。
ジェラール用にもお弁当は作ってきたが一人分だ。エメの分も渡そうとしたがギーも用意してきたと言っていたので一人分のお弁当を渡しておいた。
入口までは少し歩くことになるが、話をしながら歩いていたらあっという間に感じた。
「わぁ、花のアーチ」
「この先に庭園と館があってガラス細工が展示してあるそうだぞ」
ここへ来る前に同僚に聞いたのだとライナーが言う。
「そうなんだ。楽しみ」
周りを見ると手をつないで歩いている。それを見て羨ましい気持ちになった。
「エメ、ここは広い。迷子にならないように手をつなごうか」
心が読まれたかと思った。驚いて耳と尻尾がたちあがった。
「あ、うっ、俺、子供じゃないよ」
つい強がってそういってしまい、しまったと今度は耳と尻尾がたれさがってしまう。
「エメじゃなくて俺が迷子になるからだ」
手のひらを上に向けてこちらに差し出した。
時折思うのだがライナーは心が読めるのではないだろうか。
手をつなぎたいというエメの気持ちに気が付いて、しかも手をつなぎやすいように言葉をそえて。
昔からそうだ。そのやさしさが愛おしくて切なくなる。
「それじゃ、手をつなぐね」
何度もつないだことがあるのに今日はやたらと緊張する。ライナーの手を爪で傷つけぬように指を絡ませた。
「知っているか? 人の子の国では恋人つなぎというんだぞ」
とつないだ手を持ち上げて笑う。
「え!」
それを今言うのか。
今までずっとそうしていたのかと思うと恥ずかしく指をほどこうとしたがライナーがそれを許さない。
「俺を迷子にするつもりか」
「うっ」
そもそも手をつないだ理由がそれだ。恋人としてではない。
そう言われてしまっては離すに離せない。
「なんだ。俺とじゃ嫌だったか?」
とどめの一言。
「嫌じゃない」
嬉しくて困る。
「さて行こうか」
「うん」
花をめでながらゆっくりと歩く。
色々な花から甘いにおいがし、そのたびに足を止めて鼻を近づけた。
「この花て食べられるんだって。コムギをミルクでといた生地に並べて焼いたら綺麗だろうな」
「エメの作ったクリームとジャムをのせて巻いたらおいしそうだな」
「見た目も綺麗だしイイね」
他にもジャムにできる花があり、つい、仕事の話しになってしまった。
「職業病かな。折角、お花を見に来たのに普段と変わらない」
「そんなことはない。素敵な服を着ていいにおいがするエメと歩いているとデートをしているようで楽しい」
「本当?」
「あぁ。エメは、今日の俺をみてそういう気分にはならないか」
「俺は、朝からドキドキしているよ」
そう、朝からずっとふわふわとして落ち着かない。
「だって、誰よりも愛おしい人だもの」
ぽろりと、思わず声にでてしまった。鐘の丘で告げるつもりだったのに。
全身の毛が逆立った。そして熱がこみあげて、まるで頭の上で湯気がでているのではないかと思うくらいにだ。
「はう、これは、その、もっとさきで言うつもりで、番になりたいとか、そういうのは別で」
順番通りにできなくて焦って余計なことまで口にでてしまう。これでは皆に協力してもらった意味がなくなってしまう。
「あ、番になりたくない訳じゃ……」
「エメ、まずは落ち着いて」
ライナーが抱きしめて背中をポンとたたく。
「違うの、本当は」
「エメ、俺とどうなりたいの?」
言ってごらんと顔を覗き込まれて、さらに熱が上がっていく。
「ライナー先生の、番になりたい、です」
そう口にするとライナーの胸に顔を埋めた。
「やっとだ。エメの口からその言葉を聞けたのは」
「え?」
どういうことだと顔を上げると、ライナーがはにかみながらエメを見ている。
「エメに意識してほしかった。そして番になるのは自分なのだと解ってほしかった」
すでに隣はエメのために開けてあったということか。
それなのにうだうだと悩んで、勇気をだして言うべきだった。
「エメが俺のことを好きなのはわかっていたし、誰かに渡すつもりはないからな。少しずつ攻めていたんだがな、難攻不落だなお前は」
それでも気が付かないから焦ったと鼻先を指ではじかれた。
「からかわれているのかと思って」
「やっぱりそうとるよな」
今度は鼻をはじかれるのではなく頭をわしわしと撫でられる。
「そうだよ」
「これからはお前が好きだからキスをする。だから意識しろよ?」
と顔を覗き込んで口角を上げる。とてつもなくかっこよくてエメの鼓動が跳ね上がった。
「俺、心臓が持たないかも」
「可愛いことを言ってくれるなぁ」
とキスをした。
かるく触れるだけのキスでも、そこには幸せがプラスされている。甘く痺れてとろけてしまいそうだ。
「くぅぅぅん」
耐えきれずにしゃがみこむエメに、ライナーが手を差し伸べる。
「知っているか。ここには永遠の鐘というのがあってな、番になりたい者が一緒に鐘を鳴らすんだ」
「鐘の丘だよね。本当はそこで告げようと思っていたんだ」
「そうか。それならば今度は俺から求婚してもいいか?」
それはエメにとっても願ったりだ。
「お願いします」
と手を差し出すとライナーがその手をつかんで恋人つなぎをした。
「よし、行こう」
鐘の丘へと歩いていくとやたらと獣人と人の子がいる。自分たちのように求婚する人がたくさんいるんだなと思って見ていたら、その中に知った顔がある。
「あれ、ギーとルネ、ジェラールにブレーズたち家族、それに父さんと母さんまで。え、なんでいるの?」
「俺とエメの大切な人たちに見守ってもらおうと」
「え、先生、俺が告白しなかったらとか思わなかったの?」
「言ってくれると思っていた」
確かに番になってほしいとエメの方から言ったが、全ては思い通りということなのか。
「うわー、先生の掌の上で転がされてた」
「悪い大人になってはだめだぞ、エメ」
満面な笑みを浮かべて言うものだから、何度も肯定をするように頷いた。
「さて、エメ、俺たちの晴れ舞台だ」
「うう、緊張する」
「俺のために頑張ってくれ」
一緒だから大丈夫。強く握りしめた手からそう伝わってくるかのように感じた。
鐘の丘へと向かうと、皆がふたりの到着を待っていた。
「待ってたぞ、おふたりさん」
ふたりはうまくいったのだと思っているから皆が笑顔なのだろう。
「やっと身をかためる気になったのね。よかったわ」
「ライナーくん、息子をよろしく頼むよ」
と両親がライナーに声をかける。
「え、気が付いていたの?」
その口ぶりだと前から知っていたのだろう。
「何を言っているのよ。皆、気が付いていたわよ。ねぇ」
母親に言われて皆を見ると頷いていた。
「エメは自分の魅力に気づくべきだぞ」
前にライナーにも言われたことがある台詞をジェラールが口にする。
「でも求婚してくれる獣人はいなかったよ」
「そうだろうよ。ふたりの間に割り込もうなんて考える奴はいないさ」
とセドリックが言うとまたもや皆が頷いた。
「エメはライナー先生しか見ていないし。ライナー先生はエメに下心をもって近寄ろうとする奴を牽制していたからな」
さらに言葉が続き、そうだったのかとライナーを見る。
「ちょっと、それはばらさなくていいから」
ライナーが額に手を当てて軽く睨みつける。ほんのりと頬が赤く染まっている気がする。
「せんせいとエメはなかよしだものね。セドとブレーズみたい」
リュンの目にはそう見える、らしい。
番になり家族となった三人は甘くてほわほわと暖かな雰囲気に包まれている。
「そっか、嬉しいな」
じわじわと熱がこみあげて、尻尾が大きく揺れた。
「そう言ってもらえると、こっちも照れるぞ。な、ブレーズ」
「うん」
セドリックがブレーズの手を握りしめ、もう片方の手はリュンの頭に。
「甘々ですね、団長」
ジェラールがヒューと口笛を鳴らし、尻尾で尻を叩かれた。
「さて、ライナーくん、そろそろ……」
エメの父親が促すように言い、エメは和みかけたところに緊張が走る。
「エメ、手を出してくれるか?」
「うん」
ライナーの方へと手を差し出すと、その手を掴んで、
「これからの人生を共に歩んでほしい」
と手首に腕輪をはめた。
「あ……」
求婚をするときに宝石を贈る。腕輪にはエメラルド色の宝石がついていた。
「俺の瞳の色だ」
「うん、俺も、先生に用意したんだよ。俺の目の色と同じ宝石を」
ループタイと止め金具。仕事でもつかえるようにとシンプルなデザインのものを選んだ。
「これからは仕事に行くときにエメにつけてもらおうかな」
「うん」
「おめでとう、ふたりとも」
拍手とお祝いの言葉をもらい、ふたりそろってお辞儀をする。
「さ、鐘を」
親が鐘の方へと向かい、エメたちに鈴紐を差し出した。
「うん。先生」
「あぁ」
それを受け取り一緒に鈴紐を掴んで鐘を鳴らすと、タイミングよく風が吹いて花びらが舞い、皆の暖かな笑みと暖かな雰囲気に包まれてふたりは顔を見合わせて笑いあった。
「エメ、これからもよろしくな」
「うん。ライナー」
もしも番になれたならこう呼びたかった。先生呼びをしていたのは、ライナーに番ができたときのための予防線だったから。
「ふ、名前の後に先生がないだけで一気に番感が増したな」
「そう、かな」
名前呼びは思った以上に恥ずかしくて顔が熱い。
「可愛い奴め」
そういうと鼻をこすり合わせた。