獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

一緒に朝ご飯

 店を閉めた後に宣言通りの夕食を作ろうと買い物を済ませてライナーの部屋に向かう。
 帰ってくるまでに美味しく煮込めるだろう。後はとっておいたバケットとサラダを用意する。
 ライナーが帰るのを待つが一向に戻らない。急患でも入ったのだろうか。
 それとも別の何かがあったのか。昼間のことを思い出してそれを追い出すように頭をふるう。
 ニコラはまだここに来たばかりなのだから優しくするのは当たり前だ。
 そんなことは考えないでいつものようにライナーがいつ帰るか待っていようと気持ちを切り替えりが、今日に限って帰ってくるのが遅い。
「ライナー先生まだかな」
 スープが美味しくできた。きっと優しい顔をして美味しいと言ってくれる。
 思えば初めて作った料理を食べた時もそうだった。忙しい両親の替わりに兄と一緒にご飯の支度をしていたが、けして上手ではなかった。
 一人で作ったこともなく、それでもライナーに食べてほしくてスープを作ったのだが、それが失敗作で味が濃くてまずいものだった。それなのによそった分を全部食べてくれた。また作ってくれよと頭をなでてくれた。
 それから料理がエメの趣味となった。心から美味いと思ってもらえるように頑張った。
 昔のことを思い出しているうちに頭が眠気が襲う。少しだけ目を閉じようかと、したら最後。ガクっと頭が下がりハッとして目が覚める。
 いつの間にか眠ってしまっていたようで体を起こすと床にブランケットが落ちた。
「あ、これ」
 拾い上げて椅子に掛けるとテーブルの上に置いておいたパンが一つなくなっていた。
「ライナー先生帰ってたんだね」
 お出迎えが出来ずにしょんぼりと尻尾を垂らす。寝室へと向かえば寝息を立てて横になるライナーの姿があった。
「起こしてくれたよかったのに」
 エメが寝れるように一人分のスペースが空いている。そこに横になりライナーの匂いをすんすんと嗅ぎ始める。
 それだけで胸がいっぱいになって満たされる。安心したら再び眠くなってきて彼を抱きしめて目を閉じた。

 昨日の夕食を抜いたせいかいつもより早く目が覚めてしまった。
 すると隣でライナーがもぞもぞと動き、ゆっくりと起き上がった。
「起こしちゃった?」
「いや。腹が減って目が覚めた」
 どうやらエメと同じ理由のようだ。
「おんなじだね」
 と笑うとそうなのかとライナーも笑う。
「昨日のスープ食べようか」
「あぁ。楽しみにしていたんだ」
 着替えをし、キッチンへと向かう。
 その後にライナーが続き後ろから鍋を覗き込んだ。
「いいにおいだ」
 後ろから抱きしめるようなかたちで、なんだか朝からむずむずとするなと尻尾を揺らした。
「こら、俺のあれを刺激するな」
「ん?」
 あれと言われて顔を後ろにむければ尻尾が下半身のものへと触れていた。
「え、あ、そんなつもりじゃ!」
 ただ嬉しかったから揺れてしまっただけでそういうつもりではない。
「誘っているのか?」
 口角が上がり、熟した大人の色気を感じさせた。
「ライナー先生、俺、本当にそういうつもりじゃ……」
 恥ずかしくてうつむくと、冗談だと頭を撫でられる。
「エメは初心だな」
 昔は一緒にふろに入っていたからライナーのも見たことがある。だがそれを意識をしてしまったら駄目だ。
「ライナー先生、座って待ってい、あっ」
 頭を撫でていた手がゆっくりと背中を撫でて尻尾へと触れる。
「ひゃ、せんせい、尻尾は」
「ルクス系は耳と尻尾が弱いんだったな」
 ルルス系が顎の下や頭を撫でられるとゴロゴロと喉を鳴らすように、ルクス系も気持ちよくて尻尾を揺らし、キューンと甘える声が出てしまう。
「ふふ、顔が真っ赤だ。エメはそのままでいい」
 とライナーの手が離れて椅子を引く音が聞こえた。
「ライナー先生こそ朝からやめてよぉ」
 からかわれたのだ。
 ライナー曰く、可愛いからするのだそうだ。たまにこういうことをしてくるのでそのたびにこの言葉を思い出す。
「こうやって若いのを構うから鬱陶しいがられてしまうんだな」
 その言葉にスープを皿によそう手がとまった。それは自分以外にもしたということか。
「え、ライナー先生、誰かにやったの?」
 揺れていた尻尾の動きが止まる。
「ん、まぁ、な」
 すぐに思い浮かんだのはニコラだった。可愛い人の子だったから構いたくなるに違いない。
「そう。ライナー先生、俺はいいけれど他の子は駄目だよ。勘違いしちゃうから」
 声が震えそうになりながらもなんとか言えた。
「そうだな。俺も嫌われたくはないから気を付けるよ」
 その答えはさらにエメを傷つけた。
「うん、それがいいよ」
 スープをよそいライナーの前へと置くと、
「ライナー先生、俺、朝食はいいや」
 エプロンをはずして椅子に掛けた。
「エメ」
 ライナーの手が腕をつかむ。こんな気持ちで一緒に食事は無理だ。そう思っていたのに、
「一緒に食べたいんだ」
 そんなふうに言われたら気持ちが揺らぐ。
「美味しいものはエメと一緒がいい」
 さらに追い打ちをかけられて、エメの心は簡単に傾いた。
 そんなふうに言われたら嬉しい。それでも突っぱねる真似などエメにはできなかった。
「わかった。一緒に食べよう」
 と口にしていた。
 皿をとり自分の分をよそうと椅子に腰を下ろす。
「頂きます」
 二人そろって手を合わせてスープを一口。野菜と肉が柔らかく、出汁がスープに溶け込んでいる。
「美味いな」
「うん。少し味が濃くなったからパンを浸して食べるといいよ」
「そうしよう」
 パンをつけて食べると最高に美味しい。
「耳がピコピコと動いていいるぞ」
 そう言われてエメは恥ずかしくて耳を抑えると、
「だが、そうなるくらい美味い」
 ライナーは自分の耳をつまんで動かした。
「ふふ、一緒」
 優しい目をして見ている。
 温かくて幸せな時間に胸が切なくなりキューンと喉が鳴った。
「こら、そんなに可愛い顔をしていると撫でまわすぞ」
「うん、せんせいになでられるのすき……」
 うっとりとライナーを見つめていたら鼻先に痛みが走り、
「きゃうんっ」
 どうして指ではじかれたのかわからずに両手で押さえる。
「なんで」
「ボーとしているからスープが垂れているぞ」
 と指さす場所へと目をやれば確かに汚れていた。
「わっ、拭くものっ」
 椅子から立ち上がりキッチンへと向かう。そして布巾を探しながら息を吐いた。
 惚けていた。ずっとこのままでいたいと思っていたのだ。このままではライナーと離れるなんて無理だ。
「俺が番になる、ていうのもありなのかな」
 だが子ども扱いされているのだから相手にされるはずがない。
「はぁ、悩ましいっ」
 頭を抱えてしゃがみこむと、
「エメ、どうした?」
 心配そうな顔をしてライナーがキッチンへとやってきた。
「なんでもないよっ。ついでにおかわりしようか悩んでたの」
 正直に言えるわけもなく、子供っぽい理由を答えてしまった。
「そうか。お替りはお皿に残った分を食べてからな」
 これだからいつまでたっても大人の雄には見られないのだろう。
「そうだね」
 共に席へと戻り食事を再開し、おかわりもしっかりと頂き片づけをする。
「ライナー先生、行くね」
「あぁ。また昼に」
 ライナーと別れて部屋に戻るとそのまま座り込んだ。
 自分だって番になれるのだと意識してしまいそれでいっぱいになっていた。
「どうしてそんなことを思っちゃったかなぁ、俺」
 番となるのは自分のような子供ではなく歳の近い人がなるのだろうと思っていたからだ。
「そうだ。自分など相手にされるはずなんてない」
 何を考えていたのだろうと一気に熱が冷めた。
 それ以上を求めるなんて厚かましい。傍にいることを許してくれたからそれに甘えすぎたのだ。少しずつでも距離を置くことを考えた方がいいだろう。