獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

幼馴染

 エメの店に一時期であるがバードという愛想のいい雄のバイトがいた。
 だが、彼は子供たちを売るために街に来てパン屋で働いていた。事実を知ったときはショックだった。悪い雄に見えなかったから。
 その時はライナーに沢山迷惑をかけてしまった。仕事をしているときは平気だったのに、一人になった途端に涙が止まらなくなってしまい、そんな時に様子を見に来てくれたのだ。
「ごめんね、忙しいのに」
「こういう時こそ傍にいるものだろう?」
 気にすることないよと優しく抱きしめて頭を撫でてくれて、もともと大好きな人だったけれど更に大好きになった。
「ライナー先生のことを思うと心が弾む」
 それはこそばゆくて照れてしまう。
「へへ、でも悪くないよね」
 自分の胸に手を当てる。
「エメ、おはよう」
「え、ライナー先生、まだ早いよ」
「ん、エメを送り出したら眠る……」
 まだ眠たいのだろう、髪のあたりに額をくっつけてぐりぐりと動かしている。獣人が甘える時にする行為のようだ。
「ふふ、くすぐったい」
 尻尾で太ももを叩くと、それをゆるりと撫でられた。
「もっふもふ」
「人の子って尻尾が好きだよね」
 前にパンを買いに来たお客のことを思い出した。
 じっと尻尾を見て、触りたいと言われたので流石に断ったが。
「誰かに触らせたのか?」
「うんん。触りたいと言われたけれど断ったよ」
「そうか。当分の間は俺が独り占めだな」
「あ、そこは、だめ」
 付け根はやばい。そこを弄られるとへんな気分になってしまうから。
 人の子には尻尾がないからどこが良くてどこがダメかなんて知らない。ライナーからはダメな場所は口に出していってくれと言われていた。
「すまない。ここは平気か?」
「うん。気持ちいい」
「耳、震えてる。可愛いな」
 そこにキスを落とす。甘やかされている、そう感じて胸にじわりとこみあげる。
「らいなーせんせい」
「離れがたいが互いに仕事がある」
 そうだった。もう少し一緒にいたいけれどお店を開けられなくなってしまう。
「俺、行くね」
「あぁ。後で寄るから」
 朝食は店で焼き立てのパンを一緒に食べる。
「うん、待ってるね」
 鼻先を首へとこすりつけ、ライナーは頭を撫でてくれる。それがふたりのまた後でねの挨拶だ。
 会えるとわかっていても名残惜しい。だがその気持ちを切り替えてライナーの部屋を後にした。

 午後は三時から店を開いて六時で閉店となる。午前中よりも午後の方は客は多く、パンを焼いている暇はないので売り切れ終いとしていた。
 客足が減り最後の一人が店を出た後、看板を下げに外に出ると騎士の制服を着た雄が店の方へとやってくる。
「よう」
 彼の名はジェラールといいエメとは幼馴染だ。子供のころはガキ大将だった彼も今では街の獣人を守るためにと頑張っている。
「仕事終わったの?」
「あぁ。久しぶりに飲みに行くぞ」
 昔から強引で虫取りやら水浴びやらと引っ張りまわされたものだ。今もそれは変わらずで手を握りしめた。
「飲みに行くときは前もって知らせてよ。でないとライナー先生に注射を打ってもらうよ?」
 彼は立派な体格をしているのに注射が怖いようで、ライナーの名を出すと尻尾がぴんと立つのだが、今日はなぜか余裕ありげに揺れていた。
「そのライナー先生からの伝言。今日は遅くなるから、俺とごはんに行っておいでってさ」
「なんでジェラールに伝言するの」
 それなら出かける前に言ってくれたらよかったのに。面白くないなとライナーのかわりにジェラールを睨んだ。
「怒るなよ。ライナー先生、仕事の合間に都合をつけてお前に伝えようとしていたんだぞ。途中で会ったから俺が伝えるといったんだ」
 それならしかたがない。でも 理由は知りたい。
「遅くなるのはどうして?」
「そいつは飯を食いながらだな」
 にやりと笑い手を引いていく。聞き出して食事は拒否しようと思っていたのに流石に付き合いが長いこともあり読まれていたようだ。
 ジェラールに連れられて向かうのはなじみの店だ。席につくと食事の注文を済ませて理由を尋ねた。
「それで」
「診療所に新しい看護師が入ったそうだ」
「えっ、お昼休みに行ったときにライナー先生は何も言っていなかったし看護師さんも見なかったよ」
 もしそうだとしたらこれから診療所で働くのだから黙っている必要はない。
 胸がもやっとしエメは胸に拳を当てた。
「そうなのか。俺は見たぞ。人の子だった」
「そう、なんだ」
 ライナーと同じ種別。それだけで胸のもやもやが膨らんでくる。
「同じ人の子だし、楽しそうだったなライナー先生」
 春が来たかと付け加えた。ジェラールには悪気はない。ただ鈍いだけだ。エメの心が痛むとわかっていない。
 すぐに話題は別のことにかわり、エメはライナーとまだ知らぬ人の子のことを頭の中から追い払うように、
「ジェラール、今日はとことん飲もう!」
 と彼の肩へと腕を回した。
「お、珍しいな。よし、飲もう!!」
 すぐにそれにのってきて、エメはいつもよりも早いペースで酒を空けていった。

 酒も入り陽気な気分でアパルトメントへと向かう。
「エメ、危ないぞ」
「だいじょうぶ」
 だが足はいうことをきかずによろめいた。
「おいおい、言っているそばから……」
 腰に腕を回し体を支えてくれる。自分よりも背が高く体格も良い。見つめているとジェラールの口角が上がった。
「何、見惚れてんの?」
「ふ、見慣れた顔だなって」
 ケタケタと笑い声をあげるとジェラールの耳が垂れた。
「なんだよ、かっこよくなったと思ってたのにな」
 ルルス系の黒い縞模様がかっこいい雄なのだがエメと同じく番がいない。もてるのに鈍いから気が付かず、上手くいかないのだろう。
「ジェラールはさ、もう少し他の人の目を気にした方がいいよ」
「はっ、そういうお前もだろうが」
 そう言い返されて、いつもなら余計なお世話と言うところだが、今日はそうだよねといって笑う。
「酔ったお前は素直だなぁ」
「ん?」
 ジェラールから離れて再びふらふらと歩き出すと何かにぶつかりそして抱きしめられた。
「あ、ライナー先生の匂いだ」
 すんすんと鼻をならすと頭を撫でられた。
「エメ、随分と飲んだみたいだな」
「えへへ」
「楽しい酒だったようだな。ジェラールありがとう」
 抱きしめて頭を撫でてくれてくれる。それが気持ちよくてグルルルと喉が鳴る。
「いや、久々に飲めて楽しかった。後のことはライナー先生に任せるから。それじゃなエメ」
「うん、またね」
 ジェラールに手を振り、ふらふらとした足取りで歩き始めるとライナーがエメの腕をとり肩へと回した。
「せんせぇ、新しい看護師さんが入ったって聞いたよぉ」
「明日から来る予定だったのだが、夕方ごろ挨拶に来たんだ。それで歓迎会をすることになってな」
「そっかぁ、あした会えるね」
「ああ。エメと同じくらいの歳の子だ。仲良くしてやってくれ」
 ライナーは優しい人の子だから彼のことが心配なのだろう。
「わかった」
 その頼みともなれば力になりたい。だが、心の奥で何かがつっかえたままであった。