獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

リュンと店

 朝食の時にセドリックに、
「リュンを店に連れていこうと思うんだ」
 と話した。すると腕組をして考えていたが、その方がリュンにはいいかと、許可をもらう。
 そしてふたりは手をつないで店までの距離を歩いていた。
 リュンにとってはストレスになるだろう。びくびくとしながらブレーズに体をくっつけている。
「リュン」
 しゃがんで視線を合わせて頬を撫でる。すると少し落ちついたか、丸まっていた尻尾が揺らぐ。
「お口を開けてごらん」
「うん」
 小さく開いた口に、瓶から取り出した水色のモノを入れた。
「なに?」
 それに驚いて耳と尻尾が立つが、すぐにそれはピコピコと動き出す。
「しゅわわってする!」
「ソーダ飴といってね、飴に混ざっている小さなラムネがしゅわしゅわとするんだよ」
 獣人の国では飴といえば水飴のことで、これを目にした獣人の国の王はガラスの瓶に入った飴玉を宝石と勘違いしたそうだ。
 これが人の国の飴だということを知り、フルーツの味がするもの、喉がすっきりするもの、そしてしゅわわっとするものがあり大変驚いたという。
 これは珍しいと王都へ帰るときに、人の国の王に頼み職人を連れて帰った。今では獣人の国で飴が売られていて、一番人気がソーダ飴だ。
「おいしいねぇ」
 両手で口元を押さえてニコニコと笑う。飴玉のおかげで周りのことも気にならないようだ。
 今の間に店に連れて行き、奥の部屋にいるようにとお菓子と絵本を置いておく。
 ここは在庫を置いたり休憩に利用するスペースなので人目に触れぬようにしてある。
「リュン、うさぎさんと一緒にここにいてね」
「うん」
「何か用事があるときは声をかけて」
 ドアを閉めて店に出る。誰かの気配を感じて怖がってしまうかもしれない。
 リュンのことを気にしながら接客をし、帰ったらすぐに様子を見に行くと、部屋の端っこで尻尾を抱えて丸くなって眠っていた。
「やっぱり怖いか」
 リュンの体が痛くならないようにクッションを集めてそこの上へと寝かせた。
「ごめん。でももう少しだけ頑張ろうね」
 頭を撫でてると耳が動く。
「はぁ、可愛い」
 自分は子供を持つことはできないだろう。昔から男も女も関係なく、今は雄の獣人に恋をしているのだから。
「ピトルさん」
 眼鏡を掛けた獣人で名はピトルという。ブレーズが審査に来た時に対応してくれたのが彼だった。それ以来、何かと気にかけてくれている。
「ルキンスからリュン君のことを聞きました」
 セドリックがよく行動を共にしている部下で細い目の獣人で、ピトルとは年の離れた義理の兄弟であった。
「そうだったんですね」
「おや、あそこにいるのがリュン君ですか。ふふ、可愛いですね」
 ドア越しに眺めているのはリュンが恐がるのを知っているからだろう。
「そうそう、リュン君に図鑑を持ってきたんですよ。ルキンスが子供のころに読んでいたものなのですが……」
 男の子が好きそうな昆虫や古代の生き物図鑑などだ。
「わぁ、これ喜びますよ。ありがとうございます」
「ルキ?」
 その名に反応したか、そう呟き耳が動く。
「リュン君、こんにちは」
 ブレーズ以外にいることに驚きかたまってしまったが、
「ルキンスから聞いて、会いに来ちゃいました」
 と笑顔を見せるピトルに、ルキンスという名もあってかおずおずと近づいてくる。
 そしてブレーズの後にしがみつき顔だけのぞかせる。
「ルキの知り合い?」
「はい。血はつながっていませんがお兄ちゃんです」
 目線をリュンに合わせてると、ブレーズを見上げた。
「ルキ、おにいちゃんがいたんだね」
「旅の間、仲良くしてくれたそうで。リュン君ありがとうございますね」
「うん。ルキ、いっぱいあそんでくれた」
 後から出てピトルの前へと立つとにっこりと笑みを浮かべた。
 楽しいことをたくさんリュンに与えてくれたのだろう。ピトルへの警戒心はすぐにとけ、尻尾を揺らしていた。
「これ、読んでください。ルキンスのお気に入りなんですよ」
「わぁ!」
 嬉しそうに本をもってくるくると回り、体いっぱいに喜びを表現する。その姿に大人ふたりは顔を見合わせてほほ笑んだ。
 店に客が来たところでピトルが帰りフレーズは接客へと戻る。
 そうこうしているうちに夕暮れとなり、今日は早めに店じまいをとcloseの看板を出してリュンのいる部屋へと向かう。
 ピトルが持ってきてくれた本を夢中で読んでいた。部屋の隅で丸くなっていなくて良かった。
「リュン、おうちに帰るよ」
「うん」
 本は置く場所がまだないのでテーブルの上にそのまま置いておく。
「リュン、これを着て」
 フード付きの上着を手渡し、かわりにうさぎを受け取る。
「きたよ」
 と着終えた姿を見せるリュンにうさぎを返すと、
「おんなじ!!」
 とうさぎを持ち上げて目をキラキラとさせた。
 同じ服を作ったのはリュンに喜んでもらいたいたかったから。その狙いはどうやらうまくいったようだ。
「これからはお外に行くときはこれを着て行こうね」
「うん、いっしょのきてくの」
 ピトルが持ってきてくれたルキンスの本。あれがヒントになった。リュンの中にある楽しいを引き出すことで怖いという気持ちが薄れることを。
 手をつないで外へでると、
「よかった。間に合った」
 と声をがして、制服姿のセドリックの姿がある。
「え、セド、どうしたの!?」
「早く上がれたから迎えに来たんだ」
 そういうけれど、本当は心配で早めに切り上げてきたのではないだろうか。
「リュン、イイ子にしていたか」
 リュンを抱き上げると、
「セド、見て、おそろいなの」
 うさぎを見せるように差し出した。
「よかったな」
「うん!」
 ぎゅっと首に腕を回して頬を摺り寄せるリュンに、くすぐったいとセドリックが笑う。
 その姿があまりにも愛おしくて胸が高鳴る。
「さ、帰ろう」
 セドリックが手を差し伸べる。
「え?」
 躊躇うブレーズに、口角を上げちらりと牙が見える。
「手、つなぎたい」
 今一度差し出されてその手をつかみ取った。
「よし、帰るぞ」
「うん」
 足が地につかない。それだけ気持ちが舞い上がっている。
 にゃん、にゃにゃん。
 リズムがついていてまるで鼻歌のようだとセドリックを見上げれば、こちらに気が付き目を細めた。
「独りモンだからさ、こういうのを一度は味わってみたと思っていた」
 家族に対するあこがれ。
 それは恋愛対象が異性なら普通に抱くものだろう。だが、ブレーズは同性であり別種族の者に恋をしてからは持たなくなったものだ。
 そう、セドリックはこれから先、いくらでも家庭を持てるのだ。
 ふわふわとしていた気持ちはすっかり元通り。繋いでいた手を離した。
「あ……」
「買い物をしたいから先に帰っていて」
「それなら一緒に」
「だめ。お店はもう少し慣れてきてから」
 リュンのことを言っているのだと気がついたようで、
「わかった。先に帰るな」
 ぽんと頭に手を乗せ、家の方角へと歩いて行った。
 その姿を見送りながらセドリックが触れた個所へと触れる。
 本当は一緒に帰りたかった。だけど友達でしかない相手と家族ごっこをしても空しいだけだ。
「いつかそういう相手ができるよ」
 セドリックは優しい男だ。しかも家柄も良く騎士団長でもあるのだから。
 落ち込みながら商店街へと歩いていけば、そこにゾフィードとドニの姿を見つけた。
「ドニ」
「ブレーズ。あれ、一人なの?」
 何かを気にしている様子のドニに、ゾフィードが、
「団長が子供を預かっていることを話した」
 という。一緒にいると思ったのだろう。ドニのことだからずっと気になっていたにちがいない。
「セドリックと先に帰った」
「そうなんだ。本当はね、店を休んで会いに行こうと思ったんだけど、ゾフィードがいきなりはダメだっていうんだよ」
「あたりまえだ。こんな変態にいきなり会わせたら怖がらせてしまうだろう」
 リュンの事情を知っているから止めてくれたのだろう。
 だがオイルのこともあるので会わせたいとは思っているのだが、それはセドリックに相談してからだ。
「ううっ、わかった。いつか会えるのを楽しみに待ってる。それじゃ、またね」
「またね」
 仲良く手をつなぎふたりは歩いていく。しかもそろいの宝石を身に着けていて、それが羨ましくて嫉妬から胸がもやもやとしてしまう。

「はぁ、友達の幸せにこんな気持ちになるなんて」

 そんな自分が好きではなく、でも気持ちが重苦しいのは当分とれそうにもなかった。