寝ぼける獣人
セドリックは騎士宿舎で生活をしているらしく、今すぐ住む場所を用意するのは難しいからブレーズの所で生活をすることになった。
まぁ、家を用意するにもいきなりは無理だろうから、もともとそれ込みで巻き込むつもりだったのだろう。
しかし三人で住むには狭いかもしれない。ダイニングキッチン以外に寝室に使っている部屋が一つしかないからだ。
「ベッドはどうにかしないとね」
「それは任せておけ」
そうセドリックに言われて店に出たのだが、戻ってきて寝室を見せられて驚いた。部屋いっぱいに大きなベッドが置かれていたからだ。
「え、これって」
「三人で寝れるようにな」
確かにこれなら十分に寝られるだろう。
「ほら、横になってみ」
セドリックがベッドに横になりその隣にリュンが寝転がる。
ブレーズもベッドに横になると、ぬっとセドリックの顔が現れた。
「寝心地はどうだ?」
「すごくいいよ」
自分が使っていたベッドと違いマットも布団も良い品だった。
しかも枕が一つだけではない。
「なんか贅沢なベッドだね」
「実はな、経緯を話したら兄上がこれを」
お世話になるのだからと用意してくれたそうだ。
「はは、さすがだね」
ありがたいけれど床が抜けないか心配だ。
「一緒に住めばいいと言い出しそうだったのでな」
ブレーズを頼ってくれたのは嬉しいが、家族と一緒に住めばリュンの面倒を見てくれる人もいるだろうし狭いところに住む必要もなかったはずだ。
リュンもはじめは怖がってしまうだろうがそれはブレーズだって同じだった。
「なぜ、実家を頼らなかったの?」
「え、もしかして迷惑だったか」
へたりと尻尾がたれて耳を伏せる。その反応は、もしや聞かれたくなかったのだろうか。
「うんん、迷惑じゃないよ」
「そうか。それならよかった」
実家に頼らなかった理由は聞けなかったが、言えないことがあるのだろうと納得することにした。
目が覚めて起きたらふたりが同じ格好で寝ていて癒された。これを毎日見れるなんてなんて幸せなんだろう。
口元を緩ませながらそれを眺めていたら、セドリックの手が何かを探すように動きベッドを撫でる。
そして動きが止まり、いきなりセドリックが起き上がった。
「え、セド、どうしたの!?」
何かあったのだろうか。驚きながらセドリックに話しかける。
「ブレーズがいないなと思って……、すまん、驚かせてしまったな」
夜明け前の薄暗い部屋。姿は見えても表情はまだ読み取れるほどには明るくないが、獣人は夜目が聞くのでブレーズの表情も見えているかもしれない。
「そっか。なんだか目が覚めちゃってね、ふたりを眺めていたんだ」
「なんだ、そういうことか」
そういうと手を伸ばし、
「おいで」
と迎え入れるように両手を開いた。
「おいでって、何を言っているの」
胸の鼓動がうるさいほどに鳴り響く。
抱きしめてもらえるのは嬉しいが、この音が聞こえてしまうのではないだろうか。
だが、それも、
「眠れるまで抱きしめていてやろう。俺のたてがみはよく眠れると人気だぞ」
その言葉で一気に冷めてしまった。一体、相手は誰なのだろう。どきどきとしていたのに今度はちりちりとしている。
「いいよ。一人でも眠れるから」
そう断るが、
「ドニの作ったオイルを塗ってあるからいい香りもするぞ」
おいでともう一度誘われる。
「そうやって、女の人を誘っているの?」
「ん……、雌よりも子供かな。あとドニ」
雌の獣人を誘うのではなく子供をいやすということか。
自分は種族が違うし男だ。しかもかわいくもないのだから、そういう意味で相手にされるはずもなく、子ども扱いをされても抱きしめてもらえるのなられでいい。
「ふふ、そっか。じゃぁ、俺も子供だからもふもふしてもらうね」
ただ自分も子ども扱いされているのは嬉しくはないが素直に胸の中へと飛び込める。
もふもふに鼻をくっつけると、確かにいいにおいがする。
「あ……」
そこに獣の香りもまざり、セドリックを強く意識してしまう。
下半身のあたりがもぞっとしたけれど、リュンの尻尾が足に当たって、高ぶりかけた気持ちはすぐに収まった。
「癒されるね」
「そうだろう?」
頭を撫でられてうとうととし、いつの間にか眠りに落ちていた。
セドリックに抱きしめられて眠るなんて。いい時間だった。
近くにいるのが嬉しくて鼻先に触れ、そのまま口元から首筋、そして立派な胸板を撫でる。
「ふ、くすぐったいぞ」
「あ、おこしちゃった?」
「ん……、かまわない。良い目覚めだ」
指がブレーズの唇を撫でる。
目は開いているが頭は働いていないのかもしれない。
「セド、寝ぼけていない?」
「ふにふにとしていて気持ちいいぞ」
ペロリ。人の子よりも長く厚い舌がブレーズの唇をなめる。
「セドっ」
いきなりのことに驚きでかたまるブレーズなどかまうことなくセドリックの舌は唇を舐めつづけていた。
流石にこれは意味が違ってくる。完全に寝ぼけているだけだ。
「やめ……」
やめなさいと言おうとしたが、口を開いた瞬間に舌が入り込んだ。
「んっ」
ぴちゃぴちゃと水音をたて、舌が口内を撫でていく。
気持ちがよくて惚けそうになり、さすがにこのまま流されるのはヤバいと我に返る。このまま欲しくなってしまうからだ。
すると動きが止まり視線が合うと舌が抜け出た。
「すまんっ、濡らしてしまったな」
セドリックが手で濡れた唇を拭う。いつもと変わらぬ表情で、キスに感じて息が上がっているのはブレーズだけだ。
彼にとっては寝ぼけていただけでどうとでもない出来事なのだろう。
「別に、平気だよ」
意識している自分が空しい。ブレーズは手から逃れるように顔を離してベッドから降りた。
「ご飯作ってくるね」
冷静に、何もなかったかのように振舞おう。胸が痛むけれど、どうにかいつも通りに言うことができた。
「わかった」
寝室を出て一人になるとその場に座り込む。
「……欲張ってはだめだよ、ブレーズ」
セドリックに意識されなかったからと落ち込むなんて。
頼ったのは友達だから、ただそれだけなのに何を期待しているのだろう。
「セドにはいっぱい助けてもらったじゃないか。僕の気持ちは二の次。今はセドのためにやれることを頑張ろうっ」
頬を叩いて気持ちを切り替えて立ち上がる。
「さ、ご飯を作って洗濯をしないと」
一人だけの料理と洗濯は三人分になった。やることはたくさんあるのだから落ち込んでいる場合ではなかった。
朝食の用意をし終え、ふたりを起こす。外の井戸から水を汲みだして顔を洗ってきたふたりがタオルを首にかけて戻ってきた。
「ふふ、同じ恰好」
本当の親子みたいだとほっこりとしたところにセドリックと目が合った。
なかったことにしようと決めたのに、気になって意識してしまう。
「ブレーズ」
何かを言われそうになり、それをさえぎるように料理中に考えていたことを口にする。
「あ、そうだ、セドにいいたいことがあったんだ。リュンをね店に連れて行こうと思うんだけど、どうかな」
「店にか」
「店には色々な獣人や人の子がくるので慣れるんじゃないかってね」
腕組をし何かを考えはじめ、そしてうなずいた。
「そうだな。試しに一週間連れて行ってくれ。それでも怖がるようなら俺が連れていく」
「わかった」
もし連れて行ったことでリュンの負担になるようならセドリックに任せたほうがいいだろう。
「リュン、僕と一緒にお店に行こうか」
「ブレーズのおみせ、あ、うさぎさんのおうちだよね。いく!」
うさぎのぬいぐるみを渡したのが店なのでリュンはそう思えていたのだろう。
「それじゃ、うさぎさんとお弁当を持っていこうね」
「うん!」
「ブレーズ、頼んだぞ」
「うん。それじゃご飯にしようか」
するとふたり仲良く手を挙げてよいお返事をする。
それに笑いながらブレーズはテーブルに料理を置いていく。朝でも獣人は肉が主だ。
低温で煮た肉を薄く切り、パンに野菜と共に挟むとたれをかける。
リュンとブレーズは肉と野菜の代わりにジャムを塗った。
「いただきます」
三人、声をそろえて手を合わせる。
セドリックの大きな口は三口でパンを食べ終える。リュンとブレーズがパンを一個食べ終わる間に三つ食べ終えた。
「ふぁ、おっきいおくち」
「本当だね」
セドリックの食べる姿を眺めていたら、ぺろりと口元を舐められた。
「なっ」
「ジャムがついていたぞ」
そんな訳はない。セドリックがいたずらっ子のような顔をしていたからだ。
「セド!」
朝のアレはブレーズを揶揄っていたのではないだろうか。
「それじゃ、先に行くから。リュン、恐かったらブレーズに抱きつくんだぞ」
「うん。セド、いってらっしゃい」
頭を撫で家を出るセドリックに、ブレーズは力が抜けて机に顔を伏せた。