エメとルキンス
弟家族の家での生活は快適だ。美味しいご飯に可愛い甥っ子。ブレーズの旦那様は男前な獣人で話し上手な優しい人だ。
「今日はエメの所でパンを買いに行こうか」
「診療所の隣のか」
「うん」
まずはパン屋からとリュンを連れて店の中へと向かう。
「いらっしゃいませ」
明るい声が店内に。パン屋へ向かう前にブレーズからきいたのだが、店の主はエメというルクス系の獣人で、ギーとルネとう双子の子が一緒に働いている。
パン屋では飲食ができるスペースがあって、双子の一人と番となったエメの妹が看板娘も兼ねてジュース四種を作っているのだそうだ。
「もしかしてご兄弟?」
ブレーズとラウルの顔を交互に見てエメが言う。
「兄のラウルです。弟がお世話になってます」
「俺はパン屋の店主をしているエメです」
「エメの作るパン、美味しいんだよ」
「ぼくはこのパンがすきなの」
うさぎのカタチをしたパン。月ごとに子供向けのパンを作っているそうで、たしかにこれは可愛いなと眺める。
「目はドレンチェリーを使っているんだ」
「懐かしいでしょ? 幼いころに母さんが作ってくれたケーキ」
「あぁ。アンゼリカとドレインチェリーな」
子供のころはよく菓子を作ってくれた。何の砂糖漬けなのか知らないけれど甘くてうまいと食べていた。
「あれってなんなの?」
「ドレインチェリーはスリーズの砂糖漬け。アンゼリカはペタズィットだよ」
「このまえかじゅえんでもぎもぎしたよね」
店の裏には温室があり、果物の木や苗が植えられているそうだ。
「それは気になるなぁ」
「今度、お見せしますよ」
「やったっ、楽しみにしてますね」
わーいとリュンと両方の手をつなぎ合わせて上下に動かす。
こちらを見ながらふたりが笑っている。ちょっと子供っぽかったかと苦笑いする。
「ラウル兄さん、好きなパンを選んで」
ゆっくりじっくりパンを見たいところだが、それよりも何度も通って味と見た目を楽しむことにしよう。
ひとまず全体を見渡して気になったパンを選んだ。
「あー、これ、おとなあじ」
「え、どゆこと?」
エメの方へ顔を向けると、洋酒に漬け込んだフルーツが入っているパンだと教えてくれた。
「あぁ、確かに成人の儀を終えた獣人向けと書いてあるな」
「エメの作る洋酒漬けが美味しくてさ、これ、すぐに売り切れるんだよ」
カフェコーナーでは洋酒漬けをかけたアイスが食べられるとのことだ。
「ぼくもたべてみたいっていったら、こどももたべられるのつくってくれたよ」
こちらは同じフルーツを砂糖漬けにしたものを使っている。
「エメさんって優しいな。家族で同じものが食べられる」
そういうと、エメの耳がたれて尻尾がくねくねと動いている。なんとも可愛い姿だ。
「こりゃ、獣人と番になる理由がわかるかもなぁ」
エメの相手も人の子だと聞いていたから。
「でしょ。カッコいいし可愛いし、しかもモフモフ」
「もふもふか。セドリックさんもいい具合にモフンとしているものな」
「最高だよ、首のあたりに顔を埋めるとさ、なんともいえぬ幸福感」
両手をわきわきと動かし、ラウルも同じ動きをしてみる。
たしかにセドリックの胸毛は気持ちよさそうだった。
「なんだか手つきがいやらしいよ」
エメがスンとした顔でこちらを見ている。
「いやぁ、つい。人の子にはないものだからさ、あのモフモフは」
「なるほど。人の子の毛は少ないものね」
エメの視線が下へとむけられる。もしや、アレのことか。
「よく言われる」
「え、そうなの」
ブレーズが言う。見た獣人は必ずそれをいうらしい。
「あ、あれだけじゃないよ。体毛って少ない人もいるでしょ。僕とかラウルも」
獣人からしたら守るものがなくて頼りなく感じるそうだ。
「でも、あの手に撫でられるの好きだな」
「ぼくもブレーズのて、だいすき」
ねーと、獣人の二人が顔を合わせて首を横に傾けた。
「可愛いなぁ、ふたりとも」
ふたりの頭をブレーズが撫でる。そのたびに尻尾が揺らいだ。
なんとも癒される。それを見ていたラウルに、ブレーズが真顔で見ていた。
「ラウル兄、キモい」
「うわん、ひどいっ。温かな目で眺める優しい兄ってかんじでしょうよぅ」
そのやりとりを見ていたエメや店の人たちがクスクスと笑う。
「仲良しだなぁ」
エメがいいねと親指をたててこちらへ向けた。
パン屋で買い物を済ませて、商店街をあるいていると色々な人に声を掛けられ、そしてそのたびにブレーズがラウルを紹介する。
「ブレーズ、うまくやっているんだな」
「温かく迎えてくれたからだよ」
確かに、会う人会う人、気さくに声を掛けてくれるが、たまに嫌な視線を感じる。
「全ての獣人が受け入れているわけではないからね」
ブレーズも気が付いている。獣人だけでなく人の子だって別種を受け入れられない者はいる。
だからこの嫌な視線も受け入れるしかないのだという。
「そうだな」
「それでも、僕はこの国が大好きだから頑張れる」
「俺も、この国を好きになりたい」
「好きになるよ」
リュンを真ん中に手をつなぎあうと、前から獣人が走ってきた。
「あっ」
このままではリュンにぶつかってしまう。彼をかばうようにブレーズが腕の中へと引き込もうとするが、もう姿は目の前。
だが男はふたりにぶつかる前に横にとんだ。
「え?」
「わぁ、とんだねぇ」
のんびりとしたリュンの声。
「え?」
目を瞬かせて男のとんだ方角を見る。
「あーぶなかったぁ」
近くから声が聞こえてそちらを向く。
「ルキ、かっこよかったよ」
「でしょ、でしょ」
イエーイと手を叩き、彼と視線がぶつかった。
「はじめまして。第一騎士団のルキンスです」
ポケットをつかみ縫いつけてある紋章を見せる。剣と盾、そして真ん中にはⅠの文字。
名を告げて紋章を見せるのは簡易的な挨拶に使われる方法だ。
「はじめまして。俺はブレーズの兄でラウルといいます」
「聞いてるよー。あ、俺こんなだから敬語もさん付けもいらないからね」
挨拶が済むと砕けた口調になる。
「俺の可愛い番と同じ職場なんだよね」
「ピトルさんのこと」
「わぁ、そっか、ピトルさんのお相手か。会えてうれしいよ」
通信機では相手のことを聞いてはいた。騎士でかっこよくて優しいと。
確かにあの飛び蹴りは凄かった。体格は獣人にしてはスリムな方だろう。たれ目で甘いマスクの持ち主だ。
話をしながら伸びている相手を拘束している。
「ところでこの男は何を?」
ブレーズが尋ねると、
「禁止薬物の売人」
と告げる。売人の取り締まりは商売組合でも行っているので、ラウルにも関係する話しだった。
「それじゃ俺はこいつを連れていくから。これからよろしくね、ラウル」
「あぁ。よろしくルキンス」
男を連れていくルキンスを見送り、家へ向けて歩き出す。
「ラウル、俺心配だよ」
相手は捕まらないように何をするか解らない。それを心配しているのだ。
「怪我するよなぁ」
殴り合いの喧嘩となったら負けてしまうだろう。それでも、この仕事についたのは自分。やるときはやる、たぶん。
「じゃぁ、ボクととっくんをしよう!」
「お、特訓か」
相手は獣人だが子供だ。かけっこや木の枝を剣かわりにして打ち合うとかそういうかわいらしいものを想像していたが、
「ダメだよっ! 屋根からジャンプは」
ブレーズの言葉に、思わず彼らを二度見してしまった。
「えー、そうなの?」
こてっと顔を横に傾ける。非常に可愛い仕草だけど見た目と違ってやんちゃすぎる。
「俺は大人だけど、さすがにそれは無理かなぁ……」
運動が得意でないので間違いなく怪我をするだろう。
「そっか。それじゃ一人でやるね」
キラキラな笑顔。そしてブレーズが複雑そうな顔で手を広げたり閉じたりしている。
止めたいけれど自分たちとは身体能力が違うことを知っているから止められないというところか。
すっかり親だなと微笑まし気持ちで二人を眺める。
「何、その温かい目」
「ん? お兄ちゃんはブレーズが幸せで嬉しいんだよ」
家について改めて外観を眺める。
いや、ブレーズが心配になる気持ちは解らなくもない。
「えっと、一人じゃ絶対に飛んじゃだめだぞ?」
「それ、ブレーズにもいわれるの。だいじょうぶなのにな」
尻尾と耳が垂れている。獣人は耳と尻尾が雄弁でわかり易い。
「リュンがもっと大きくなったらブレーズも止めないと思うんだけど、今はまだ、な?」
「わかった。ルキが来たらとぶ!」
ルキンスが一緒ならいざという時に助けてくれる。あの瞬発力を目にした後だしセドリックもいるからそれなら大丈夫だろう。
「あ、飛ぶのは明るい時だけだよ」
仕事がはじまる前に会っておいた方がいいとピトルとルキンスを食事に招待したそうだ。
セドリックが仕事帰りにふたりをつれて来るという。その頃には日が暮れているだろうから今日はダメだということだ。
いくら獣人の身体能力が優れているからといっても、親としてブレーズが心配するのはわかる。自分だって止めていただろう。
「はぁい」
リュンは聞き分けよく、いい子だなとラウルは彼の頭をなでると嬉しそうに尻尾を揺らした。