オムベット国へ
商いをする人、職人から生み出される商品、それを眺めるのが好きだった。
その切っ掛けは両親だ。
母親と雇ったお針子さんが服を縫い、出来上がる様子を眺めるのが好きだった。
そして出来上がった服を父が売り、嬉しそうに帰っていく客の姿を見れた時は自分も嬉しかった。
いつか自分も店で働きたいと思っていたが、父親に勧められ平民が通う学校へ入ることになった。
そこはラウル・メレスのように商売人の子供が多く、商売に関することを学べるところだ。
計算や文字を覚えるのなら親に教えてもらえば済むのだが、父親は知識をみにつけて国の機関で働いてほしいというのだ。
平民でも国の機関で働くことはできる。まず、学校に入り優秀な成績をおさめ推薦状を書いてもらう。
しかもラウルに向いている仕事があると、商売組合の話を聞いた。
それからラウルの目標は商売組合に就職することとなり、なんとかその切符を手にいれることができた。
ただし楽しいばかりではない。
禁止されている品物を売るものもいて、それを見た時はショックで落ち込んだりもした。
それでも商売組合の仕事は好きだ。
だから獣人商売組合に移動の辞令が下りた時は、今まで通信機でしかやり取りをしたことがない人たちと会えることが楽しみであった。
獣人が住む国、オムベット国へ移住できるのは商売目的、派遣や移動、特別な許可を得た男性のみだ。
商売目的の場合、入国許可書を取得し商売許可書を手に入れ、獣人から推薦を貰わなければならない。
入国審査は国の役所へ書類を提出することになる。それの合否は早くて半月かかるのだ。
ラウルは移動という扱いなので身元は保証されているから入国許可書はすぐに発行された。
まずは国境にある砦に向かうのだが、住んでいたアパルトメントを解約し実家に帰っていたので半日以上かかる距離だ。
乗合馬車を利用するか、オムベット国へ送る荷物を運ぶ荷馬車同乗させてもらうか、徒歩で向かうという選択肢もある。
ラウルは商売組合で働いていたお陰で所有する馬車で送ってもらえることとなった。
しかも見送りにと親と一緒にと言ってくれた。
道中は懐かしい思い出や他の家族のこと、オムベット国にいる弟のことなどを話し別れを惜しんだ。
馬車から降り、ふたりに手を振って砦の門をくぐる。
国境砦はふたつの国が協力をしあい建てられた。中で働く者もだ。人の子は出入国の受付、積み荷の書類確認、獣人は禁止されているものを持ち込もうとしていないかをチェックする。
人の子や獣人が国を行き来するには書類などを用意する必要があるから時がかかってしまう。だが荷物だけなら砦内で行うことで書類と荷のチェックですむ。
受付に必要な書類を提出し、入国許可が出るまで本を読みながら待つことにした。
しばらくすると名前を呼ばれ受付へと向かう。
「入国を許可します」
と入国許可書に判が押されたものを手渡される。
この判がないものは無効となり、見つかると強制送還と数か月から無期限の入国禁止処分となるのだ。
「ありがとうございます」
「こちらの書類はオムベット国側の受付でも提出ください」
「わかりました」
書類をしまいオムベット国へ向けて進む。
砦内は宿、食事処、待合室などがあり、五階建てで広い。
受付は互いの国の門から近い場所にあり、そこから門へ向かうにはそこそこ距離がある。
休憩する場所はところどころに存在し、疲れたらベンチに座り買った飲み物でのどを潤す。
まさかオムベット国で暮らすことになろうとはおもわなかった。
門を出るとこちらに手を振る人の子の姿が見える。そしてその隣には子供を抱く真っ白な毛並みの獣人が。
「ブレーズ」
「ラウル兄さん、久しぶり」
ブレーズとは同じ一七六センチで細めの体格。ラウルは父似で彼は母似だ。
あまり似ていない兄弟だが、目の色は同じ。そして好きなものに目をキラキラとさせて眺める姿もだ。
「会いたかった」
「僕もだよ」
ブレーズは一年に一度は家に帰ってきていたのだが、獣人の番ができて子供もいるという手紙を貰ってからは帰っていない。
「もう二年だよ、二年! 素敵な旦那様と可愛い子供を置いて帰ってくるのは辛いだろうけれどさー」
パレードに連れて行ったときにはじめて獣人を見たブレーズは興奮し、大きくなったら彼らのところへ行くのだと言っていた。それを叶えて今ここにいる。
「ぶれーず、だぁれ?」
足元にひっついている、可愛い手と耳がひょこりと見えている。
この子がリュンかとラウルはしゃがんだ。
「こんにちは。俺はブレーズのお兄さんでラウルだよ」
「こんにぃちは」
少しだけ顔を出してはにかむ。その姿がたまらなく愛らしい。
「ちょ、かわいいがすぎる」
「僕の息子だから」
どんな理由で家族になったのか、ブレーズは手紙で詳しく教えてくれた。だから知っている。この子が酷い目にあったことを。そして今は家族として幸せに暮らしていることを。
「俺の甥っ子ちゃんだ」
そっと手を伸ばすと、一瞬、ビクッと体が震えたが受け入れてくれた。
撫でているうちに耳がたれて尻尾が揺れているのが見えた。
「うん、いい子」
ふにゃりと表情が緩み、軽快が緩んだかなというところでリュンを抱き上げた。
「わぁ、ブレーズとおんなじいろ」
目を覗き込んでキレイだねと口にする。
「ありがとう。うれしいね、ブレーズ」
自分の目がキレイと言うことはブレーズも同じということ。息子に褒められて嬉しそうな弟の姿を見れて嬉しい。
「はじめまして義兄さん」
ブレーズの隣には真っ白な毛並みの獣人がいる。第一騎士団長をしていると手紙に書いてあったが愛想の良い表情は威圧感がない。
頼りがいがあり優しそうな獣人だなと、リュンを下ろして握手をする。
「どうか俺のことはラウルと呼んで。あと敬語はなしで」
「わかった。俺はセドリック。セドと呼んでくれ」
「宜しくセド」
自己紹介を終えて家へと向かうこととなったのだが、馬車が用意されていて驚いた。
「えっと、セドが御者をするのか」
「そうだ。騎士団では誰もが馬車をひく」
手を貸してもらい馬車に乗り込むと動き始める。
「はー、すごいな。馬車を用意してくれて御者までしてくれるなんて」
しかも乗り心地が良い。
「ラウルが来るからって、休みをとってくれたんだ」
忙しいだろうに出迎えてくれたことが嬉しい。
「素敵な旦那様だな」
「うん」
「ねぇ、エメのパンやさん」
窓外を覗いていたリュンが声を上げて指さした。
「へぇ、診療所の隣にあるんだな」
「そうなんだよ。半年前に出来たんだよ」
ブレーズによると診療所の勤務医であるライナーとパン屋の主は番で、診療所の隣にあった空き地を購入しパン屋を建てたそうだ。
しかもずっと前から土地を購入し、いつでも渡せるようにと用意してあったとか。
「近くにいて誰にも渡す気はないって?」
「そうなんだよ。誰にも渡さないって、側にいたんだもの」
すごい独占欲だ。重いと感じるかもしれないが、それだけ愛されてみたいものだ。
「ブレーズのおみせ」
「どれ、お、いいかんじだな」
「でしょ。あと少しで僕の店になる予定」
店は借りることもできるし買取もできる。新しく建てる人もいるが、ブレーズはこの店が気に入っているそうだ。
「窓が大きくて中が見やすいからいいかもな」
「今度ゆっくり見せてあげる」
「おう」
「ドニのおみせ」
「オイルの店か」
「そう。二軒目も出したんだよ」
ドニの店は騎士にも下ろしている。一軒だけでは間に合わず、二軒目をだすことになったのだ。
「ほう、それはどこに?」
「王都の近く」
王都の近くは貴族が住む地区で、店を出すにも高い場所代が必要となる。しかも建物も高級感は必要だ。
「すごいな」
「彼の作るオイルは貴族に人気だし、滋養強壮によいドリンクを騎士に卸ているんだ」
「噂で聞いたことがある。疲れた日にあれを飲めばすっきりだって」
「そうなんだよ。僕も飲んだことあるけれど、すごいよ元気がでるんだ」
それは一度試してみたいものだ。
「ピトルさん」
「あ、ここが獣人商売組合だよ」
「そっか、だからピトルさんね」
ピトルは獣人商売組合に勤めている獣人で、通信機で話をしたことがある。
「リュン、顔見知りなの?」
「うん。ごほんをよんでもらったよ」
「読み聞かせをしてくれたんだよ。すごく読むのが上手でね、聞いていてワクワクするんだ」
「優しい声をしているものな」
「そっか、通信機で聞いたことがあるんだね」
「あぁ」
さて次は何を教えてくれるのか。
楽しみに待っていると、
「おうちについた」
といい、馬車が止まりドアが開いた。
「どうだった?」
「リュンが色々教えてくれたので楽しかった」
案内ありがとうと頭をなでると、尻尾を振るった。
獣人が住む家だけあって天井が高く一部屋が大きいし部屋数も多い。それでも一般的な庶民が住む家より立派だ。
「いいな、この家」
「だよね。個々に部屋はあるけれど近いし。掃除もリュンに手伝ってもらっているし」
少し大変だけど大丈夫だよとブレーズがいう。
「ブレーズから家のことを聞いてな。三人で暮らすなら可愛い家にしようと」
「すごい屋敷を想像してたよ」
貴族だし団長だからと勝手にそう思っていた。
「あー、まぁ、そうだよな。だが、無駄に大きいし部屋数も多い。親と兄弟から部屋は遠いし。そんな所に愛しい人と住むなんて嫌だしな」
側にいてほしいんだとセドリックがブレーズの腰へと手を回し、リュンの頭に手を置いた。
なんて愛されているんだろう。
ブレーズを見れば耳が真っ赤に染まっていた。
「オムベット国で商売をすると聞いた時には心配していたけれど、うまくやっているようでよかった。素敵な家族もいるしな」
「俺もふたりと出逢えて幸せだよ」
三人を見ていると心が温まり幸せな気持ちとなる。大切な弟の幸せを見ることができてよかった。