会いたい
シリルが成人の儀で帰ってしまった間、ドニはぼんやりと過ごす日が多くなった。
「おい、薬草を取りに行かないのか?」
耳朶に輝くイヤリングがあるから、ロシェは寂しさを紛らわすことができるのだろう。
しかしドニには何もない。ただ待つのがこんなにつらいなんて思わなかった。
「会いたいな」
シリルに、後、もう一人の顔が浮かぶ。
可愛かった。耳の後ろを掻いたとき、顔を真っ赤にして震えていた。
喉の奥を鳴らして耳と尻尾を垂れさせる姿は、何度おもいだしても表情が緩む。
「そうだな」
イヤリングに触れ、そうロシェがつぶやく。
「素直じゃん」
ドニがからかうように言うと、顔をほんのり赤く染め、
「煩い。ほら、薬草を取りに行くぞ」
と顔をそむけてしまう。
「わかった。いま、用意するね」
ファブリスと出会い、恋をするようになってロシェは変わった。
頬を染める姿を見るようになろうとは思わなかったなと、口元を緩ませながら森に入る準備のため、獣が嫌がる草を焚く。
「ロシェ、口を覆う布……」
布を手に振り返る。するとそこに立っていた艶やかな黒い毛で覆われた獣人に驚く。
「なんで」
「う、嫌な匂いだ」
同時に声を発する。
「ゾフィード」
数日前に王都へ帰ったのではなかったか。
「おい、変態。その腰のものをどうにかしろ」
鼻に布を押し当てながら焚いている物を指さす。
「あ、うん」
「ドニ、こちらへよこせ」
とロシェがそれを引き取り、袋へとしまう。布を離したゾフィードが大きく息を吐き捨てた。
「なんだ、あれは」
「あれは獣が嫌がる匂いのする草で、あの布は燃えない素材でできているから大丈夫」
聞かれてもいないことまで口にし、呆けたまま見上げるドニに、ゾフィードが口角を上げ、
「相変わらず変な顔だなお前は」
そう失礼なことを口にする。
「うん、きっと君が目の前にいるからだよ」
とその胸に飛び込んだ。
獣の匂いだ。シリルは甘いにおいがするが、ゾフィードは野性的な香りがする。
「ナデナデさせて」
服に頬を摺り寄せ、間近で彼を見上げる。
「嫌だね」
とその身を引き離されて、髪を乱暴に撫でられた。
「王からお前たちに。この招待状を届けに来た」
蜜蝋に押印で封じられた白く綺麗な封筒を手渡される。
「え、えぇっ! 獣人の王様から、俺達に?」
「あぁ。中で話をしよう」
と家を親指で差す。
「そうだね」
中には小さなテーブルとイスが二つ。
二人が中へ入るとロシェが席を譲るように起ちあがり壁際に立つ。
「これ、開けてくれる?」
「あぁ」
ナイフを取り出して蜜蝋の封をとく。
「ほら」
中身を取り出すと、成人の儀への招待状だった。
「すごい、ロシェ、俺達、獣人の国に招待されちゃったよ」
あまりの嬉しさに身を震わせながら招待状を胸に抱く。
「そうか」
心なしにロシェも嬉しそうだ。
「あ、でも、どんな格好で行けばいいの?」
流石にこの格好で行くわけにはいかないだろう。だか、綺麗な服を買う為のお金はない。
「一先ずは着れそうなものを数枚持ってきた。後は向こうで作る」
そういうと既に外に袋が置かれていて、それを手にするとテーブルの上に服を置いた。
「ロシェは大丈夫だろうが、問題はドニだな」
それはゾフィードのものらしく、ロシェはほぼピッタリであったが、ドニには少し大きい。
「ズボンの裾は織って、ウェストは縄で縛ろう」
靴はどうしてもあわないので、ぼろぼろのを履く。
「まぁ、少しの間だけ不格好のままでいてくれ」
それでも以前の姿よりは大分ましだ。
「できるだけ早く出発したい。やり残したことがあるなら早めに終わらせてくれ」
「薬草を収めているおじさんの所に連絡する位かな」
昔からお世話になっている所だ。そこだけには挨拶をしてから出かけたい。
「そうか。ならば、出発する時についでに寄るとしよう」
「え、馬車なんて目立つよ!」
「だが、その方は早いだろう?」
確かに街まで向かうには半日はかかる。馬車なら相当早くつくことができるだろう。
「わかった、そうさせてもらうよ」
出発は明日となり、今日は二人の家に泊まることになったのだが、問題は家が狭いためにゾフィードの寝る場所がない。
「あの、俺と一緒で良いかな?」
と粗末なベッドを指さす。
「俺は床でも平気だ」
旅で野宿も良くしていたと言い、自分のマントを床に敷いて横になろうとするゾフィードに、
「だめっ、こんなだけどベッド使ってよ」
と腕を掴んで引っ張る。
「……いいよ、床で。野宿に慣れているので何処でも寝れる」
「お客様を床で寝させられないでしょ」
一緒に寝れるチャンスをみすみす逃したくはないという、下心いっぱいにベッドの方へと引っ張った。
「お前の考えは見え見えだ」
と床に横になってしまった。非力な自分ではゾフィードを引っ張っても無理だ。なので諦めて寝ることにした。
夜中に目が覚めてベッドから起き上がる。
床に眠るゾフィードから寝息が聞こえてくる。どこでも眠れると言っていたのは本当だった。
ランベールと旅に出ることが多いのだ。そうでなければ体力も持たないだろう。
そっと毛布を持ち上げて彼の隣に寝転がる。
もふっとした感触が頬をくすぐり、つい表情が緩む。
朝、目を覚ました時、腕の中にいる自分を見てゾフィードが慌てて飛び起きた。
「いつの間に」
「ぐっすりと寝ていたから」
「俺が、か? そうか」
何かを考えるような素振りをしながらがしがしと頭を掻く。
一体どうしてそんな表情をしているのだろうと小首を傾げれば、
「いつのまにか、お前に警戒せずに寝てしまったようだな」
と腕を組む。
「寝てただけだよ。それとも、尻尾を舐めたり噛んだ方がよかった?」
そう口にすると、ゾフィードが自分自身を抱きしめる。
「馬鹿かお前は」
獣人の尻尾は弱点でもある。故に噛ませるなんてありえないと怒られる。
「ふぅん、そうなんだ」
いいことを聞いた。そう思っていたら、
「お前、変なことを考えていないで飯を食ったら出るぞ!」
そういうと立ち上がり、かまどに火をつける。
今の時期はマルイモくらいしか食べるものはなく、茹でたマルイモにハーブと塩を混ぜたものをふりかけて食べる。
「食事がすんだら荷物をもってこい。出発する」
「わかった」
ロシェはいつも使っている剣を、そしてドニは薬の入った鞄を持つ。
「荷物はそれだけか」
「うん。もともと家になにもないからね」
屋根のある場所があり、最低限の着るものと食べ物があればそれていい。そんな生活をずっとしてきたのだ。
「そうか。それでは出発する」
外には立派な馬車があり、御者が一人、馬に乗った人が二人いる。
「俺が所属する隊の団長とその他二名だ」
団長と紹介された獣人は立派な体躯ときれいな白い毛並みをしていた。ほかの二人には柄がある。
「ふぉぉ、綺麗な毛並み、あちらの方は柄があってかっこいい」
もっと近くでと思ったのにゾフィードに腕をつかまれ馬車へと連れていかれてしまった。
「他の獣人に変態ぶりを見せるな」
と言われてしまい、ロシェにはため息をつかれた。
「うう、ひどい」
こういう時だけ息が合う。
機会があればお話がしたい。そう思いつつ席に腰を下ろした。