恋をする獣人、恋を知らぬ人の子
ドローイングルームへ向かうと、ソファーに座るランベールと目があう。
ランベールの前にはワインの瓶が置いてあり、ガウン姿の彼はやはり色っぽいなと思う。
少し頬が熱くなり、手で自分を仰ぐ。
「食事はもう少しかかるそうだから私の冒険談でも聞かないかい?」
「わぁ、是非。ロシェも一緒に聞こうよ」
ソファーに寄りかかっていたロシェを誘い、ランベールの隣に腰を下ろす。
ランベールは旅をしながらトレジャーハンターのようなこともしている。
時には財宝を守護するモノと戦ったりと危険な目にあうこともあるそうだ。
「さて、お話は一先ずやめようか」
いつのまにかファブリスとゾフィードも傍で立って話を聞いていた。
「わ、いつの間に。全然気が付かなかった」
「叔父上の話は面白いからな」
「ゾフィードのかっこいい話もたくさん聞いたよ」
というと、ゾフィードの耳と尻尾がピンと立った。
「え、いや、俺なんて全然」
ランベールに褒められることが嬉しいのだろう。素直な反応を見せる。
「失敗談もよかった」
ロシェがすぐさまいうと、ランベールの方へと顔を向けた。
「あははは。さて、食事にしようかね」
「ちょ、ランベール様、何を話したんですかぁ!」
笑うランベールとあたふたとするゾフィード。その姿を見て、皆が楽しそうな顔をしている。
「叔父上、いじめるのはそれくらいに。さ、ダイニングルームへ」
全員で食事を摂る為、全ての料理がテーブルの上に用意されている。
料理は肉がメーンだ。獣人の主食は肉なのでそれは仕方がない。
「ゾフィードがいるから色々な種類の料理が作れた。ドニ、ロシェ、料理を楽しんでくれ」
「ほら、お前は肉が苦手だと聞いたからな。ワイン煮込みと鶏肉と野菜のクレープ包みはお前が食えるようにと思って作った」
「うそ、嬉しい」
二品とも肉の臭みはないし柔らかくて食べやすい。しかもドニのことを思い、作ってくれたのだから余計に美味しい。
いつも以上に食べて、もう、限界だとお腹をさする。
「食が細いと聞いていたが、本当だな」
同じ背丈ほどのシリルですら自分より食べる。他の獣人は更に倍は食べている。
「それでも、ドニの食べる量は増えた方だぞ」
「これでか?」
とロシェが言い、それにランベールとゾフィードが驚く。
「まぁ、もう少し太らないといけないね」
とランベールが優雅な手つきで肉を切る。
大きな肉の塊は既に残り少しとなっていて、見ているだけでお腹がいっぱいになりそうだ。
「ドニ、太らなければいけないのは俺も同感だが、無理はしなくていい。だがこれとこれは全部食べろ。後はデザートを用意してやるから」
ファブリスが世話を焼きはじめ、それを見たランベールがからかいだす。
「我が甥っ子は世話好きだねぇ。良い嫁になりそうだね」
「嫁って、こんなデカくて強い雄を貰うやつがいるのか?」
ゾフィードが笑い、ファブリスがロシェの方へと顔を向ける。
「……貰うのかい?」
その視線に気がつき、ぽつりとランベールが呟く。
「いらねぇよ、可愛くないし」
自分に向けられているのだと気が付いたロシェは、冗談じゃねぇと顔を背ける。
「酷いな」
ファブリスが耳と尻尾を垂らし苦笑いする。
「俺は欲しいけどなぁ、獣人のお嫁さん」
一緒に暮らせるだけでも嬉しいのに、触ったり、匂いを嗅いだり、舐めたりとし放題だ。
「鳥肌が立ったぞ」
ゾフィードが嫌そうな顔をする。
「はは、ドニは何を考えているのか分かりやすいからね」
とランベールが笑う。
「え、別に普通のことですよ?」
そんなわけがあるかとゾフィードにつっこまれて、ドニはそんなことないのにと小首を傾げた。
風呂に入り、おやすみといって部屋に向かおうとしたのだが、シリルに手を握りしめられて引きとめられる。
「ドニ、少し話を聞いてもらいたい」
といわれてシリルの部屋へ入る。
ベッドに並んで腰を下ろすとシリルが口を開いた。
「なぁ、ランベールのことをどう思う?」
「かっこいいよね」
「そうだろう。家柄も良いし、毛並も美しくて強い雄だ」
まるで自分のことのように喜んで話す。よほど好きなのだろうなと、にこにこしながら話を聞いていたら、シリルの表情がくもりだし、そしてうつむいた。
「え、どうしたの」
「なぁドニ、恋をしたことはあるか?」
その切ない声音に、あることに気が付く。
「そうか、シリル、ランベールさんのことを恋愛対象として好きなんだね」
そう口にすると、シリルがはじかれたように顔を上げる。
「ドニもわかるのか、僕の気持ちが」
ということは自分より先に誰かに言われたのだろう。
「うん。だって、今のシリルは恋をしてますって顔しているもの」
頬を赤く染めている。
「え、そうなのか」
「うん。そっか、恋しているんだ」
恋する獣人も可愛いなとほんわか気分でシリルを見ていたら、また落ち込みだした。
「シリル、何を悩んでいるの?」
気持ちが不安定で心配になってくる。肩を抱き寄せると、こてっと頭を肩の上に乗せた。
「僕なんて子供としか見られていないのは解っているんだ。きっと大人で美しい毛並の獣人と結ばれるだろう。だけど、それを想うと嫉妬で胸が苦しいんだ」
確かにランベールは随分と大人だ。シリルがそう思ってしまうのもわからなくない。
不安になって気持ちが上がったり下がったりしてしまうのはそのせいだろう。
「ねぇ、想いを告げてみたら?」
胸の中にしまっておくよりもきっと楽になれる。ランベールはきちんと答えをだしてくれるだろうから。
だが、シリルは首を横にふるう。
「本当はそれが一番なのだろうが、恐くて言えないんだ」
だからこの胸の奥にしまっておくよと手を胸にあてた。
「そっか」
ドニがあれこれと口をはさむべきではない。だからこの先、どうなろうとも友達として傍にいてあげたい。
シリルの両手をつかみ握りしめる。
「ふっ、聞いてくれてありがとうドニ」
とその手を握りかえしてくれた。
「うんん。ねぇ、ランベールのどこが好きなのか聞かせてよ。俺は話を聞くことくらいしかできないから」
「あぁ。聞いてくれ」
それからドニはシリルがどれだけランベールのことを想っているかを聞いた。
そんなふうに思える相手に出会えたシリルがうらやましい。
話を終えて眠りについたシリルを起こさぬようにベッドから抜ける。
喉が渇いたのでお水を貰いにキッチンへと向かう。すると、そこには風呂上りのゾフィードが喉を潤していた。
「なんだ、喉でも渇いたのか?」
「うん」
水をグラスに注ぎ手渡してくれる。
「ありがとう」
それを飲み、グラスをテーブルに置く。
「もういいか?」
「うん」
ゾフィードを見ると、洗いたての毛皮はしっとりと濡れており、拭いてあげたいとドニの手が疼く。
そっと近寄り、肩に掛けてあるタオルを奪い背中を拭いた。
「何を」
ぶわっと毛を逆立ててドニを見る。
「え、濡れていたから」
「余計な真似をするな」
「もしかして、くすぐったかったの?」
目元が赤く染まっている。
「どうでもいいだろう」
恥ずかしさもあったのだろう。
「かわ……、ん、んんっ、ねぇ、ゾフィードのことを聞かせてよ。君も騎士なんだよね」
可愛いと口から出そうになり、それを誤魔化すよに別のことを聞く。
「あぁ。ファブリスとは共に剣を学び騎士となった」
「そうなんだ」
「俺の一族は、シリルが三歳の頃からランベール様付になった。旅をする時に同行するためにな。はじめは親父がついていたんだけど、それが兄になり、姉がついて、俺となった。まぁ、それも最後なんだけどな」
「え、最後なの?」
「あぁ。シリルが成人の儀を終えたら、俺は騎士団に戻ることになっている」
「そうなんだ」
もし、そうなるとゾフィードとは会えなくなるということか。
折角知り合えたのに悲しいなと、しょんぼりと肩を落とす。
ゾフィードはそれに気が付かずに話を続ける。
「シリル様が人の子と友達になったと聞いたときには驚いた。それがお前のような変態とはな」
「俺はただ獣人愛が強いだけで、いたって普通なんだけどな」
そう口にするが、ゾフィードは笑うだけだ。
「お前がシリルの毛並を良くする為にオイルを作ってくれたのだろう?」
「あ、うん、まぁ、俺のできることってそれくらいだから」
「毛並のことでシリル様は可哀そうな目にあってきたんだ。あんなに素直で可愛い王子を……」
「え、王子?」
目を瞬かせるドニに、ゾフィードはとうに知っていることだと思っていたのだろう。しまったと口元を押さえる。
「貴族だって聞いていたけど、王子様なんだね」
流石に驚いた。だが、シリルが王子だと聞いてすぐに納得する。
「あ……、それ、聞かなかったことにしてくれ」
「そうだね。シリルの口から聞いたわけではないもんね、黙っているよ。そのかわり」
にやっと口元を緩めると、ゾフィードが急に後ずさる。
「触らせて」
もう会えなくなるなら、たっぷりと触らせてもらおうという気持ちになった訳だ。
「嫌だ、ふぁっ」
手を伸ばして耳の後ろを掻くと、顔を真っ赤にして身体を震わせた。
その表情にゾクゾクする。なんて可愛い反応を見せるのだろうか。
「やめろ、変態」
「おねがい、あともう少しだけ」
耳の後ろから顎に手をやり指でこちょこちょと弄る。
「ふっ」
ゴロゴロと喉の奥がなり、耳と尻尾がたれる。
「ふぉ、なに、この反応。たまらんっ」
「いい加減にしろ」
爪を立てて歯をむき出すゾフィードは完全に怒っていた。
手の甲から血が流れ落ちる。
「ごめんね」
「いや、俺も我を忘れた」
ゾフィードがドニの傷口に舌を這わせる。何だかくすぐったくて、くすっと声を上げる。
「なんだ?」
「うんん。ありがとう、もう大丈夫だよ」
とニッコリと笑う。
するとゾフィードの耳と尻尾がピンと伸びる。
また怒らせてしまったのだろうか。
だが、目元が赤く染まっていたので、どうやら怒っている訳ではなさそうだ。
せめて彼がここに居る間だけでも友達になれたら嬉しい。そしてブラシをかけさせてもらいたい。
つい、想像していたら口元が緩んで、むふふふと声が漏れていた。
そんなドニに、ゾフィードが「変態」と呟いた。