獣人、恋慕ノ情ヲ抱ク

優しい獣人に恋をした

 人の子の住む国では獣人の姿は目立つ。御者はフードを深く被り身を隠している。
 それでも立派な馬車は目立つ。しかも、そこから降りてきたのがドニで、祖父の代からお世話になっている店主が驚いていた。
 色々と聞かれたが、貴族の子供を救ったのが縁で家に呼ばれたという、あながちウソではない話をし、遠くの別荘に呼ばれて当分薬草を収められない事を言う。
「そうかい。また戻ったらよろしく頼むよ」
 と言ってくれる店主に、また自分の薬草を扱ってくれるという約束をしてくれるありがたさに心が温まる。
 本来ならドニのとる薬草など無くても店には十分な量があるのだ。それなのに彼は優しさから買い取ってくれていたのだから。
「おじさん、ありがとう」
「いっておいで、ドニ」
 店主に窓越しに手を振り、馬車は進んでいった。

 目的地は獣人が住む王都。どこを見ても住人がいる国へ行けるとあって、ドニは興奮しぱなしだった。
 疲れてしまうぞとゾフィードに言われたが、気持ちは収まらない。
 だが、慣れない旅に徐々に体力は奪われていく。気が付けばぐったりと寄りかかっていた。
「少し外で休もう」
 とゾフィードが湖の畔に馬車を止めるようにいう。
「大丈夫か」
 ロシェが顔色がよくないと頬に触れる。
「ごめんね。ゾフィードに言われていたのにはしゃいじゃったから」
「なぁ、外に行ってもいいか?」
 そうロシェがゾフィードに尋ねる。草原が広がっており、そこで横なれば少しは楽になりそうだ。
「いいぞ。ロシェ、ドニはまかせろ。お前も休んでおくといい」
「そうさせてもらう」
 抱きかかえられて馬車から降ろされる。
 物語のお姫様みたいだなと、口元が緩んだ。
「なんだ?」
「うんん。面倒見がいいなって」
「お前らは王子の大切な招待客だ」
 大きな木のそばまで行くとそれに寄りかかるように下ろされた。
「ねぇ、少しだけなでなでさせて」
「断る。休め」
 流石にそれは断られてしまった。残念だなと目を閉じれば思っていた以上に疲れていたようですぐに夢の中へと落ちた。

 獣人に会いたい、それがドニの夢だった。
 それが今では友達となれたのだ。それだけでも幸せなことなのに、欲が生まれてしまった。
 自分を変態扱いするくせに、優しい獣人。シリルのようにもふもふはしていないが、なめらかな手触りをした、美しくつやつやな黒い毛を持つ彼と、もっと仲良くなりたい。
 手触りの良い質感だ。しかも温かくて気持ちがいい。
 頬を摺り寄せると、背中をリズムよくたたかれる。
 なんて幸せなんだろうと目を開くと、
「起きたか」
「わっ」
 あまりにゾフィードの顔が近くて、驚いて声を上げていた。
「驚かせたか」
「え、あ、うんん」
 というか、ドニがゾフィードに抱きついていたのだ。
「ごめん。あまりに気持ちよくて抱きついちゃったんだね」
「俺は枕かよ」
 そういうと身体を引き離された。
 疲れているドニを起こさぬようにとそのままでいてくれたのだろう。
 ゾフィードの優しさを感じて心が溶けるように嬉しい。
「ドニ、そろそろ出発をしたいが、体調はどうだ」
「ゾフィードの触り心地がよくて癒されたから大丈夫」
 そう素直に口にすると、
「……はぁ」
 嫌そうにため息をつかれた。
 それから馬車に乗り込み日が落ちたころ、小さな集落へとたどりついた。
「ここで休む」
「あれ、ここって誰も住んでいないの?」
「あぁ」
 その割には薪やランプが置かれていて、ほこりもあまりない。
「スープができるまで身体を休めろ。ロシェもだ」
 人の子と獣人の体力は違うから休める時に休めという。
「わかった」
 ロシェと共にベッドへ横になる。
「はぁ、横になると楽だね」
「あぁ。さっきも休んだのにな」
 先ほど休んだとはいえ、疲れはとれていなかった。瞼が重くなる。
 それからどれくらいたったのか、気がつくと隣に寝ていたロシェがおらず、かわりにゾフィードが寝ていた。
「え、なんで」
 身体を起こすと、ゾフィードの目がゆっくりと開く。
「目が覚めたか」
「ロシェは」
「隣の部屋で寝ている。起きたならスープを食べろ」
 とベッドから降りる。
「わかった」
 食欲はないが食べないと体力が持たない。また迷惑をかけてしまうことになる。
 ドニもベッドから降りると、ゾフィードが座って待っていろと言う。
 しばらくするとマグカップをもって戻ってきた。
「ほら、カツの出汁で作ったスープだ」
 カツという魚を二週間、焙乾(ばいかん)し、かたくなったものを削って出汁をとったものだ。
 鳥の卵をといたものとこれを混ぜ合わせて蒸した料理がおいしくて、珍しくたくさん食べた。
「ん、ホッとする味」
 もしや、ドニのために作ってくれたのだろうか。
 獣人やロシェは干し肉の出汁のほうが好きだろう。
「これ、俺のために作ってくれたの?」
「お前は食が細いうえに肉はあまり得意ではないだろう?」
 特別だと言われ、口元がふよふよと緩む。
 嬉しくて全部飲み干すと、頭に手を置かれる。
 よくできました、そういわれているようで、にへっと笑うと気持ち悪いと言われてしまった。
「ひどいなぁ」
 コップを手から奪われ、横になれと肩を押される。
 部屋から出て行こうとするゾフィードに、
「いっちゃうの?」
 と口にすれば、
「コップを置いたらすぐに戻る」
 という。
 もっと一緒にいたいと思っていたので、その言葉にほっとする。
 だが、すぐに戻ると言っておいて、なかなか戻ってこなかった。
 探しに行こうかと起き上がると、丁度、ゾフィードが部屋に入ってきた。
「なんだ、喉でも乾いたか?」
「うんん、なんでもないよ」
 きっと誰かに呼び止められたのだろう。ここには自分たち以外にも獣人がいるのだから。
 戻ってきてくれればそれでいい。
 隣に横になるゾフィードに頬をくっつける。
「また抱き枕にするのか」
 後頭部に手を伸ばしてゾフィードの胸へと顔を押し付けられる。
 ゾフィードの傍は気持ちが良くて、匂いを嗅ぐとほんのりと甘い。
 これはドニがシリル以外の獣人に贈ったオイルの匂いだ。
「これ、使ってくれたの?」
「風呂に入れないからな」
「もしかして、俺の為?」
 匂いが気にならないようにと思ってくれたのだろうか。
「身だしなみをきちんとするのも騎士の……、なっ」
 照れている姿をみたらたまらなくなった。
 鼻先に口づけをすれば、驚いた顔をする。
「ドニ、獣人にこれをする意味を知っているのか?」
「知っているよ。本当はキスじゃなくて舐めるんだよね」
 あまりに優しすぎるから。
 獣人だからじゃない。一人の雄としてゾフィードのことを意識している。
「なぁ、ドニは俺のどこが好きなんだ?」
「優しいところだよ」
「お前は大切な招待客だから、それ以上に意味はないと知ってもそう言えるのか?」
「……え」
 それはドニに対して特別な感情はないということだろう。
「そう、なんだ。あはは、ごめん、俺」
 ベッドから降り、
「ロシェのところに行くね」
 そういって部屋を出るが、ロシェのいる隣の部屋へは向かわなかった。