傍惚れ

 その日は風もなく静かな夜だった。
 遅くまで書物を読み、そろそろ寝ようかと布団へと入った所だった。
 ぎしっと廊下が鳴り、襖を開く音が聞こえて閨(ねや)の中へと入ってくる。
 普段はそんな事はしない事におかしいと思い起きあがれば、そこに立っていたのは大柄の男であった。
「熊田!?」
 まさか、家に忍び入るなんて。
 起ちあがろうとするが熊田に布団へと組み敷かれてしまう。
 力でこられては勝ち目はなく、身動きが取れない。
「熊田、よせ」
「また、青木様を味わせて……」
 帯を解かれ衿を開く。露わになった肌に舌なめずりをし、胸へと手を伸ばす。
「やめよ。一度目は贖罪だと思い許すことにした。だが、二度目はない」
 だが熊田には青木の言葉は届いておらぬようで、舌が乳首を舐めまわす。
「嫌だっ」
 宗佑に吸われて疼く箇所はとても敏感で、すぐに突起しかたくなる。
「俺の舌にこんなに感じてる」
 何か勘違いをしながら口に含み、手は後ろを弄り始める。
「ここも、欲しいってひくひくしてる。そんなに俺のが忘れられなかった?」
 先ほどまで愛しい男のモノを咥えていたのだ。中はまだ熱く宗佑を欲しがっていた。
「ん、違う、お前のなど、いらぬ」
「そんな事を言って。あの時、あんなに善がっていた癖に」
 指が抜かれ熊田の、大きくそりたつものが目の前。
「嫌だ、よせっ」
 宗佑以外のモノを受け入れるのだけは嫌だと暴れるが、うつ伏せに抑え込まれて四つん這いにさせられる。
「熊田、やめ……、ひやぁぁっ」
 その圧迫感と乱暴に入れられた痛みが全身を襲う。
「あぁ、青木様の中はやっぱり良いなぁぁ」
 深い所までねじ込まれ激しく揺さぶられる。
「くっ、やめよ」
「青木様の、気持ち良すぎて欲が噴出してますよ。ほら、こんなに濡れてる」
 先を指で弄られて、ぐじゅりと水音がする。
「嫌だ、抜いてくれ」
「まだ、嫌だと言うのかっ」
 急に態度がかわり髪の毛を鷲掴みにされた。
 布団に頭を押し付けられ息が苦しくなる。
「ふっ、抜け……」
「こんなに青木様を愛しているのにっ」
「嫌だ」
「くそっ、くそ!!」
 仰向けにされ首を絞めつけられる。
「ぐはっ」
 流石にこれはヤバイかもしれない。
 薄れる意識の中、宗佑の姿が浮かぶ。
 彼に出会えてよかった。もっと、一緒にいたかった、と。

 ふ、と、意識が浮上する。
 気を失ってしまったのかと身を起こそうとするが、傍に人の気配を感じて布団の中で肩を震わせる。
 もしや、まだ熊田が傍にいるのかと、自分の身を守るように身体を縮める。
「お目覚めになられましたか」
 その声は熊田のものではなく、そちらへと恐る恐る顔を向けると、そこに座っていたのは見知った男だった。
「お主は、たしか伊藤家の三男坊の……、確か木崎だったか」
「はい。青木様の使用人が見て欲しいと頼みに来られましてお伺いを」
「そうか」
 起きあがろうとしたら首が痛み、絞められたんだっけなと擦る。
「数日は痛むかと」
 よくぞ生きていたと思う。
 中を犯されたまま死んでしまっていたかもしれないと思うと気持ちが悪くなってきた。
「ぐっ」
「大丈夫ですか」
 木崎が背中を擦りながら白湯を飲ませてくれる。
「私は、もしかしたら死んでいたかもしれぬのだな」
「はい。首を絞めていた者が、途中で自分のしている事に我に返り力を緩めたのでしょう」
「そうか……、そうか」
 熊田が罪悪感を少しでもあったのならいい。
 包帯のまかれた箇所を撫で、そして拳を握る。
「そうすけ、あ、外山は?」
「外におりますが、お呼びしましょうか」
「あぁ。頼む」
 宗佑に会いたい。そして強く抱きしめて欲しい。

◇…◆…◇

 与平は青木が小さな頃から仕えていた。けして目立たず言われたことをきちんとこなす。
 そんな男が大声を上げ、助けを求めてきた。只事ではないと急いで支度をし、青木の屋敷へと向かう。
 蝋燭の火がついたままの部屋。そこで目にしたのは裸で仰向けに倒れる青木の姿で、身体には行為の痕が残っていた。
「正純さん」
 首の周りに見つけた痕に、最悪な事態がよぎり血の気を失う。
 震えながら近寄り心の臓が動いているか確かめるために耳を胸に当てる。
「はぁっ、あぁぁっ……」
 動いている。生きていてよかったと力が抜けるが、このままにはしておけぬ状態だ。
「与平、木崎さんを連れてくるので着替えを」
「いえ。それは私めが。外山様、正純様の身体を拭いて着替えをさせてあげて欲しいのです」
「あぁ、そうか。そうだな」
 青木の肌を手拭いで拭う。
 身体じゅうに鬱血を残し、中にあふれんばかりに精を放った。
 それだけでも腸が煮えくり返りそうなのに、彼の命までもを奪おうとしたのだ。
 憎しみで狂いそうになるのを、歯の奥をぎりぎりと噛みしめて耐える。
「くそっ」
 それでも収まらぬ怒りは、何も出来ない自分に対する不甲斐なさに対してだ。

 青木が目を覚ました事、宗佑に会いたがっている事を聞き部屋へと向かう。
 その姿を見た途端、強く抱きしめていた。
「宗佑、苦しいぞ」
「正純さん」
 離せと背中を叩かれたが、そのうちにその手は優しく擦り始める。
「心配をかけた」
 涙があふれ青木の寝間着を濡らす。
 ふふっと小さく笑い、手拭いで涙を拭ってくれた。
「虎太郎のようだな」
「……叔父上だからな、俺は」
 額がくっつき、そして互いの唇が重なる。こうして触れ合えることがすごく嬉しい。
「木崎先生から、当分はゆっくりとするようにと。その間、傍にいるから」
「解った。ならば寝るまで手を繋いでいてはくれまいか?」
「あぁ、良いよ」
 青木の手を握りしめ、身体をあやすように叩く。
「まるで幼子のようだな」
 そう苦笑いする青木に、
「子守唄でも歌おうか?」
 と言えば、それも良いなと言われて、青木が眠るまで子守唄をうたった。