傍惚れ
宗佑に連れられ、虎太郎がお香代と手を繋いで青木の屋敷へと来る。
「あおきさま、おべんきょうしにきました」
「本日も宜しくお願いします」
外山家の次の主としてお香代に文字の読み書きを覚えさせたいと青木に頼んでほしいと姉に言われたらしく、宗佑の身内の頼みならと引き受けた。
ならば虎太郎もと頼まれた時には、ちゃっかりとしてると苦笑いした。
昔の自分では考えられない。利用価値があるかどうかで判断をしていたし、童など煩くて邪魔な存在だと思っていたが、宗佑のお蔭でかわれた。
二人のためにと文机を用意した。そして、うめには饅頭をたくさん作らせて来るのを待っているのだから。
「よく来た」
つい、顔が綻ぶのを、宗佑は優しく見つめてくる。
「今日もご指導のほど、よろしくお願いします」
お香代はきちんと挨拶のできる子だ。
「します」
虎太郎は懸命に姉を真似て挨拶をする。それがまた可愛くて頭を撫でる。
「二人とも、座りなさい」
「はい、先生」
書物をとり読み聞かせをする。
集中し話を聞いている。意味が解らないと質問をしてくるし、それが宗佑の時もある。
負けず嫌いな性格ゆえに本は沢山読んできた。それをどう解りやすく教えようかと考えるようにもなった。
後で宗佑に解りやすくて楽しいといって貰えた時にはすごく嬉しかった。
ぼんやりとしている宗佑に、
「叔父上、ぼっとしていては駄目ですよ」
「だめですよ」
そう二人が注意をする。青木も真似て、
「童たちが頑張っているというのに駄目な叔父上だな」
と言えば、破顔し虎太郎を抱き上げて膝の上に乗せる。
「青木様、休憩がしたいです。虎太郎もしたいよな」
甥を巻き込み「うん」と言わせ、それにやれやれとお香代と顔を見合わせる。
「叔父上が休みたいだけでしょう?」
「仕方がない。では、休憩をしよう」
うめを呼び、お茶の用意をして貰う。
饅頭はふかしたてで、昔から青木の好みに作られているので甘さ控えめで美味しい。
童たちにも好評で、饅頭が出てくると嬉しそうに食べる。
「おいしいです」
可愛い姿にほっこりとしながら茶をすする。
暫しの間、茶を楽しんで、再び勉強をする。
それもあっという間に二人の父親が迎えにくる時間となった。
「今日はここまで。二人とも、父上がお迎えにいらしているぞ」
「はい。青木先生、ありがとうございました。それでは失礼いたします」
「します」
挨拶をすませて帰っていくのを見送り、二人だけの時間となる。
「さて、今日はお主に膝枕をしてやろう」
以前、縁側がとても暖かくてうとうととしていたのを思い出し、膝枕をしてやりたいと思っていたのだ。
「良いのか?」
一つしか違わぬのに身分の差が宗佑に敬語を使わせる。せめて家の中では思い人同士なのだからと平等に接して欲しいと願った所、正純と名で呼んでくれるようになり、敬語も使わないで話してくれる。
甘えることも遠慮がなくなり、二人きりの時は寄りあいながら過ごすことが多い。
「膝枕をしてくれるのは父上だったので昔を思い出すよ」
「あぁ、そうか。お主の家はおなごが主だったな。ならば甘えるが良い」
「では、遠慮なく」
宗佑の頭が膝の上におかれ、頭を撫でるとふわりと微笑みを浮かべる。
その表情にキュンと胸が高鳴り、口づけをしたいと顔を近づけた所に、
「お、膝枕か。羨ましいことで」
と声をかけられて驚いて顔を上げる。
「なっ、大津!」
青木にしたことを忘れた訳でもない癖に、大津は平気で顔を見せるようになった。
あからさまに避けでもしたら宗佑に気づかれてしまうかもと無碍に出来ずにいる。
しかも邪魔ばかりするものだから普段は温和な宗佑が大津の前では凄みのある怖い顔になる。こんな顔も出来たんだなと、はじめて見た時はそう思ったものだ。
「どうも。饅頭を食いに来た」
大津は青木と同じ位の背丈と体型をしているのだが、食う量は半端ない。青木の倍の量などペロリだ。
特にこの頃はうめの饅頭が気に入ったようで、ちゃっかりとおねだりしているようだ。
「お前、また覗いていたな」
「やだなぁ。ただで食いに来たわけじゃないぞ」
と懐から書を取り出す。
情報網は秘密だと配下だった頃から教えてはくれなかったが、良い情報を仕入れてくる。しかも今回のは犯人の目星がつかずに手詰まりとなっていた事件の情報であった。
「これは助かるな」
内容を確かめ、それを宗佑へと渡す。流石にその情報には何も言えずに黙り込んだ。
「あと一つ。青木様、身の回りには気を付けな。熊田の奴が……」
と、青木の耳元で囁き。
「じゃぁ、今度はまぐわってる時にくるわ」
菓子鉢には茶の時間で余った饅頭があり、そこから何個かとると懐におさめて帰っていく。
「流石にまぐわっている所は見られたくないぞ」
「正純さん」
そうじゃないでしょうとがっくりと肩を落とす宗佑に、青木は首を傾げる。
「ところで、大津が去り際に何を言ったの?」
「大したことではない」
この頃、執拗に誰かに見られている気がしていたが、まさか、まだ熊田が自分をどうこうしたいと思っていたとは。
「本当に?」
そのまま畳の上へと押し倒されて青木は宗佑の首へ腕を回す。
「あぁ。宗佑、大津の話はもうよいから」
可愛がって欲しいと甘えて、大津とのことをうやもやにする。
「煽らないでよ、正純さん」
ねっとりと舌が絡み、宗佑の手が肌の敏感な箇所へと触れる。
「んっ、そうすけ……」
自分さえ隙を見せねば良いこと。
だが、その考えはすぐに甘かったと認識することとなった。