嫉心
後日、将吾から会わないかと言われ、伊藤家の平八郎の部屋に集まることにした。
迷惑を掛けたことのわびと、榊から預かってきたと包みを平八郎に手渡す。
「おお、羊羹ではないか」
甘いものに目がない平八郎は、その手土産に喜ぶ。
「榊様は解っていらっしゃる。将吾、お心遣い感謝しますと伝えておいてくれ」
「あぁ、伝えておくよ。それで、青木様のことなのだが、罪を素直に認め、裁きを待っている」
「そうか」
「平八郎あてに『申し訳ございませんでした』と伝言を頼まれた」
その言葉で全てを許すことはできない。だが、謝る心まで失わずにいてよかった。
これから裁きの時まで、自分のしてしまったことを、牢の中で深く反省してほしい。
「わかった」
「よし、羊羹を食おうぜ」
落ち込む平八郎の気持ちを持ち上げようとしているのだろう。自ら好んで甘いものなど食べないのに。
「そうしよう。それで、榊様と正吉が一緒に来たのはどうしてか聞こうじゃないか」
「そうだ、あの時、どうしてきたんだ」
「あ……、そんなに聞きてぇの?」
しょがねぇなと呟くと、正吉はその時のことを話し始めた。
――それは将吾と平八郎が荒ら屋で青木に捕まっている時のことだ。
往診を終えて診療所へと戻る時のことだ。酷い怪我を負った男を見つけたのは。
黒羽織に着流し姿。将吾と同じような恰好をしている。もしや町奉行所の者だろうか。
「もし、どうなされましたか」
正吉は普段は訛っているが、目上の者には敬語を使う。ただ、平八郎と将吾は別だが。
「急いでいるのでな、失礼」
呼びかけに応じたものの、そう答えて男は歩いていく。
だが、正吉は放っておけなかった。それほどに相手は酷い怪我を負っていたからだ。
「お待ちください。それならせめて肩におつかまり下さい」
「いや、しかし」
「その方が、目的の場所へと早くつけるかと」
相当つらかったのだろう。
そう申すと、男は素直に正吉の肩を借りることにした。
「すまぬ」
「で、どちらへおいでで?」
「南町奉行所だ」
あぁ、やはり。奉行所の役人か。
「わかりました」
南町奉行所へと向かうと、男は礼を言い、自分は北町奉行所の同心、外山だと告げた。
「あ……」
外山とは、将吾が怪我をしたときに会っていた同心ではないか。
「お待ちを」
呼び止めようとするが、既に外山は中へと入ってしまった。
南町奉行所へ用事とは、まさか、将吾の身に何かあったのではないだろうか。
不安になり、外山が話し終えるのを待つことにした。
すると暫くして、中から出てきたのは榊のみだった。
榊とは、怪我をした将吾の看病をしているときに話をした。故に顔見知りだった。
「木崎先生ではないか。もしや、外山が此処まで連れてきてもらった男とは、お主のことか」
「はい。すごい怪我を負っていたので。ところで、何かあったのでしょうか」
「あぁ、そうだ。少し私に付き合ってくれぬか」
と時がないので歩きながら話を聞かせて貰うこととなった。
将吾と平八郎が人質として捕まっていること、一人で村はずれの荒ら屋へくるようにということだった。
「将吾、平八郎」
二人がそんな目にあっているなんて。正吉の腹の中は煮えくり返りそうだった。
途中、知り合いの男から刀を三本調達し、それを正吉にたくす。
「きっと刀は取り上げられてしまうから持っていて欲しい」
と言われたからだ。
目的の場所へと到達した時、
「隙が出来た時に中へと入り刀を手渡せ。そうしたら伊藤さんを連れて逃げろ」
と指示をされて頷く。
榊が中へと入っていき、その後、正吉は身を隠しながら様子を窺う。
中の様子は見えぬが、話し声は聞こえてくる。
はやく二人を助けたい。その気持ちが正吉を焦らせる。
だが、自分勝手に動けば、榊が作り出す隙を台無しにしかねない。
我慢だ。ぎりぎりと刀を握りしめる。
平八郎の悲痛な叫び声が聞こえた時は、自分を抑えるのが大変だった。
二人を助けるため。辛くとも耐えなければならない。榊の指示があるまで。
その瞬間が訪れるまで、正吉はとても長く感じた――
「そんなことがあったのか」
「あぁ。辛かったぜ。平八郎と将吾に何かあったらと思うと」
二度とあんな思いはごめんでぃ、そう正吉が呟く。
「正吉、心配をかけた」
平八郎が正吉に抱きつくと、
「助かったぜ、正吉」
と将吾が二人を包み込むように抱きしめた。
互いの温もりを感じ、生きていてよかったと改めて実感する。
「おめぇらがいなくなったら、俺ァ……」
珍しく弱気なことを言う。
「はぁ? 簡単には死なぬよ。なぁ、将吾」
元気つけるように平八郎がそう口にし、正吉の頭を抱え込む。
「そうだとも。俺らは歳をとっても一緒だ」
「はは、そうだな」
一緒にお月見をした日のことだ。またこうして共に四季の行事を楽しめたらいいなと話した。
「また窮地に追い込まれたとしたら、助けにいくからよ」
将吾の肩に手を置く。
「俺も、助けに行く」
その手の上に将吾の手が重なる。
そしてもう一つの手は平八郎の頭へとのせた。
「俺も。足手まといになるかもしれぬが」
「何言ってんで。頼りにしてるぜ」
「そうだ。平八郎、頼りにしている」
絆を深く感じ、顔を見合わせて笑みを浮かべる。
これから何が起きようが、三人なら大丈夫。幻妖にも立ち向っていけるだろう。