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偶然の出来事

 告白されて下駄箱で待ち伏せされたあの日から、運よく吾妻に会うことなく一週間過ごせた。
 吾妻と追いかけっこをする生活を送る羽目になるかもしれない。そう恐れていたが、俺が出来るだけ一人にならぬようにと幼馴染達が傍にいてくれた。
 皆にすごく迷惑をかけてしまっている。申し訳ないとは思っているが、情けない事に俺一人じゃ吾妻に立ち向かうのは無理なので好意に素直に甘える事にした。

 

 だが、時に予想もしない出来事が起こる事もある。
 体育の時間に軽く足をひねってしまい、俺は保健室で治療を受けていた。
 まさかこのタイミングで吾妻が保健室にくるなんて思わず、偶然とはいえ出会えたことに、怖い顔で微笑んだ。
「会いたかったぜ、優」
 傍へと近寄ってくる吾妻に対して、俺は逃げる事で頭がいっぱいで、怪我をした方の足に力を入れて立ち上がってしまい激痛に襲われる。
「くっ」
「おい、大丈夫か木邑」
 穂高先生が背中に手を回して椅子に座らせてくれる。
 その様子を見ていた吾妻が心配そうな表情を浮かべ、その脚に触れようと手を伸ばしてくるが、触れる前に穂高先生が制してくれた。
「お前がそんな面で迫って来るから、木邑が怖がっているだろう」
 この馬鹿者がと、穂高先生は言うと吾妻の後頭部をおもいきり叩いた。
「え、先生!?」
 さすがにそれはやばいのではと、ハラハラしながら二人の様子を眺めていれば、吾妻は叩かれた箇所をさすりながら穂高先生の隣に立った。
「痛えんだよ、この暴力教諭」
 と、口調こそは乱暴だが、その声音に怒気は含んでおらず、俺は目を瞬かせながら二人を見る。
「お前が悪いんだよ。木邑の怪我が悪化したらどうするんだ」
 なぁ、と同意を求められて「はぁ」と曖昧な返事をしてしまう。
「悪かったな。まさかここで優と会えるなんて思わなくてさ、テンション上がっちまった」
 そう言うと俺の頬に吾妻の手が触れて、反省している様子の彼に何も言えないまま見つめていた。
「はぁ。やっぱ、怖えか俺は」
 そうため息交じりに行った後、頬に触れていた吾妻の手が離れた。
「あ、いや」
 傷つけてしまったかと、謝ろうと口を開きかけたが、結局はそのまま押し黙る。
 だが、吾妻はまるで何事もなかったかのように俺の顔に顔を近づけて、
「メルアドとケーバン、教えろ」
 なんて言いだす。
「え、どうして?」
 と躊躇えば、
「メルアドとケーバン!」
 さらに念を押すように言われてしまう。
「こら、勇人。そのくらいにしておけよ。困っているだろう」
 穂高先生が横やりを入れて助けてくれる。
 正直、助かった。いつ送られてくるかわからないメールや、着信音が鳴るたびに怯える日々なんて嫌だ。
 だが、吾妻はそう簡単にあきらてはくれない。
「じゃぁいいよ。おい、優、これ俺のメルアドとケーバン。電話して来い」
 机の上のメモ帳に書いた電話番号とメールアドレスを強引に手渡され、
「じゃぁ、俺は教室に戻るから。またな、優」
 今にも鼻歌を歌いだしそうな足取りで吾妻が保健室を出ていった。
 そんな姿を呆気にとられながら眺める俺と、優しげに見つめる穂高先生だ。
「勇人、あんなに浮かれて。余程、木邑に会えたのが嬉しかったんだな」
 そう、クスクスと笑いだす。
「そんな」
 会えたのが嬉しいとか、そんなの困る。
 メモを握りしめる俺に、穂高先生は俺の肩に手を置き、
「アイツさ、手はかかるし顔は怖いけれど、可愛い奴だよ」
 そう優しい表情を浮かべる。
 それが手のかかる弟を見守る兄のようにみえた。
「先生って、お兄さんみたいですね」
「え、やだよ、あんな手のかかる奴が弟なんて」
 なんていいながらも、嬉しそうな表情を浮かべた。
 穂高先生といる時の吾妻は怖くなかった。きっと良い関係を結べているのだろう。
「なぁ、あいつに電話してやってよ」
「え……?」
「噂で聞くような男じゃないって事、話をしてみればわかるから」
 木邑には特に知ってもらいたいんだ、と、そう言われて、正直、困惑するだけだ。
 俺が吾妻の事を知ってどうしろというのだろう。キスをされた事はまだ許すことができない。
「まぁ、電話してもいいなってそう思えた時で良いから。さて、そろそろあいつ等来るんじゃないか?」
 授業の終わりを告げるチャイムが鳴り、それからほどなくして真一と久遠が保健室にとやってくる。
「先生、ありがとうございました。失礼します」
「うん。今日は安静にするんだぞ」
「はい」
 頭を下げ、真一の肩をかり保健室を出る。
 二人には保健室で吾妻と会った事、メールアドレスと携帯の番号の事も内緒にしておこう。これ以上、心配をかけたくないという思いと、吾妻の意外な一面を見たから。

 

 家に帰った後、自室のベッドの上に腰をかけ、吾妻から受け取ったメモと携帯を交互にずっと眺めている。
 何度がアドレスに登録しようか、しまいかと指を動かすが、何もせずに携帯をテーブルに置くが、再びそれをまた手にとり、どうしようかと悩んで結局やめる。
「出来ないよ、電話なんて」
 穂高先生に言われたとしても、吾妻と電話で喋るとかメールのやり取りをするなんて、やはり考えられない。
 俺は吾妻から手渡された紙を机の引き出しにしまい、携帯を机の上に置いた。