カラメル

敵→味方

 俺が優を呼び出したことは、噂となってすぐに広がった。
 その内容は毎回変わり映えしない、シメたとかカツアゲをしたとかそんな感じだ。そこにプラス、目をつけられていい気味だというやつもいる。
 噂をしている奴等を全員ぶん殴ってやりてぇ。だけど自分が手を出してしまったら、余計に優の立場が悪くなるからグッと我慢する。

 昼に呼び出した事や昇降口でのやり取り以降、優の側には誰かが居る。これでは追いかけて謝罪、なんてのも難しい。
 しかも、その中の一人、近寄っただけで何をされるか解らないという雰囲気があるし、そこで強引にいき揉めるのも良くない。
 さて、どうしたものか。
 このまま俺は優をあきらめるつもりはない。ここは一先ず恭介サンに相談しようと授業をサボって保健室へと向かったんだけど、まさかそこに優が居るとは思わなかった。
 ここで会えたという事にテンションが上がり、気持ちを抑えきれずに暴走してしまったのは仕方がないと思う。
 結果、怪我をしている優を怖がらせた挙句に怪我を悪化させてしまいそうになったけれどずっと考えていた事を実行する。
 それは優の携帯の番号とメールアドレスを教えてもらう事だ。だが優はなかなか教えてはくれず、恭介サンに邪魔されたのでそれなら俺の番号をと優に渡した。
 携帯電話の番号を手渡せたことに俺は浮かれ俺は名残惜しいけど教室に戻ることにした。

 放課後。帰る前に寄った保健室で恭介サンとしゃべっていれば、
「勇人、客人だ」
 とナオが中へと入ってきた後に誰かが入ってくる。その人物は昇降口で俺の邪魔をした男だった。
「てめぇ……」
 顔をすごませ男を睨みつける。
「勇人」
 掴みかかろうと手を伸ばした俺にナオがその手を掴んで止める。
 男は俺より頭一つ大きくて見下すように俺を見るとふ、と鼻で笑う。
 その態度にキレてナオを払おうと腕を動かせば後頭部に衝撃を受けた。
「いってぇぇ!!」
 恭介サンの遠慮ない拳骨が俺の頭にお見舞いされ、半泣き状態で俺は振り向いた。
「邪魔するなよ」
「保健室で喧嘩なんてするんじゃない。小崎も煽るような事をするな」
「すみません、穂高先生。つい」
 からかうように、やたらと楽しそうな顔で俺を見て笑うから、更に頭に血がのぼり殴りかかろうとし、再び恭介サンの痛い拳骨を食らう事となった。

 ナオから改めて紹介された男は優の幼馴染で3年生の小崎という。
 恭介サンの入れてくれた珈琲を飲みながら小崎を警戒するように様子を窺う。
「吾妻、俺はお前の人となりを見に来た」
 そういうと、真っ直ぐに視線を向けてきた。
 噂だけを鵜呑みにしないで、俺の人柄を見に来たという事に驚いた。
 だが俺が昇降口でとった行動は噂を肯定するようなもだし、それに今だって、恭介サンが止めなかったら殴りかかっていただろうから。
 あの日、目の前で優を連れ去られたことが悔しくて、それを思いだすと冷静で居られなかったのだ。
「噂通りだって、思ったすよね?」
「そうだな。もしも噂通りの人物ならば……、優に近づかないようにと言おうと思ったのだけどな」
 さてどうしたものかねとナオを見るアイツに、
「人の話を聞かないし暴走する所がありますが、噂のような奴じゃないです。俺は勇人と友達になれてよかったって思ってますし」
 はじめの方は酷ぇなと思ったが、俺と友達になれて良かったと言ってくれたナオに俺は胸がじんと熱くなる。
「はは、わかってる。噂通りの奴ならばお前が必死になるはずがないし穂高先生だって心配そうに俺達を見てないだろうよ」
 その言葉に、どうやらナオはアイツに俺の事を話してくれていたようで、それに心配そうに見ていると言われた恭介サンが珍しく照れた様子を見せた。
「吾妻、お前が優に近づいたのは苛めようとか、そういう理由ではないんだな?」
 それが一番に聞きたかったことだろう。本当、優の事が心配なんだな。
「たまたま陰口を耳にしてさ、どんな奴なのかと興味をもってな。でも見ているうちにアイツの優しくてお人よしで可愛い所が好きになった」
 はっきりと優に恋愛感情を抱いている事を伝える。
「そうか」
 わしっと大きな手が俺の頭を乱暴に撫でる。
「うわ、ちょっ」
 やめてくださいとその手を掴めば「悪い悪い」と言いながら手を引っ込めた。  

 それから俺はすっかり桂司さんに懐いた。互いを名前で呼ぶようになったのもその一つ。
 そして生徒会長とも話をするようになって。ナオが生徒会室に用事のある時は一緒に行って会長さんや桂司さんと遊んでいる。
「勇人、良かったな」
 保健室きた俺に恭介サンが嬉しそうな表情を浮かべていう。
 俺を知る人や居場所が増えるたびに喜んでくれる恭介サンは俺の兄のような存在だなと思う。
「あぁ。俺は幸せもんだな」
 自分を理解し付き合ってくれるのだから。
 後は優ともっと仲良くなれたならいい。
 ポケットに手を突っ込んで携帯を握りしめる。未だ連絡のない携帯に着信音が鳴る日を心待ちにしながら優の事を想った。