ヤンキーと俺
俺が吾妻に呼びだされた事は既にウワサになっていて、教室に戻るなり俺の元へ真一と久遠がやってくる。
二人の表情を見る限り、相当、心配を掛けてしまったようだ。
「無事のようだな」
「怪我はない?」
同時に話しかけられて俺は交互に顔を見合わせて大丈夫だよと告げれば、安堵のため息をつき、真一が何故一人でついて行ったのだと俺に聞く。
二人とも忙しい身だ。いつも一緒に行動出来るとは限らない。昼休みだってたまに一人きりになってしまう事がある訳で。
もしかしたら、吾妻は俺が一人になるその時を狙っていたのかもしれない。
自分がもっとしっかりしていれば二人に心配を掛けるような事は無かった。いつでも迷惑ばかりかけてしまう。
「ごめんね、真一、久遠」
落ち込んで沈んでいく俺に、ふわりと久遠の手が俺の頬に触れた。
それでなくとも久遠のファン共には優しくされる俺の存在は面白くないものだろう。
だが、ここは教室でドアも閉まっているし、真一が壁となっているので、近くに居る者以外はあまり今の状況が解らないだろう。
だから、学校では絶対触れてこない久遠が俺に触れてくる。
「怪我、してない?」
「うん、大丈夫だよ」
小さな頃から見慣れていても、かわいいと思う。
俺はにっこり笑ってその手を掴んだ。
「で、何があった?」
久遠のお陰でふわふわとした気分になっていたのに、真一が怖い顔をして問いかけてくる。俺が何かをした訳では無いのに、そんな顔をされたらビビるよ。
「優?」
「べ、別になにも、無いよ」
例の事を思いだして動揺してしまう。
昔から隠し事は苦手だし、真一にはすぐに見破られてしまって洗いざらい話す羽目となるから。
「俺らに言えない事か?」
あからさまに不機嫌そうな顔で俺に詰め寄ってくる。
「そ、そんな事……」
「じゃ、言えよ」
凄みのある顔をされると流石に怖い。
顔を近づかせて白状しろと言わんばかりの真一。でも、あの出来事はどうしても言いたくない。
「ごめん、俺、やっぱり言えない」
と、ごめんと謝る。そんな俺にため息をつき真一は俺の髪を乱暴にかき混ぜた。
「解った。話したくなるまで無理に聞かない」
「うん、ありがとう」
心配させた挙句に何も言えないでいるのに二人は優しい。俺は申し訳ない気持ちでいっぱいになった。
◆…◇…◆
帰りは大抵一人だ。流石に部活や遊びに行く予定があるのだろう、誰も俺に気を留めない。
煩わしい視線を感じることもなく、俺は鞄を持って昇降口へと向かう。
今日は一つ上の幼馴染である小崎桂司(おざきけいじ)と一緒に帰る為、そこで待ち合わせをしていた。
昔から俺は本当の兄のように彼を慕い、桂司兄ちゃんと呼んでいた。
「ああ、明日からどうしよう……」
ぼそりとそんな言葉が口に出る。
今日はいい。桂司兄ちゃんもいるし、家に帰ってしまうだけだ。だが、明日からはそうはいくまい。
ため息をついて上履きを脱いで下駄箱へと入れる。
「待ってたぞ」
不意に声をかけられ、ビクッと肩が震える。
嫌な予感しかしない。このタイミングで声を掛けてくる相手は桂司兄ちゃんか、あいつしかいないだろう。
このまま逃げたい。だが、すぐに捕まってしまうだろう。それくらい近い距離に彼はいる。俺は恐る恐る声のした方へと顔を向けた。
「ああ、やっぱり」
俺の呟きはしっかりと聞こえてしまったようで。
「やっぱりってなんだよ」
と、俺を睨みつける。
こうなる可能性は十分にありえた。待ち合わせをしたからと安心していた自分の警戒心の無さにあきれる。
俺がまだ校内に居るかいないかは下駄箱を見れば一目瞭然だし。
「なぁ、今からちょっと付き合えよ」
強い力で腕を掴まれ引っ張られ、非力な俺なんて簡単に連れて行かれてしまうだろう。
「やだ、離して!」
怖くて必死で抵抗するけれど、更に強い力で掴まれて腕が痛む。
「やだ」
「こら、暴れんなって、オイ!!」
両腕を掴まれ締め上げられる。
「痛っ」
下校途中の生徒が俺たちを遠巻きで眺めている。
どうみても吾妻に目をつけられてシメめられている、という風にしか見えないだろう。
俺を助けるために吾妻に立ち向かってくれる奴なんて誰もいないよね。俺だって見て見ぬふりをするにきまっているもの。
絶体絶命。そう思っていたところに、
「おい、やめろよ」
まさに天の助けだ。
その声を聴いた途端に力が抜けた。
「あぁ? なんだ、てめぇ」
吾妻は俺の腕を放し、桂司兄ちゃんに顔を近づけ睨みだす。
二人は同じような体系をしていて睨むと凄みがある。
「コイツの兄みたいなモンだ。で、吾妻はなんで優にこんな真似をするんだ」
「はぁ? お前、なに言ってんだよ」
険悪な雰囲気となりかけたその時、
「こら、お前達何をしているんだ!!」
騒ぎを聞きつけた先生が俺達の方へとやってくるのが見える。
吾妻は舌打ちをすると、
「今度あう時は逃がさねぇからな。覚悟しておけよ、優!」
俺にそう言うとその場を後にする。
なんだかちゃっかり名で呼ばれているし。
走り去る吾妻を眺め。またこんな目にあうかもしれないと思うと憂鬱な気持ちになるのだった。
あれから先生にお説教をくらい、俺はごめんと謝る。
「お前のせいじゃないだろう?」
「でも」
「その事は良いから、な?」
大きな手が俺の頭を優しく撫でる。昔からこうやって桂司兄ちゃんには慰めてもらったっけ。
俺には弟と妹しかおらず、桂司兄ちゃんは本当の兄のようでつい甘えてしまう。というか、俺は同い年の真一や久遠にまで甘えているんだ。
俺は頭一つ分高い桂司兄ちゃんを見上げて。
「さっきは、ありがとう」
と、助けてもらったお礼を言う。
「ああ。優が無事で良かった」
そう心から思ってくれているのを感じて、その優しさに俺は嬉しくなって胸にジンと熱いものがこみ上げる。
「兄ちゃん……」
「俺は、な。お前を本当の弟のように思っている。だから、いつでも力になるぞ」
桂司兄ちゃんはドンと自分の胸を叩いてみせた。
「うん」
いつも頼りになる桂司兄ちゃんに、俺は甘えるようにぎゅっと服を掴んで照れ笑いを浮かべた。