俺と噂の先輩
優とキスをした。
ぎゅっと目を閉じる姿がすごく可愛くて、俺の頭ン中は「可愛い」でいっぱいになった。
好きな人とするキスは甘酸っぱいものなのかと思っていたけど全然違っていた。
なんだ、この蕩けるような感覚は。
もっと、もっと深く。
俺は欲のまま、本能のままに優の唇を貪りだす。
キスに不慣れな優に、親指を差し込んで唇を開かせ、そこに俺は容赦なくそこから舌を突っ込む。
いやらしい音と共に芯が痺れるような感覚を味わう。
ずっとこのまま、優の唇を味わい続けられたら幸せなのに……。
昼休みも残すところ10分程度。
俺はいつものように残りの時間をつぶすために保健室へと向かう。
優に告白することは恭介サンもナオも知っている。
だからか、珍しくこの時間にナオの姿がある。
俺は丸椅子に腰を下ろし優との出来事を二人に話した。勿論、キスをしたこともだ。
「馬鹿かお前は」
おもいきり頭をグーで殴られる。
「いってぇ、何すんだよ!!」
俺は殴られた箇所を抑えて恭介サンを睨みつける。
「殴られて当然だ勇人」
と、ナオがここまでバカだったかと呆れた顔をする。
「なんでだよ。だってフツー、体育館の裏に呼び出せば告白だって気が付くもんだろ? それにあの状況で目をつぶったらOKって思うだろうが」
そう、俺がそういえば、
「思わねーよ」
「思わないね」
二人して同じような顔をしながら、同時にツッコミを入れてくる。
おお、息ぴったりじゃん、お前等。
「お前に呼び出されたらヤキ入れられるって思うし、目をつぶったのは怖いからだろ」
恭介サン、そりゃ酷いよ……。
俺は噂では不良だと言われているけれど、実際は人畜無害(?)な男子生徒なのだから。
「勇人を知らない人はそう思うって事」
とナオが俺の肩を叩く。
「……そりゃ、そうだけどさ」
だけど好きな人を目の前にして、自分を止められる自信なんてない。
欲に勝てる男なんているわけないだろ。まぁ、偏見だとナオには言われそうだけどな。
「だってよぉ……、ムラムラって」
「ムラムラしたからキスしていいことにはならん」
恭介サンが俺の耳を掴んでそういった後、指をピッと離した。
「勇人がここまでバカだとは思いませんでした。穂高先生」
「俺もだ。お前、ちゃんと謝れよ木邑に」
じゃないと嫌われるぞと言われ、俺の胸が痛みだす。
まぁ、確かにおもいきり怖がってからな、アイツ。
優には俺の事を怖がらないで欲しいと思っているのにな。
「わかった。謝るよ」
「すぐに謝れよ。後々になると取り返しがつかなくなるかもしれないし」
「あぁ」
俺は恭介サンの言葉に頷いた。
◇…◆…◇
あの日、放課後に俺の気持ちを伝えようと思い、下駄箱にまだ靴が残っていたからそこで待っていれば会えると思った。
キスしたことを謝って、それからもう一度気持ちを伝えて、と、そんな事をぼんやりと考えていれば、昇降口に優が姿を現した。
「待ってたぞ」
と、声を掛ければビクッと肩を揺らした後に「……ああ、やっぱり?」なんて呟いて。
何がやっぱりなのかと優を見れば表情が強張っている。
「なぁ、今からちょっと付き合えよ」
一先ず、ここで謝るのもなんなので優を連れて保健室へ向かおうと腕をつかむ。
逃げられないようにと強い力で掴んでしまい、優が「痛っ」と声を上げる。
これじゃ俺が今からヤキを入れるみたいじゃねぇか。遠巻きに俺らを見る奴等もそんな風に見ているんだろうよ。
あぁ、マジでうぜぇ。
周りの奴らを睨みつければ、あからさまに視線を外す奴等やこそこそとその場を離れていく奴等もいて。それにウンザリしながら歩き出す。
そんな時、俺の背後から、
「おい、やめろよ」
と声がして振り向く。そこには、同じくらいの背丈と体格をした男が俺にガンつけていた。
「あぁ? なんだ、てめぇ」
深い緑色のネクタイは三年生。優が苛められるのではと思って声を掛けたのだろうか?
邪魔すんじゃねぇよ。俺は優に謝らないといけないんだ。その目的を邪魔する奴には容赦しねぇ。
それでなくとも周りの奴らに腹が立ち、俺は相当イライラとしていた。
「コイツの兄みたいなモンだ。で、吾妻はなんで優にこんな真似をするんだ」
兄みたいなモン?
優もコイツの出現に安心しきった顔をしている。その顔を見たら余計に苛立った。
「はぁ? お前、なに言ってんだよ」
苛立ちが、さらに俺の顔に凄みを増している事だろう。しかも相手も負けてはいない。
「こら、お前達何をしているんだ!!」
と教師がやってくる。
「ちっ」
俺は舌打ちし、
「明日、また会いに行くから。逃げんなよ、優」
と優に言うその場を後にした。
揉め事を起こすと後で恭介サンとナオに怒られる。
星が出るほどの衝撃を与える恭介サンの拳骨の痛さを思いだして身震いする。
優に謝れなかったのは心残りだけど、また会う口実ができた。
今日、交わした口づけを思いだして顔が緩んでいく。
浮かれている俺は、毎日優に会って気持ちを伝えていけばきっと大丈夫なんて、そう思っていた。
だが、すぐに人生はそんなに甘くないという事を知ることになったのだ。