甘党な男達と先輩後輩
たまたま江藤が外に出ていた時、恋人が自分の店を素通りしようとしていたから思わず声を掛けた。
なのに何故声を掛けたんだと言わんばかりの顔をする大池に江藤は戸惑ってしまう。
朝、大池を送り出した時はいつものようにいってらっしゃいと口づけしあった。
自分の気が付かぬ所で大池を怒らせるような真似をしてしまったのだろうか。
落ち込みそうになる江藤の耳に、
「大池さん、お知り合いですか?」
と、大池の後ろからひょっこりと顔を覗かせる。
大池の知り合いか。
興味ありげにその男を見る江藤に、あからさまに顔を顰める大池。
何も答えようとしない彼の代りに江藤が答えた。
「前、同じ会社に勤めてたんだ」
「そうなんですか」
男は真野(まの)と名乗り、中途採用で一カ月前から働いているのだという。
「なぁ、寄って行かないか?」
「申し訳ありませんが、すぐに社に戻らないと……」
という大池の言葉にかぶせるように、
「良いですねぇ。実は、昼休憩まだだったんですよ」
お腹すきました大池さんと、お腹をさすりながら大池を見る真野だ。
「腹が空いたのくらい我慢しろ」
帰るぞと真野を連れて立ち去ろうとする大池だが、
「良いじゃないですか。ちょっとだけ」
と大池をすり抜けるように方向を変えて喫茶店の中へと入っていく。
「真野っ!」
珍しく感情を露わにしている大池の姿に、良いモノを見せてくれたと真野に心の中で拍手する。
「ほら、大池も中に入れよ」
ぎゅっと手を握りしめて引っ張れば、眉を八の字にしながら江藤を見る。
「会えて嬉しいと思っているのは俺だけか」
と耳元で囁けば、すこし表情が和らいだ。
カウンターの席に座り、真野は珈琲とパンを大池は紅茶を頼む。
「飯食わないんですか?」
「あぁ」
昼食を摂ると眠くなるからという理由があり、仕事のある日は食べないのだ。
その理由を知っているのは江藤だけで、まだ同じ会社に勤めている時に昼に誘っても断られていた理由はこれだったのかと、なんて可愛い理由なんだと胸がきゅんとした訳だ。
「はい、珈琲と紅茶。あとパンね」
今日はクロワッサンだ。それとジャムを四種の中から好きなものを選んでもらう。
「わぁ、おいしそう。あれ、このパンは?」
これは大池の表情を引き出した真野へのお礼だ。
「クリームパンなんだけど、甘いの平気?」
「はい。大好物です!」
なんとなく真野は甘党ではと思っていたがどうやら正解のようだ。
カスタードクリームとホイップクリームの入ったパンは真野も気に入ったようで美味しいと顔を綻ばせた。
自分の作ったものを可愛い顔をして食べてくれるのが嬉しくて、口元を緩ませながら真野を見ていたら、大池の眉間にしわがよる。
「もしかして、男の癖にって思ってませんか?」
大池の表情を見てそう勘違いしたのだろう。
「ぶはっ」
江藤は我慢しきれず吹き出すと、大池の眉間のしわがさらに深さを増す。
「江藤、さん?」
笑われている意味が解らないと真野が不思議そうに江藤を見る。
「くく、だって、甘い物が好きな男の人だってたくさんいるだろう? なぁ、大池」
「……」
江藤の恋人である大池なんてかなりの甘党なのだ。
「ほら、休憩時間が終わっちゃうから早く食べな。大池、紅茶のお替りいる?」
「ありがとうございます。ですが、もう充分です」
御馳走様でしたと小さく頭を下げる。
「御馳走様でした。パン、すごく美味しかったです!」
満足したとその表情が物語っていて、江藤の顔がまた緩みそうになり、大池にチラ見されて表情を引き締める。
「行くぞ、真野」
はやくここから連れ出そうとしているのか、真野を促す大池だが。
「また来ますね、江藤さん」
と手を振る真野だ。
「あぁ、またな」
その手を振り返すと大池が真野の腕を掴み外へと引っ張っていく。
ヤキモチを妬く恋人の姿に、今度は我慢しきれずに顔を緩ませる。
昼が過ぎると学生や祖父の時代からの常連客が多くなる。
彼らは目敏いから、にやけていたらからかわれるのがおちだ。
頬を叩いて顔を引きませた。
この頃、江藤の家へと来る時は「ただいま」と声を掛けてくれる。
それが嬉しくて台所で料理をしながらいつも楽しみにしていた。
なのに今日は「ただいま」という言葉も「おかえり」の言葉もないままに大池の唇に江藤の唇はふさがれてしまう。
「ん、おおいけ」
背中をぽんぽんと叩いでやめて合図するが、無視されて散々唇を貪られて。
力が抜けそうになって腰を抱きしめられて唇が離れる。
「はぁ、大池、どうしたんだよ」
濡れた唇を親指で拭ってやれば、そのままその手に口づけを落としていく。
「先輩が真野に優しくするから」
服を捲りあげられ、胸の粒へと食らいつく。
「だって、大池の後輩だから……、あ、んっ」
ちゅっと音をたてながら吸われながらテーブルの上へと押し倒される。
「まて、ここでするのはダメだって」
せめて寝室に行こうと腕をつかむが大池はやめる気配を見せず、ベルトを外されズボンを下ろされる。
「こらっ、話を聞け」
額をピシャリと叩いてやればぴたりと動きが止まり、江藤はテーブルの上から降りて大池の頬を両手で包み込む。
「ここは俺を食べる場所じゃないだろう?」
「すみません。でも、我慢できなくて」
ぎゅうっと強く抱きしめられて、江藤は大池の髪を撫でる。
「続きは寝室でな」
と口づけをしてテーブルから降りる。
脱げてしまったズボンはそのまま。間抜けな格好の江藤の手を引いて寝室へと向かう。
部屋に入るなりベッドに組み敷かれて思う存分に食らわれた。
江藤の肌は大池のつけた痕、そして唾液と自分の放ったもので濡れた肌を綺麗にしてシャツを着せられた後、ぐったりとベッドに横になる江藤の傍で美味しそうにクリームパンを頬張る大池の姿がある。
その姿を微笑ましく眺めていれば、
「江藤先輩の恋人になれて、俺は凄く幸せです」
そう江藤の手を掴み指を絡めてくる。
「お前は……」
なんて嬉しい事を言ってくれるのだろうか、この年下の恋人は。
ベッドから起き上がりクリームの味がする口内を弄れば、それに応える大池に芯が痺れ始めて蕩けそうだ。
「せんぱい」
熱のこもった眼で見つめられ、散々した後だというのに大池が欲しいと体が疼く。
シャツのボタンに手を掛けてシャツを脱ぎ去れば、再び大池の腕の中へと抱かれた。