メロンパンとヤキモチを妬く彼
果実入りのメロンクリームとホイップクリームをなかに詰めたメロンパン。
これは甘党である江藤の恋人である大池の為にと焼いたパンなのだが、学校帰りに喫茶店へ寄ると妹の瑞穂(みずほ)から連絡を受け、彼女に連れられて一緒にやってくるだろう幼馴染であり友達のメイにも、手造りパンを食べさせてあげたいなと思い二人分のミニメロンパンを用意した。
瑞穂は江藤にとって自慢の妹である。シスコンだと思われても構わぬほど可愛いくてしかたがないし、メイの事も小さな時から本当の妹のように可愛がっていた。
「兄貴」
愛らしく微笑む短髪の少女が瑞穂、そして髪の長い美少女がメイだ。
「いらっしゃい。瑞穂、メイ」
二人が店に来るなり花が咲きほこったかのよう。男性客はその可愛さに鼻の下を伸ばし、女性客はほっこりとした表情を見せる。
そんな客たちを見て自慢げに頷くシスコンの江藤。
喫茶店の中が和やかな雰囲気に包まれた。
窓際の席に座った二人にカフェ・オレとミニメロンパンの入ったバスケットを置く。
「わぁ、美味しそう」
家族には大池の事を話してある。
自分の性癖を知っている家族は恋人が出来たことを喜んでくれた。
なので誰の為に作ったパンなのかはすぐにバレるわけで。
むふふふと口に手を当てて含み笑いをしつつ、「オアツイデスネ」とカタゴトで話す瑞穂の額を突く。
「もしかして噂の甘党の彼氏さん?」
瑞穂に既に大池の事は聞いていたのだろう。そう言うとメイが掌を合わせる。
「そうそう。兄貴が前に勤めていた会社の後輩クン」
瑞穂のスマホに何故か大池の写真があり、それも馴れ馴れしく大池の肩を組んで良い表情を浮かべる信崎まで写りこんでいた。
「な、信崎っ」
瑞穂からスマートフォンを奪い取りワナワナと肩を震わせる。
大池が信崎に強引に連れられ居酒屋に行ったのはつい一週間前の出来事で、途中で逃げてきたのだと江藤の家に来て話していた。
まさかその飲み会でこんな写真を撮っていたなんて!
「あの野郎……」
意地悪く笑う信崎を思い浮かべて瑞穂のスマートフォンを乱暴にテーブルの上へと置く。
「ちょと、兄貴!!」
肩を叩かれてハッとする。
「あぁ、ごめん」
壊れていない事を確認して瑞穂に手渡す。
「もうっ」
「瑞穂、許してよ、ね?」
両手をあわせてゴメンねと首を傾げれば、
「しょうがないな、許してあげる」
確かにこれは無いよねと信崎の写真を指でトンと叩き瑞穂が微笑んだ。
◇…◆…◇
信崎に誘われて同僚と共に酒を飲んだ。
会社の人と共に飲みに行く事をあまりしたくないと思っていた大池だが、江藤と付き合うようになってから考え方が少し変わってきた。
江藤は客と話をするのが好きだ。色々な考えを持った人と話すのが楽しいし、時に教わることもあるのだと言っていた。
「コミュニケーションは大事よ」
と頭を撫でられてニカッと笑う江藤の姿を思いだし、信崎の誘いを受けたのだ。
珍しい事もあるもんだと同僚に言われ、それでも誘いにのってくれたことを喜んでくれた。
たまには一緒に酒を飲むのも良いなと思いながら、そのことを報告するメールを江藤におくった。
で、何故、自分の知らぬ間にこうなったのだろう。
江藤から「仲良いな」という件名と共に送られてきた添付メールを見て机に突っ伏した。
何時の間に撮ったのだろうか。
誰かに指示し撮らせたのだろう、肩を組まれて信崎の方へと引き寄せられた姿が撮られていた。
やたら馴れ馴れしいと思っていたのだ。もしもこの写真を江藤に見せる為にしたというのなら、彼は一体何を考えているのだろうか。
信崎は江藤の友人であり自分たちの関係を知る一人だ。心から祝福もしてくれたし、何かあったら相談しろよと優しい言葉もかけてくれた。
大池は純粋に信崎を良い人だと思っていたのに、結局は面白がっている事に気が付いて自分の中での信崎の評価が下がる。
誤解を解くのは早い方が良いだろう。
得意先に一件行った後、昼休憩も兼ねて江藤の喫茶店へと寄ろうと頭の中で予定を立てた。
得意先への挨拶を終えてその帰り道。
江藤の傍で美味しい珈琲を飲みながら休憩することを楽しみに喫茶店へと向かえば、窓際にいる女子高生の二人組が目に入る。
喫茶店の近くには会社はあるが学校は無い。それに少し行ったところにファーストフード店やファミレスがあり、学生や主婦は大抵はそちらへと行く。
落ち着いた場所でお茶をしたいというサラリーマンは江藤の店へと足を運ぶ。
それ故に珍しいなと思って見ていたら、彼女たちはとても目を惹く容姿をしていた。
そこに飲み物を運んできた江藤が目に入り、その表情がやけにデレデレとしているように見えた。
江藤だって男なのだから、可愛い子や美人を目の前にしてデレデレしてしまうのは仕方がない事だ。
もやもやとする胸を掴むように抑えつけ、大池はここから逃げ出すように会社へと足早に戻っていった。
重い足取りで江藤の喫茶店へと向かう。
残業があると嘘をついて家に帰ろうかと思っていた。だが、一日会わないでいて気持ちが落ち着くとは思えない。
ならば江藤に今の気持ちをぶつけた方がいいのではないかとかとそう思った。
「こんばんは」
チャイムを鳴らせばエプロン姿の江藤が「いらっしゃい」と笑顔で出迎えてくれる。
ほんわかした笑顔を見るたびに暖かい気持ちになるのだが、今日は違う。
顔を合わせる事が出来ずに目を反らし、江藤の後を追うようにリビングへと向かう。
「大池、こっちに来て」
鞄を置き江藤が手招きする場所へ。テーブルの上の皿に並べられたメロンパン。
「大池の為に作りました」
メロンの果実とクリーム入りですと手を広げそういう江藤。女子受けしそうなそのパンに、あの時の嫌な感じが胸をもやもやとさせる。
「……俺は彼女たちのついで、でしょう?」
甘く美味しそうな匂いを漂わすメロンパンを睨む。
「江藤さんがロリコン趣味だなんて思いませんでした」
と言えば、江藤がキョトンとした顔をした後に、ぶっと激しく吹いた。
「俺が、ロリコン趣味ってっ!」
いかにもおかしいとばかりに腹を抱えて笑う江藤に、大池はカッとしてテーブルを激しく叩いた。
「大池?」
それに驚いたのかビクッと肩を揺らして大池を見る江藤に、
「昼間、店に行こうとしたら、貴方がっ」
女子高生にデレデレとしていた姿を見たと言えば。
「あぁ、なんだ。お前、ヤキモチ妬いたのか」
やたら嬉しそうな顔をして顔を覗かせる江藤に、あぁ、そうだったんだと思うと怒りが急激に冷めて恥ずかしさが込み上げる。
そう、大池は初めての経験故にこれがやきもちだと言う事に気が付いていなかったのだ。
「大池、なぁ、どうなんだよ」
そっと胸に手を置いて顔を近づける江藤に、無言のまま顔を遠ざけようとするが、腕を掴まれて江藤の方へと向かされる。
「大池」
ちゅっと音をたて唇が離れ、触れるだけのそのキスに大池は泣きそうになる。
「先輩が俺以外の人にデレデレする姿なんて見たくありません」
そのまま江藤の胸へと顔を埋めれば、優しく髪を撫でてくれる。
「可愛い事を言ってくれるなぁ」
「江藤先輩は俺のです」
「うん」
腰に腕を回してぎゅっと抱きしめれば、江藤が耳元で「俺はお前のモノだよ」と囁いた。