新たな婚姻(レナーテ)
アレッタがセルジュの婚約者に選ばれた時は悔しくて、自分の方が優れているのに選ばないのは何故だと何度も思った。
だから王妃と第二王女に刺繍を贈ったのだ。きっとあれを見たら婚約しなかったことが惜しくなるだろう。
そして、思った通り婚約者候補として選ばれたのだ。しかもアレッタは一度決まった婚約がふたたび婚約者候補とされた。
あれは最高に気分が良かった。あの悔しそうな顔を思い出すだけで笑えてくる。
今度こそ本来の姿におさまるように。セルジュの隣はレナーテのものなのだから。
そう思っていたのに。
パーティに出ても誰かが流した噂のせいで恥をかくだけだった。
男性も寄り付かなくなり、壁の花と化してしまう。
全てアレッタとヴェルネルのせいだ。こんなに惨めな思いをするのは。
とにかく今は良い縁を結ぶことを考えよう。アレッタより先に婚姻する、それが目的だ。
父親に婚姻相手を探すように伝えるが、すでに動いていたらしく、だが噂のせいで難航しているのだという。
そんなときに王族から手紙がくる
なんと婚約を破棄したお詫びに嫁ぎ先を用意してくれたのだというのだ。
「お相手は誰ですの」
「同じ侯爵家の令息のようだぞ」
二人とも知っている。パーティに行けば誰かが彼らの話をするから。
一人は遊び人ではあるが、自分に自信を持ち男らしい人。事業もうまくいっている。
もう一人は堅物の真面目そうな人である。月に一度、孤児院を訪問して子供たちにお菓子やおもちゃなどを贈ったり、遊んだりしているのだとか。
なんて慈悲深くて優しい人なのだと、令嬢たちが話していたのを聞いたことがある。
レナーテも自分をよく見せるために寄付をすることはある。
だが訪問してもすぐ帰るようにしていた。一度、土のついた手でドレスにさわり汚されたことがあったからだ。
彼のような人には関わりあいたくないと、興味を持つことができなかった。
懇意にしている夫人からお茶会の招待を受けた。
そこで話題になったのは数日後に孤児院で行われるバザーのことだった。
寄付をお願いしたいと言われたので、次の日にいらないものをもって孤児院へ向かったのだが、そこに彼の姿があった。
挨拶をかわし、すぐに失礼しますのでと馬車に戻った。子供と遊ばないかと誘われでもしたら嫌だったからだ。
馬車を出し門をでた所、荷物と共にバッグを置いてきてしまったことに気が付いた。
侍女が取りに戻ると馬車を降りる。しばらくすると真っ青な顔をした侍女が戻ってきた。
「なにかあった?」
「あの、実はあそこの物置小屋で物音が聞こえて」
ぼろい小屋だからネズミか何かがいたのではないだろうか。それで真っ青になっていたのかと、怖かったわねと慰めようとした時だ。
「隙間から覗き込んだら、伯爵令息が、小さな女の子に……」
口からでたのは小さな悲鳴だった。
侍女が嘘をつく理由はないのだから。それに彼のことは噂でしか知らないのだからそんなことはないとは言えない。
「きっと、具合が悪くなって介抱していたのよ」
侍女が押し黙る。
震える手を握りしめ、そして。
「確認しに行きましょう」
と侍女をつれてバレないようにそっと小屋へ近づいた。そして隙間から覗き込んだ先。
見てはいけない光景が広がっていた。
「んーっ」
悲鳴を上げそうになって、口元に強く手を押し合えた。
気持ちが悪い。
急いで戻ると馬車を出すように伝えた。
真面目そうな姿に本性を隠して、ああいうことを目的に孤児院に通っているなんて。
変態趣味の男の噂は聞くけれど、自分に被害さえなければ特になんとも思わなかった。だが、実際に目にしたらダメだった。彼の名を口にするのもおぞましい。
このことはけして誰にも話さない。そうすることで無かったことにしようとしたのだ。
だが、あの日の出会いが運命だったかのように縁が結ばれる。王族によってだ。
「冗談ではないわ」
父親に話をして阻止しないといけない。このような趣味がある者と無理やり婚姻をさせたりはしないだろう。
あのような趣味のある男と婚姻しても世継ぎを望めるかどうかわからないのだから。
いやまて。
王族の結んだ縁談を断らず、しかも自分が婚姻を結ばなくていいようにすればよいのでは?
「そうよ、別に私と彼が婚姻するようにとは書いていなかった」
彼は背が高く凛々しい顔つきであった。見た目だけは悪くないからアレッタも文句は言わないだろう。
「お父様にお伝えしておかなければ。彼のお相手はお姉さまの方が良いって」
婚姻のことを姉が知る前に。
「ふ、ふふ、あははは、婚姻しても相手をしてくれるかしらね」
それところか女の子を養子に迎えるのではないだろうか。
「ざまぁ、お姉さま」
絶望するアレッタの姿を思い浮かべると楽しくてしょうがない。
最後に勝つのはレナーテの方なのだ。子供ができた時、羨ましがって悔しがるといい。