新たな婚姻(アレッタ)
セルジュとの婚姻が白紙となった。
あの時はショックで何も言えなかったが、時間がたつにつれ自分を選ばなかったことに怒りを覚えていた。
見る目のない男だ。だいたい庶民にだまされるなんて王族としてどうなのか。
「許さないわよ。絶対に復讐してやるわ」
怒りの矛先はヴェルネルに。一番悪いのは彼だからだ。
復讐には手ごまがいる。自分を慕う男性は星の数ほどいるのだ。泣きついてお願いをすれば叶えてくれるだろう。
そのためにはパーティに出席をしなければならない。
お誘いの手紙はたくさんある。タズリー伯爵家の姉妹が参加をするというだけでパーティはうまくいく。
今回も楽しいパーティになる、そう思ってたのに。
どうして婚約が白紙になったことを、しかも姉妹がしていたことも噂になっているのだ。
招待したものは噂の真相を聞きたがる。それは誤解だと言っておいたが、こそこそと話をするのをやめない。ダンスの誘いにもこないのだ。
悔しい思いをしながら家に帰る。当たり散らしても気持ちはおさまらない。
父親からはこれ以上は使用人をいじめてやめさせることはしないようにと言われているが、なぜ自分が我慢をしなくてはいけないのだろうか。
だがやめさせたら自分の使用人を減らすと言われてしまったので、やめさせない程度に、口止めに宝石や金を握らせた。
それでもおさまらない気持ちをぶつけるにはアレしかない。
「ララ、出かけるわよ」
「わかりました」
アレッタには家族に秘密にしていることがある。
それはとある男爵令息との秘密の遊びだ。出逢ったのは友人が開いたパーティでのこと。
彼の噂は聞いていた。はじめた事業がうまくいき、派手な生活をしているのだとか。
しかも強引で強気。勝負ごとが好きだという。
自分はあまり好きではないタイプであった。だから交わすのはあいさつ程度であったのだが、ある日、買い物をしていたときにトラブルに巻き込まれて、その時に助けてくれたのが彼であった。
彼は素直な男だ。自分は遊び人で何人かの女性と遊んでいると。
いつものアレッタなら、そんな相手などお断りだ。だがトラブルから救ってくれたことが思考を狂わせた。
その日、彼と関係を持ってしまったのだ。
それからというもの互いに都合のいい相手となった。婚姻はしたくないが遊ぶには最高だ。
だがそんな日々は終わりを告げる。婚約者候補として選ばれたから。
去る者は追わない。そのかわり会いたくなったらいつでも会いに来るといい。
彼はそういう人だから都合の良い相手だった。
彼の店は美しい女性と会話をしながら酒を飲める。個室になっているので女性と会話以外のことをしてもかまわない。知り合いと出逢っても見て見ぬ振りがルール。
会うのは店の営業時間外だが、いつでも鍵は開けてある。
久しぶりだと中に入り、彼のいる席へと向かう。どんなに忙しくとも身だしなみを整えてきていたのに。よれたシャツに顔をしかめた。
「久しぶりにあったというのに。幻滅ですわ」
「別にいいだろう。どうせ脱ぐのだから」
その通りなのだが、それでも適当な扱いをされているようで気分が悪い。
「やはり今日はやめますわ」
発散するつもりが余計に怒りが増しただけだった。
「はぁ? 帰すわけねぇだろう」
腕を強くつかまれる。
「離しなさいよっ」
「はっ、どうせお前は俺と婚姻することになるのだから」
「なんですって」
冗談だろう。爵位の低い、しかも遊び人などお断りだ。貴族らしからぬ下品な口調と格好も気に入らない。
「嫌よ、お前となんて」
「王子サマと婚約が白紙になったんだろう? しかも噂のせいで男も寄り付かないとか」
グッと喉が詰まる。
「だからといって、貴方と婚姻はしない」
「いいやしてもらう。支度金が出るだろう?」
まさか、それが目当てだというのか。
「店はうまくいっているのでしょう!」
「この店だけじゃ借金が返せねぇんだよ」
別の事業が失敗し損害を受けたというのだ。
「どれだけあるというの……?」
恐る恐る金額を聞くと教えてくれた。流石にそれだけの金額はタズリー家でも返すのが無理だ。
「無理よ、返せないわ」
「いや、ある条件を飲めばここの店は取り上げられないですむし、猶予を与えてくれるそうだ」
「え、まさかそれが」
「タズリー家の姉妹との婚姻ということだ」
一体だれが何の目的でそんなことを言ったのだろう。
冗談ではない。彼の借金は自分には関係のないことだ。勝手にすればいい。
「私には関係ないことよ」
「そういうと思った。だからこれを用意してくれたんだな」
にぃ、と何かをたくらむように笑い、懐から封筒を取り出した。
「多分、今頃お前の家にも届いているだろうよ」
この便せんは良く知っている。紺色の封筒に金縁の白い便箋。どちらにも王族の印がある。
「まさか、王族からの婚姻」
「そういうことだ。驚いたぜ、これが届いたと思ったらアレッタが店に来たから。てっきり婚姻のことを知っているのかと」
知るわけがない。そうだとしたらここにくるよりも父親の元へ行っていただろう。
あの噂のせいで良い条件の相手がなかなか見つからないと言っていたからこの婚姻を受けるだろう。
「だめよ、絶対に阻止しないと」
「おいおい、そこまで嫌わなくても。熱い夜を共に過ごした仲なのに」
「はぁ? あの時の貴方は借金などなかったわっ」
それに自信に満ち溢れて素敵でもあった。今はどうだ。汚らわしいだけだ。
「あのなぁ、王族が結んだ婚姻を拒否できるわけないだろう」
泥を塗るような行為など不敬にあたるから。
だがそれどころではない。アレッタの頭の中は家に帰ること、婚姻を阻止することで頭の中がいっぱいだ。
店を出ようとするが彼が引きとめる。
「何よ、邪魔しないで」
はやく家に帰らなければいけないのに。アレッタの人生に彼は必要ない。
イライラとしながら彼をにらむ。
「まぁ、待てって。ここ、よく読んだか?」
「なにが……あっ」
タズリー伯爵家の姉妹と婚姻をすること。
父親同士で会って話し合うこと。
「は、私とはどこにも書かれていない」
「そういうこと。アレッタが嫌だというなら俺は相手が妹でも構わない」
「えぇ、そうよ、貴方には私よりもレナーテの方がお似合いだわ。彼女なら借金を返すためにお店で働いてくれるでしょう」
「そりゃいいな。お前たち姉妹は顔がイイからすぐに客が付く」
姉妹ではなくレナーテだ。一緒にしないでほしい。こんな男とは絶対に婚姻したくない。
「貴方、うちに来るときはきちんとした身なりをして、その話し方もやめて下さらない?」
「わかっているよ。貴族らしく丁重にレディを扱うさ」
そうすればきっと妹はだまされる。彼のような男がレナーテはタイプなのだから。
自分よりも不幸になっていくレナーテを想像するだけで楽しい。
嫌なことばかりで気分が悪かったが、やっと少しだけすっきりできた。