Short Story

のんびりと過ごす日々

 ふかふかのベッドの寝心地は最高であった。朝起きた時に体が痛くないし温かかった。
 侍女が顔を拭くぬるま湯を用意してくれて、真っ白なタオルを渡してくれた。
 身支度を終えた後は食堂へと案内された。そこにはセルジュ、フレット、アルフォンスの姿がある。
 時間が合う時は一緒に食事をとっているのだとか。朝の挨拶を交わして席に腰を下ろす。
 テーブルの上にはふんわりとしたパンと目玉焼きに分厚いベーコン、いろどりのキレイなサラダ、具がたくさん入ったスープ、フルーツの盛り合わせ、それから……。とにかく沢山食べ物があった。
「あの、こんなに沢山は食べられないので、残ったものはお昼と夜にいただきますね」
「何を言っている。これは朝の分だ」
「え、こんなにですか」
 そう思えばとアルフォンスの方へと視線を向ける。
「流石に朝はそんなに食べませんよ」
 と微笑んでいるが、そんなことはないとフレットがいう。
「ヴェルネル、食べられる量だけ食べればいい」
「はい」
 食事がはじまりパンを一口大にちぎって食べる。とても柔らかく仄かに甘みがある。
「わぁ、苦い味がしない」
 硬かったり、焼きすぎて黒かったりしない。それだけで感動する。
「俺の下にいる限りはそのような味のするものは食べさせない」
「ほら、ジャムをつけて食べてみろ。甘くて美味しいぞ」
 フレットがジャムを指さした。パンをちぎってスプーンですくいつけて食べる。
 口の中に甘さが広がって美味しい。
「んん、幸せの味ですぅ」
「ベーコンも美味しいぞ」
「はいぃ」
 世話を焼き始めるフレットに、
「フレットはすぐに世話をやきたがるのですよ。お兄ちゃんなので」
「お兄ちゃんですか?」
「そうだ。歳の離れた弟がいるせか、俺たちのことも弟だと思っているところがある」
 なんだかかわいらしい関係だなとホンワカとした気持ちになる。
「今はヴェルネルは新しい弟といったところでしょうか」
「おう、そうだな」
「それなら今日は兄であるお前が庭園を案内してやれ」
「わかった」
 セルジュとアルフォンスは仕事があるらしく、食事をすませて執務室へと行ってしまった。
 ヴェルネルもお腹いっぱいになるまで食べた。
「うーん、もう少し食えるようにならないとな」
 パン一個とベーコン一枚、サラダを少々、スープは大分残してしまった。
「がんばります」
「さて、少し休んでから庭園に行くぞ」
「はい」
 しばらく、部屋で休むことになった。
 窓から差し込む日差しがぽかぽかとしていて、ソファーに座っていたつもりがいつの間にか寝ていた。
 タズリー家に居た時には考えられないほどにのんびりとした時間である。
 それからフレットが迎えに来てくれて庭園を散歩した。とても広く種類も多い。王妃殿下と王女殿下の要望で沢山の種類が植えられているのだという。
 今度、スケッチブックをお願いして図案を描きたい。
 散歩の途中で王妃殿下に出逢った。どの花にも負けないくらいに美しい人だった。
 前にレナーテが贈ったショールはヴェルネルが刺繍したものだと知り、とても気に入っているのよと言ってもらえて嬉しい気持ちとなる。
 今度、おねだりしてよいかしらと少女のように可愛い仕草とともに言われてドキッと心臓が高鳴った。
 王宮でお世話になっている身。何か自分ができることがあるならば喜んでしたいと思っていた。
 王妃と別れて今度は図書館へと向かう。とても広くて立派な場所である。
 貸し出しは一冊まで、王族のみ閲覧可能な場所もあると教えてくれた。
 さっそく、図鑑を一冊かりることにした。刺繍の図案を描くためだ。
 ヴェルネルが行ける場所は庭園と図書館、そしてセルジュが利用している食堂のみだ。
 それだけ行ければヴェルネルは別にいい。自由のなかったタズリー伯爵家とはくらべものにならない。
 部屋に戻ると机の上に大きな箱があった。
 リボンにはさまれているカードを引き抜くとそこにはプレゼントだとセルジュのサインが書いてある。
 中身を見るためにリボンをとって箱を開けると、そこには綺麗な箱とスケッチブック、ペン、絵の具が入っている。
 欲しがると思って贈ってくれたのだろう。その優しさに胸が熱くなる。
 そして箱の中は何かと蓋を開けると、刺繍の糸がたくさん入っていた。
「わぁ、すごい」
 一般的なものからパールの糸、金糸、銀糸もある。
 これだけ色が豊富なら、リアルな花の刺繍もできそうだ。
「あ、もしかして王妃様のおねだりがあるのかなぁ」
 布がなかったことからすでにカタチとなっているものに繍うのかもしれない。
 それはそれで楽しみである。

 王宮に来て数日がたった。
 王妃殿下からおねだりされた刺繍をしつつ、本を読んだり、休憩中のフレットやアルフォンスとお茶を楽しんだ。
 セルジュとは朝食を一緒にとる。毎日忙しそうで体のことが心配だ。
 夜は大抵一人。部屋でとることとなる。今日も用意してもらった夕食を食べて刺繍をしようかと思っていたら、セルジュから話があると部屋に呼ばれた。
 彼の部屋に入るのは初めてだ。テーブルの上にはお菓子と紅茶が用意されている。
 少しずつだが食べる量が増えてきた。お菓子は別腹なんですよとアルフォンスが話していたことがあったが、今ではその通りだと思う。
「タズリー伯爵家のことで話がある」
 婚約が白紙になってからどうしているのか。
「きっと何も変わっていませんよね」
「その通りだ。すぐに謹慎は解かれてパーティに行っているからな」
 やはりそうなったか。あの姉妹が反省をするわけがないのだ。
 だがそれは想定済みなのだとセルジュが言う。
「俺の学友の中におしゃべり雀を妻にしたものがいてな。噂を広めておいたよ」
「まさか、あのことをですか」
「そうだ。さぞや楽しいパーティであっただろうに。彼女たちは目立ちたがり屋だからな」
 それは、別の意味で目立っていただろう。
 あの性格だから侮辱されたと怒りを我慢できずに誰かに当たり散らしているのではないだろうか。
「しかもいつもなら我先にダンスを申し込む男達が誘いもしない。声を掛けない者もいたとか」
「それは、大いに荒れていることでしょうね」
 あの家に居たら今頃自分はどんな目に合っていたことだろうか。考えるだけでも恐ろしい。
「ふふ、実はとっておきのプレゼントを姉妹に用意している」
「プレゼント、ですか」
 聞くのが怖い。
 ヒクっと口の端が動く。耳をふさぎたい衝動にかられる。
「なに、婚約を白紙にしてしまったお詫びに新しい婚約者を用意しただけだよ」
 いや、それだけではないだろう。
「罪はきちんと償わないとな」
 そうだろう、と、顔を近づける。カッコいいから照れてしまう。
「そう、ですね」
 顔を手で隠して視線から逃れると側から離れていった。 
「さて、どのような物語を演じてくれることだろうか。楽しみだよ」
 特等席で眺めていればいいのだよと、セルジュが得意げに笑った。