愛をください
再び部屋の中に入るが、陵の中でどういう心の変化がおきたのだろう。それが気にかかる。
「同部屋になって初めて伊藤に会った日のことを思いだした。新入生の中に綺麗な子がいるって話題になってな」
まさか自分と同じ部屋だとは思わなかったと笑う。
「綺麗で優しい、まるで女神様だと周りが騒ぎだし、お前は付きまとわれるようになったよな」
あの時は本当に辛かった。慣れぬ環境の中、神楽の気持ちなど無視して言い寄られて。休まる場所がなかった。
「同室で俺は先輩なのだから守らなければと思っていた。それに伊藤に頼られるのが嬉しかったんだ」
だけどその関係を神楽が壊してしまったんだ。
「僕があんなことをしなければよかったんですよね」
「あれは……、正直、驚いた。男同士なのに何故ってな」
普通はそうだろう。ただ、神楽は陵と違うだけだ。
自分の心の中に感情を収めておけなかったのが悪い。だけど、今更、昔の話をした理由は何故だろうか。
陵の意図が読めず、神楽は口にする。
「綾瀬先輩、どうしてその話をしたんですか?」
「あの日、突き放してしまったことを、ずっと後悔していた。どうして話を聞いてやらなかったんだろうってな。それなのに、俺はまたお前を突き放した」
結局は同じことのくりかえし。それでは駄目だと自分を叱咤し、神楽に謝ろうと部屋を出ようとしたら、ここで泣いていたから部屋の中へと再び連れ込んだのだそうだ。
嬉しくて力が抜けてしまう。
「大丈夫か」
「すみません、力が抜けました」
どん底から救い出されたのだ。それも好意を持っている人に。
嬉しくて先ほどから鼓動が高鳴って落ち着かない。
「振り回すような真似をしてすまない」
「そうですよ。もう二度と心配しないっていわれて、僕が、どれだけ……」
「すまん」
今日は何度泣けば気がすむんだというくらい、目から涙が流れ落ちる。
それだけ一度に色々なことがおこりすぎた。
陵がしゃがみ込んでタオルで涙を拭ってくれる。
「なぁ、首の痕は、春日部がつけたものなのか?」
「春日部先輩は僕に同情してくれただけです」
何か言いたそうに口を開きかけたが、何も言わず、タオルを当てていてくれた手がおりる。
セフレなのかと、そう思われたのかもしれない。だけど二人にとっては互いの心にできた穴を埋める行為でしかなかった。
「そうか」
気まずそうな表情を浮かべる陵に、
「気になるんですか?」
と真っ直ぐに見つめる。
それに躊躇い、顔を逸らされるが、すぐにこちらへと向き直る。
「あぁ、気になる。怪我もしていたからな」
血のついていた箇所へ視線を向け、再び神楽をみる。
ここで嘘をついて逃げたら、陵は本当に離れていってしまうだろう。
だが、本当のことをしったら、軽蔑されてしまうかもしてない。
「伊藤」
頬に陵の手が触れ、我に返る。
どちらにしてもいい結果は向かえないだろう。だが、陵にもう隠しごとはしたくない。
自分を心配してくれて、また暖かくて大きな手で触れてもらえたのだから。
神楽は決心し、醜い部分を見せることにした。
シャツのボタンを外していく。
生々しく残る情事の痕と傷。つい最近のものから治りかけのものがある。
流石にこれをみたら陵も言葉がでないようで、目を見開いたままかたまっていた。
「だから見せたくなかったんですよ。酷いでしょう?」
もう目に触れさせたくはない。シャツを戻しボタンを留めようとしたが、手をつかまれてしまう。
「……これも春日部がつけたのか!」
低く唸り、怒りをあらわにする。
いじめにあっていると思っているのだろう。だが、それは違うと頭を横に振るう。
「これは僕がお願いしたんです」
「なん、だって」
信じられないというような、そんな顔で神楽を見ている。
神楽は清い存在、それは周りが勝手に作りあげたイメージでしかない。
本当は欲にまぎれた卑しい存在だというのに。
「こうでもしないと、欲が収まらないんですよ」
「伊藤……」
腕を掴んでいた手が離れ、神楽は今度こそボタンを留めた。
「本当のことを知って、軽蔑したでしょう?」
陵は狼狽を顔に漂わせる。あたりまえの反応だ。
「こんな僕に優しくしてくれてありがとうございました。最後に抱きしめて貰えたこと、すごく嬉しかったです」
さすがにもう目を合わせても貰えないようだ。
「さようなら、綾瀬先輩」
「俺が原因なのか?」
神楽の言葉を遮るように陵が言葉を重ねる。
「何をっ」
言葉を詰まらせる神楽に、陵は確信したかのようにうなずいた。
「そうなんだな、……解った」
陵は神楽の手を離すと、シャツのボタンを全て外してしまう。
あれを見たというのに、何をするつもりなのか。陵のことがわからない。ただ、もう見ないでほしかった。
「綾瀬先輩、お願いですから僕のことは」
「治療をするだけだ」
と古傷を舐めはじめた。
「先輩!?」
「酷い傷だ」
自分の肌を舐める陵の姿に、顔が火照る。
そのまま舐めつくされたいという思いに思考が囚われそうになるが、このままではいけない。
「まってください」
だが、陵はやめるつもりがないらしく、舌がぬめぬめと厭らしくうごく。
「あん、だめですってば」
この行為は陵にとっては治療なのだ。だが、神楽にとっては愛しい人に触れられているわけで、気持ちと身体が昂ぶり、下半身がじくじくとしはじめる。
「綾瀬先輩」
「たっているな」
一点を見つめる陵に、カッと熱があがる。
「だからやめてくださいって言いました」
「そうだな」
舐めるのはやめてくれたが、腕を掴みベッドへと押し倒された。
「え」
驚いたまま陵を見つめる神楽に、
「なぁ、もう二度と自分を傷つけないと約束してくれないか?」
と息がかかるくらいの距離に顔が近づいた。
「はい、約束します」
心臓が激しく波打つ。
「よし」
ふわっと笑みを浮かべ、そのまま抱きしめられた。
陵の熱が、匂いが、神楽をとろけさせる。
「せんぱい、陵先輩」
「俺さ、お前にそう呼ばれるの、本当は嬉しかったんだ」
髪を撫でながら耳元でそう囁かれ、神楽はたまらず、陵に腕を回した。
「陵先輩、お願いです。さっきの続き、してくれませんか?」
「……いいよ、神楽」
名前でよんでくれた。
幸せすぎて大声で叫びたい。だけど、それは陵の唇に唇をふさがれていうことができなかった。